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今ここにいない人たちの話 5

・全力で不穏さんを呼んできました。


 私の名前はペンサコーラという。もちろん偽名だ。

 名付け親は社長のエンタープライズ。ちなみに社長も偽名だ。

 カッコイイ以外に特に意味はないらしい。別になんだっていいけれど。

 役職は社長補佐。つまりはグレイゴーストという組織において序列二位がこの私だ。

 もう一人社長補佐がいるがそちらは三位、名をネイティブダンサーという。当然ながら偽名である。

 二人合わせて沙羅双樹というコンビを組まされているが、エンタープライズ曰く特に意味はないらしい。かっこうよいからとかなんとか。

 せっかくなので自分で調べてみたところどうやら宗教的な話になるようなので深追いはやめておいた。

 だがどうにも沙羅樹というのは復活・再生・若返りの象徴である「生命の木」であるらしい。

 人を殺める暗殺者に与える名ではない。故意か偶然か、この適当な男はなんとも皮肉なことをすると思ったものだ。


「何を食べますか?」

「一番高い奴」

「確かビーフシチューですね」

「じゃあそれで頼む」


 なんの変哲もなければ個室だってないごく普通の小料理屋、あえて特徴を挙げるならちょっぴりお値段の高い私の行きつけの店で、私たちは打ち合わせをしていた。

 というか、これからする。

 店員を呼んで注文を伝えたあと、エンタープライズに向き直る。

 本当はこのような開けた場所でする話ではないが、あまり高すぎる場所は避けろというので仕方がない。

 食事マナーに縛られるのがめんどうくさいとのこと。

 まあでも、美味しいものが食べたいときはたまに行くけど。


「──こちらの報告としては、以上になります」

「ほぅ……四天王が……」


 先日、王国の高位貴族の暗殺に差し向けた四天王のことごとくが行方不明となった。

 組織の序列としては七位から十位。これだけ聞くと大きな痛手のようにも聞こえる、というか実際私はそう思っているのだが、エンタープライズはさして驚いた様子もなくちびりとコップの水を飲む。


「朗報だな」

「は? 朗報ですか? 悲報ではなくて?」

「朗報だろ。だって退職金払わなくていいんだぜ? 最高だろ?」

「…………………」


 そしてあっけらかんと、そう言った。

 私は頭を抱える。かれこれ十年の付き合いになるが未だにこの適当な男の思考回路を完璧に理解するには至っていない。

 いや、金のことしか頭にないのはわかってはいるけど。


「金の話ではなく戦力の問題で──」

「金の問題だよ。俺が出るって言っただろう。相手が相手だ、あいつら程度の実力じゃ物の数にもならん。それに派遣組はそろそろ辞めたがっていた、丁度良かったよ」

「それは……」


 否定の言葉は出てこなかった。

 確かに四天王、いやグレートスリー以下の構成員はエンタープライズが働きたくないがために寄せ集められただけの存在であり、彼がまともに働くのなら戦力としての重要度は極端に下がる。

 だがそれよりも、フーとリキッドの二人が辞めたがっていたことに気づいていたことの方が驚きだった。

 人を物として扱うような人間性の癖して、案外中身もよく見ているものだと。


「おい、あいつらの口座は押さえておけよ。寮の遺品も全部回収して売り払ってしまえ。生きているのか死んでいるのかは知らんが、貰えるものは貰っておけ」

「……金の亡者」


 つい口に出た。


「弁えろよペンサコーラ。お前の給料の裁量権は俺にあることを忘れるな。それに、人生を無為に過ごす生者よりは俺のような亡者の方がよほど生きていると言えるだろう」

「まあ確かにあなたは金が絡むと活き活きしますけど……」


 一理あると、考えようによってはそうかもしれない。


「ああ、そういえばリキッドはまだ二年目の半ばだったな。保証期間内だ、派遣会社に訴えれば金をふんだくれるかもしれない、確認しておけ」

「……サーイエッサー……」

「お待たせしましたー!」


 なんとも複雑な気分になってうなだれる私のもとへ、料理が運ばれてきた。

 エンタープライズはビーフシチューであるが、私はそれほどお腹が空いていないのでサラダとスープである。

 しばしお互い無言で味わう。


「普通だ」

「普通の店ですもん」


 味はとても普通だ。

 まあ、美味しい。


「……にしては客が多いな」

「この店は鶏料理で人気のお店ですから」

「……教えてくれても良かったんじゃないか?」

「でも安いですよ」

「なら鶏料理で一番高いのを頼んだ。俺は散財が好きだがそこに満足感がなければ意味がない。損をした、俺は今猛烈に虚しい」

「さようで」


 意識的に教えなかったが聞かれてないので私は悪くない。

 私はこの散財男が個人的には嫌いではない。むしろ好ましいとさえ思っているが、時折世のため人のため早急に地獄に堕ちた方が良いんじゃないかと思うこともある。

 だからこう、たまに天に代ってお仕置きをすることで勘弁してもらうのだ。

 決してストレスが溜まっているからではない。

 そしてこれ以上やると私の給料が下がるのでやらない。


「まあいい、味は及第点だ。次はないぞペンサコーラ」

「サーイエッサー」


 今度は幾分元気に言った。

 こういう機会でないとエンタープライズの不機嫌顔は見れないので、今私は多少気分が良かったりする。

 あとたぶん次もある。


 ===========


「食事も終えたところで仕事の話に移ってよろしいでしょうか?」

「待て。食後のデザートもコーヒーもまだだ。……一番美味くて高いのを頼め」

「……コーヒーゼリーとコピルアクになりますが」


 おっとこれは、コーヒーとコーヒーが被ってしまいますね。


「……俺が会計を持つ、お前のオススメを選べ」

「サーイエッサー!」


 今度は大変元気に言ってみた。

 この男は金の亡者ではあるがとにかく金を使うのが好きなので工夫すればこういう風に奢ってもらえることもある。

 やはり地の利というのは大事だ。

 私は注文を告げたあと一人満足気に頷いた。

 ちなみにコピルアクについては自分で調べるといい。


「なんだこれは」


 運ばれてきたデザートを見たエンタープライズの言葉だ。


「カップル専用ハートキャッチスイーツの人気ナンバーワンスマイルパフェです」

「なぜこれを選んだ」

「男女二人組じゃないと頼めないのですが、せっかく社長がいるのだから食べてみようかなと」

「ではなぜ飲み物をいちごみるくにした、コーヒーと言っただろ」

「オススメです」

「……パフェはいらん、一人で食え」

「サーイエッサー!!!」


 今日一が出た。

 私は甘いものが大好きだ。


 ===========


 最高に美味しかった。

 我が人生に一片の悔いなし。


「仕事の話だが」


 今度はエンタープライズの方から切り出してくる。

 不機嫌そうな顔で、いちごみるくは半分しか減ってなかった。


「ええ、社長自ら出られるということで」


 普段はクソニートなエンタープライズにしては非常に珍しい事態である。

 明日は雪が降るかもしれない。

 いま冬だけど。


「お前とネイティブダンサーもだ。今回は全力で任に当たる」

「グレートスリーはいかがしますか」

「いらん、足手まといだ。適当に小銭稼ぎをさせるか、クライアントのとこに護衛として置いとけ」

「さようで」


 今しがたばっさりと斬り捨てられたグレートスリーは組織内序列四位と五位と六位の三人であり大仰な名前をしているが、正直に言ってその実力は四天王とさして変わらない。

 本人たちは自分たちの実力がエンタープライズに認められたと勘違いしているが、彼がすごく適当に序列を決めたことには気づいていない。

 基本的にグレイゴーストは、私たちとそれ以外という構図だ。

 四天王もグレートスリーなんて二つ名も、沙羅双樹と同じでなんかカッコイイから以外に理由はなかったりする。


「春になったらクライアントたちが行動を起こす、その時にアブソルート侯爵家を行動不能、もしくは混乱状態に陥らせるのが今回の目標だ」

「ふむ、侯爵の暗殺ではなくなったのですか」

「詳しくは知らんが他所から文句が入ったらしい。加えて縛りが増えた、アブソルート侯爵家の人間は誰も殺すなと。捕虜への尋問・拷問も禁止だとさ」

「……無茶振りしますね」


 暗殺者に殺すな指令、頼む相手間違っているのではないか。

 当たり前だが戦闘というのは捕まえるより殺す方が圧倒的に楽だ。

 簡単な仕事ではないのは重々承知だが、侯爵を暗殺すればそれで済むのではないだろうか。


「そうでもない。要するに嫌がらせをすればいいだけだ、強固な壁を無理に突破する必要はない。むしろ得意分野かもしれん」

「あー……」


 わかる。性格悪いもの。


「騎士団長ハンス、完璧執事ルドルフ・シュタイナー。奴らに弱点はないが……強いて言うなら二人しかいないことだ。人間一人の手の届く範囲なんぞ高が知れている」

「確かに……」

「問題は四天王が全滅した理由だな。化け物屋敷なんて最初から分かっていたことだ、あいつらも素人じゃない、失敗は当然としても敗走すらできないのは少し不自然だ。まあ普通に二手も三手も先を行かれただけの可能性もあるが……なんらかの不確定要素が存在することも考慮した方が良い」


 それは私も考えていた。彼らの部下も含めて誰も戻っていないというのは、さすがに私も想定していなかった。 


「ふむ……あの二人以外の実力者と言えば騎士団一番隊隊長ウィリアム・アブソルートと副団長ゾズマ・グラディオンですが……」

「ゾズマの方は騎士団から離れないから除外していい。ウィリアム・アブソルートの方はちと役不足だな。戦って勝てないのは分かるが逃走は可能のはずだ」

「見たことがあるので?」


 エンタープライズは王国で仕事をしたことはほとんどなかったはずだが。


「武術大会で一度、あれなら俺でも勝てる。……ギリギリだがな。お前たちなら……甘く見積もって互角といったところだ」

「なるほど。……互角ですか……殺傷が禁止されている以上は厳しいですね……」

「そこは今考えなくていい。……侯爵家には非公式の私設部隊がいると仮定する。それもとびきりの。まずはこれの正体を探る、本格的な行動はその後だ。いいな?」

「サーイエッサー」

「……精々、相手の嫌がることを率先してやるとしよう」


 エンタープライズはにやりと笑う。

 そしていつも通り、その眼は全く笑っていなかった。


「心を折る方法なんざ、幾らでもある」


 彼は非常に、悪い男だ。


 ===========


 エンタープライズという男は一言で言えば金の亡者であるが、二言で言うならそこに暗殺者が加わり、三言ならばクズも増える。


 良心がない。


 相手を不幸にすることに躊躇いがなく、そしてそこに何の愉悦も覚えない。

 仕事であっても、そうでなくとも。

 人格破綻者とは彼をおいて他なら無い。

 もしあなたが彼と話してみると案外普通に見えるかもしれないが、そいつは翌日なんの感慨もなくあなたを殺すだろう。


 そして仕事も優秀。

 彼は王国武術大会でベスト8に入れる程度の実力。

 その程度かと思うだろうか。違う、正面戦闘を得意としない暗殺者が正々堂々と戦ってベスト8になるほど強いのだ。

 闇で戦えば彼より恐ろしい存在もいない。


 私は給料が良いから彼と組んでいるが……

 もう一つの理由として、あれの敵になりたくないから、というのがある。


 彼は、悪意を理解している。

 純真な者ほど、壊すのが得意だ。


===========


「奢るってパフェ代だけですか……!?」

「当たり前だ」

・かませじゃないんです。

・信じて。

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