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移り目

※(だれも しんじてくれない かんそうらんをみて からだが ふるえる……)

※(シリアスな てんかいに してやろうと ケツイが みなぎった)



 私はサクラお嬢様にお仕えしているリー・クーロンという者だが、つい一月ほど前に王都で開かれた王太子殿下の誕生日パーティーから帰ってきてからというもの、お嬢様が渋面を作ることが多くなった。

 それはそれでなんとなく可愛らしいので「たまにはこういうのもいいな……」と侍女の間でちょっと話題になっているのだが、やはり主がストレスとを溜めているのは良いことではない。


 まあ原因は単純明快ではあるのだけど。

 私はトーマス君の報告ついでに、屋敷の門前へと向かう。

 遠目からでも、二人の少年が言い争っているのが見聞きできる。

 一人は当然トーマス・パットンくん。

 そしてもう一人は──


「入れろ!」

「入れません」

「なぜだ!?」

「規則です、アポを取ってから出直してください」


 ──この国の王太子殿下。クラウディオなんとかである。

 共に金髪碧眼の美男子。トーマス君の方は青年に差し掛かろうという精悍な顔つきで、王太子殿下はまだまだ幼さの残る童顔なので、見ようによっては兄弟と思う人もいるかもしれない。

 ただし仲はとても悪い。


「アポなんか取ったら城の者にばれてしまうではないか!?」

「非行の自覚があるならお帰りください」


 どうやら王太子殿下は先日の件でお嬢様に一目惚れをしてしまったらしい。

 こうして隙を見ては度々お嬢様にこっそり会いに来ているのだ。

 ついては「身の程を弁えろ下郎」という気持ちはお嬢様付き侍女の総意であるが「中々どうして見る眼がある、褒めてやってもいい」という評価も一定数ある。

 また、そのお嬢様への熱意には目を見張るものがあり「逆に気持ち悪い」と評判だが、やはりと言うべきか「与えられねーわ」というのが最終的な結論である。


「僕は王太子だぞ!」

「関係ありません。ここはアブソルート侯爵家領です、いくら王族の言葉であれ暗愚の理不尽に従う法はない!」


 少し言葉が荒くなったトーマス君だが、隠してはいるが彼もまたお嬢様ラブ勢である。

 だが王太子殿下よりは侍女間での好感度は上々であろう。

 一言で言うならば「ご主人様にあまり構ってもらえない忠犬」といったところか。

 いつぞやも言った気がするが、護衛なのにお嬢様のスピードに全くついて行けずに置いて行かれて半泣きで右往左往する健気な姿は涙を誘う。

 またやはりお姫様と騎士の身分差の恋というのは夢がある。燃えるし萌える。

 麒麟児と呼ばれるほどの実力を持ち将来有望。しかしその性格は謙虚かつ誠実、女性に対して気遣いを忘れない紳士的な一面もある。

 それらを総合的に判断して結論は「与えられねーわ」となった。


「無礼なことを言うな! たかが平騎士ごときが! 分を弁えろ!」

「愚か者が! そのように下の者を見下し権力をひけらかす態度こそお嬢様の最も忌むべきところであるとなぜ分らん!」


 もう一度言うが二人は仲が悪い。

 同族嫌悪というやつだろうか。

 まあ恋敵と仲良くするのも難しいだろうが、いがみ合うのも非生産的な行動なのでやめてもらいたいところだ。

 どちらにもお嬢様を渡す気はないので安心してほしい。侯爵閣下もそうおっしゃっている。


「むむむ……」

「何がむむむだ!」


 やはりお嬢様の伴侶となるお方は、

 ハンス様ぐらい強く、

 ルドルフ様ぐらい紳士的で、

 ピーター様ぐらい頭が良く、

 侯爵様やフローラ様のように愛の深い方でないと認められませんね。

 古事記にもそう書いてある。


 それはそうと。


「トーマス君」

「あっ、リーさん!」


 トーマス君も王太子殿下も。


「お嬢様はもう屋敷を出ていかれましたよ?」

「「え」」


 無駄なことをしていますねぇ。


「既に巡回へと出発なされました」


 裏口から。最近は少しきな臭いのでお嬢様はかなり積極的に動いている。

 ただ侯爵様から「領外に出てはいけない」と言いつけられているので、屋敷猫たちの訓練も兼ねて怪しい者がいないか各地を見回っている。

 早駆けで。


「ままま、また僕を置いて!?」

「まあ、いつものことですね」


 お嬢様専属護衛であるトーマス君だが、正直お嬢様の方が強いし速い。

 屋敷猫を数名連れているので戦力的にも問題ない。

 建前上はともかく、要るか要らないかで言うとトーマス君は、

 要らない。

 とても可哀想だけれどこれが現実。


「お、お嬢様は何処へ!?」

「東のテロル村から時計回りと言っていましたね。これは伝言ですが『ついて来れるならついて来ると良い。堕落も怠慢も許さないが、できないことを責めはしない』とのことです。……行くのなら門番は代わりますよ?」

「行きます! 門番、よろしくお願いします! あと少ししたら交代の時間になりますので!」


 そう言って慌てて駆けて行くトーマス君。

 彼はまだ不可欠な戦力ではないけれど、唯一になろうとする努力、職務に忠実であろうとする誠意は否定しない。

 頑張ってほしいものだ。

 九割方追いつけないと思うけど。


(鎧脱いでから行けばいいのに)


 物語の中の騎士が着ているような白銀の鎧。

 お嬢様から護衛就任一周年記念に贈られたものだから仕事の間は脱ぎたくないのはわかるが、重い。すごく重い。

 あれを着てお嬢様に追いつけるはずがない。

 スタミナアップには繋がるのでまだ教えないけど。


「…………………」


 王太子殿下はその光景を呆然と見送っていた。

 お嬢様には遠く及ばないがトーマス君も鎧を着てのスピードにしてはやたらと速い。

 身体能力の差を実感しているのだろうか。


「お茶でも出しましょうか」

「……いや、結構だ。……失礼する」


 そう言って一礼してから、殿下もトーマス君を追って走り出した。

 フォームがなっていなかったが、それを指摘するのは私の役目ではない。

 こっそり尾行している護衛にでも後で教えてもらうと良い。


「青春ですね……」


 私にはそんな時代なかったから、精々楽しんでもらいたい。






 ===========






「ここも、仕掛けが破壊されている……」


 私は鋭利な刃物で切られたと思われるワイヤーを手に呟いた。


「お嬢様、関所の者に確認したところ怪しい者は見ていないと」

「ならば、密入者ですか……」

「おそらくは……」

「わざわざご丁寧に仕掛けを壊して回っているのは挑発のつもりか。舐めた真似を……」


 ワイヤーを放り投げ、吐き捨てる。

 見回りを始めて数時間、異変はすぐに見つかった。

 各地に設置した仕掛けが破壊され、隠し倉庫が荒らされていたのだ。

 一つ一つ丁寧にしらみつぶすように。


「警戒レベルを最大に引き上げます、手すきの野良鼠は全て呼び戻してください」

「御意」


 苛立ちが込み上げてくる。敵の手際が良い。

 広い領内で敵対者の侵入を完璧に阻止する方法などあるはずもなく、後手に回るのは仕方がないがどうにも浸食が早い。

 質か、量か、どちらかは知らないが……本気のようだ。


「巡回は中断、緊急的に調査へと移行。二人一組を組んで担当の場所へ急行してください。何かあった場合は帰還を最優先に、無理だけは絶対にしてはいけません。近くに潜んでいる場合もあり得ますので注意は怠らずに。……では、解散!」

『はっ!』


 素早く駆けて行く部下たち。

 ベテラン勢に留守番させたのが裏目に出るとは想定していなかったが、リーだけでも連れてくればよかったですね。


「ふー……」


 一度目を閉じて深呼吸をする。

 どこかで攻勢が掛けられるのは予想していた。

 今更慌てるようなことはしない。

 それにアブソルート侯爵家にはハンスもルドルフもいる。

 兄上もウィル兄もゾズマもいる。

 気負う必要はない。


「…………………」


 五感を澄ます。

 耳を澄ます。風を読む。匂いを。湿気を。天候を。

 ここはホームだ。慣れ親しんだ場所。変化を感じ取れ。



 幾ばくかの間を置いて、ゆっくりと目を開く。


 南南西に5km。


「……そこか」


 気を抜いていたな。


「羽虫風情が……叩き落としてやろう……」


 ===========


「やばいな……ばれたぞ」

「は? どれだけ離れていると──」

「目が合った、ありゃ化け物だ。まともに戦っても勝てんよ。……四天王が相手になるはずもない、逃げるぞ」

「ネイティブダンサーは?」

「二手に分かれる。俺があれを引き付けるからお前が回収しろ。追いつかれたら命はないと思え」

「大丈夫ですか?」

「知らん。五分五分だ。話している暇はもうない、行け」

「ご武運を」

「……励ましより金をくれ」



※(ついったー でも はなしかけて もらえると うれしい)

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