今ここにいない人たちの話 4
・またもや短いです。
・やっぱりもう一話だけ続きます。
灰色おばけがやってくる
というのは、帝国において言付けを守らない幼い子供を叱る親の常套句である。
灰色おばけとは、文字通り帝国稀代の暗殺者・グレイゴーストのこと。
由来としては彼との盟約に違反した当時の皇帝がグレイゴーストにより血の制裁を加えられたという逸話が、巡り巡って時代を超えて、形を変えつつ受け継がれた結果、約束を守らない子はおばけに憑り殺される、なんて話に化けたのだ。
子供騙しのような扱いではあるが、帝国臣民はすべからくこの話を仰々しく伝えられながら育っていくので実際には恐怖の象徴として数百年間君臨し続けている。
だが意外にも、彼が実在したという正式な歴史記述は現存していない。
民間での逸話や伝説にこそ事欠かないが、基本的に人知を超えて脚色されており証拠として扱うには不適とされている。
歴史家の間では架空の人物であるというのが通説だ。
証拠がないことこそ何よりの証拠である、という主張も一定数あるが趨勢を覆すだけの力を持ってはおらず、現実問題として、人々の肥大化した妄想を除き、彼がこの世に遺したものは何一つとして存在していないというのが現状だが──
結構なことではないか。
世間に浸透し切った恐怖意識、つまりはブランド力だ。
人間というのは単純なもので、灰色のフードを被った怪しげな人物というだけで皆一様に同じものを連想する。
ちょっとそれっぽい雰囲気を醸し出せば確信を深める。
暗殺者を名乗ればそれはもういとも容易くコロッと騙される。
生きていた証はない。が、いなかったとする証拠もない。
つまりは実在した可能性もあるわけで、もちろん死んだという確証もない。
それで名前がおばけときたら、無理もないか。
両親から与えられたトラウマが「もしかして」を呼び、
数々の逸話や伝説が「やりかねない」という疑念を呼び起こす。
理論は否定しても感情はそう簡単に納得しない。
グレイゴーストはまだ、帝国臣民の中で──
なんて、常識的に考えて生きてる訳ないのにな。百年単位で前の話というに。
商売が楽でいいが。
「本当に任せて大丈夫なんだろうな、グレイゴースト」
「当然だとも。先日の部下の失態については言い訳のしようもない。詫びと言っては何だが今回ばかりは全力だ、俺が直接出る」
「……わかった、期待させてもらおう」
「賢い判断だ、大船に乗った気でいてくれ。……ついては一度失敗した身としては非常に心苦しいのだが準備工作費の話を少し……」
「いい、いくらでも持って行け。私にはもはや無用の長物だ、今更惜しくもない。ただその代わり、失敗は許さんぞ……」
「もちろん理解しているさ。俺を誰だと思っている?」
「……ふん」
「……じゃあ、俺は帰るとする。果報は持ってきてやるからちゃんと寝た方が良いぜ、●●殿」
「うるさい、余計なお世話だ」
「へいへい」
概ねこんな感じで。
いやはやブランド万歳だな。
実績なんて皆無に等しいのに誰もがこぞって金を払ってくれる。
人生楽しい。
さて、もうお気づきの方も多いだろうから告白なんぞしてしまうのだが。
そう、現在帝国に存在するグレイゴーストなる組織は完全なるパチモンだ、ただただグレイゴーストという羊頭を掲げただけの狗肉に過ぎない。
本物のグレイゴーストの血筋も、技術も、信念も、何一つとして受け継いじゃいない。
そもそもグレイゴーストは本来個人名だしな。
死者への冒涜と捉えられても否定はできないだろう。
だがそもそも実在したかも定かではないような人間に気を遣うだけのリソースなど俺にはないし、良心も持っちゃいない。
それに商標権も切れているだろう。
営業主体誤認行為にも当たらない、法律に違反することはしていない。
それにだ。
俺はあくまでもグレイゴーストと名乗っているだけ、過去の伝説と何らかの形で関係しているなど誰にも、一言でも言った覚えはない。
神に誓って嘘は言ってない、本当のことも伝えていないだけだ。
全て、勘違いする方が悪い。
偶然にも高名な人物と同じ名前で同じ職業に就いている、なんて世の中まま有り得ることだろう、責められる謂れはない。
恨むなら自身の浅慮を恨め。
騙されるのが嫌なら依頼する前によく調べればよかったのだ。
まあ、なんだ。
グレイゴーストには「過去の詮索は敵対行為と見なされ依頼主であれど粛清される」なんて逸話も残っているのだけれど。
彼らにはドンマイと伝えたい。
だがやはりグレイゴーストのブランド力は絶大だ。
その名を騙るだけでなんでもない俺が特別な存在になれる。
戦闘においても交渉においても無条件で精神的優位に立てるのだ。
特に相手の中でグレイゴーストは圧倒的強者であり超常の存在であるため、俺が何を言っても何をしても勝手に深読みして勝手に納得してくれるのは非常に愉快だ。
さっきの依頼主みたいにな。
奴が相手にしているのはグレイゴーストの名前であり、俺自身ではない。
変にプライドが高く自分を知恵者だと思っている、ああいう手合いが一番楽でいい。
願わくばこのような仕事ばかり続いてほしいものだ。
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「社長、どうでしたか」
依頼主の屋敷の表玄関から堂々と出ると、部下が一人待っていた。
俺の部下は俺を本物のグレイゴーストと思っている夢見がちな野郎ばかりだが、二人ばかし俺の実像を知っている部下がいる。
俺をそういうものだと理解していながら従っているのだ。我ながら酔狂な奴だと言わざるを得ないが役に立つので特に文句はない。
優秀な部下というのは金で買おうとすると非常に高いからな、格安で手に入れられて俺はラッキーだった。さすがに薄給では雇えんがな。
「打ち合わせは終わった、仕事は継続だ」
「それは重畳、今後はどう動くのですか?」
「まずは……飯を食いに行こう、腹が減った」
ちなみに今は真っ昼間である。
別に、伝説の暗殺者が表玄関から出入りしたり昼に街で飯を食ってはいけない法律など存在しない。
夜は眠いし、昼に腹は減るし、裏口から出るのは面倒くさい。
誰だってそうだろう。
「……予約してあります」
「優秀」
良い部下を持ったものだ。
・かませやないんです。
・ラスボスなんです。
・嘘じゃないです。