今ここにいない人たちの話 2
よく聞け!
自分はお前が大好きだ!
軍を指揮する時の凛々しい顔も、甘いものを食べた時のにへらっとした顔も、将棋を指している時の悩まし気な顔も、自分に向けてくれるその優しい顔も全部好きだ!
体調の悪い時にそれを誤魔化す笑顔は心配になるからあまり見たくはないが胸がキュンとするのでそれはそれで大好きだ!
それにだ。
自分は、お前が自分に隠れたところで頻繁に吐いていることを知っている。
自分たちを守るために、夜遅くまで作戦を考えてくれていることも知っている。
本当は戦が怖いのに必死に拳を握り締めて、震えを耐えているのも知っている。
兵士一人ひとりが散っていく度に、心の底から悼んでくれているのも知っている。
遺族への報告を率先して行っていることだって知っている。
夜に一人、声を押し殺して泣いていることさえも知っているぞ。
それでも前を向いて、いつも困ったような顔しながらも自分たちのために全力で戦ってくれていることも、知っている。
そういうところが本当に、惚れた。
たった一年、されど一年だ。
自分はピーターのことをたくさん知っているが、当然知らないこともそれ以上にたくさんある。
自分はそれが悔しくてたまらない。もっとたくさん一緒にいて、もっとたくさんいろんなところに行って、もっともっともーっとたくさん、お前のことを知りたい。
でも、お前は留学期間が過ぎればいずれ国へ帰ってしまう。
自分はそれが辛い。とっても辛い。とーーーーってもだぞ?
おそらくお前の想像してる百倍は辛いと考えてもらっていい。
自分はそんなの堪えられない、そもそも堪える気がない。
お父様でもお爺様もなんでも利用してでも、政略結婚という形だって構わないから、私はお前と結婚がしたい。
でもな、お前の辛そうな顔を見るのは嫌なんだ。
無理矢理結婚させたってそれじゃ意味がない。
自分は笑顔のお前と一緒にいたいからだ。
だから、ゆっくりと少しずつ自分のことを好きになってもらおうと、今まで頑張ってアプローチしてきたつもりだ。
いきなり告白して断られると立ち直れる気がしなかったというのもあるけど。
これを言うと気持ち悪がられるかもしれないけど、正直に言う。
暇があればお前の側に付き纏った。
世話役になったのも、戦場でお前の護衛になったのも、自分がお爺様に直談判してから強引に勝ち取った。
自分はそういった恋の経験がなかったからずっと一緒にいれば好きになってもらえると思っていたんだ。自分でも浅はかだったと言わざるを得ない。
結局、お前とおしゃべりしたり、遊んだり、共に戦ったりすればするほどお前への懸想の丈が膨れ上がるだけで、当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。
情けない限りだ。
でも、その分お前を独占できていたかと思うと悪くなかった。
毎日毎日その日の出来事を思い返してはニヤニヤしていた。
我ながらこれは気持ち悪かったと思う。
しかし、突然不安になった。
もしかしたら迷惑なんじゃないかって。
自分はあまり女の子っぽくない、料理も裁縫も掃除も洗濯もまったくできない。
剣を振り回して敵を退治することしか能のない女だから、おしとやかとは程遠い。
容姿は、お母様似だから少しは自信があったが、もしピーターの好みから外れていたらどうしようって、夜も眠れなくなった。
だけど、やっぱりこの想いを抑えられる訳がなかったんだ。
うじうじするのなんてシマズの女らしくない、当たって砕けるのみだ!
そう思って今日、お前に会いに行った。
初めて料理をした。すごく難くて、おにぎりしか作れなかった。
それでも、食べてくれるお前の顔を想像するだけで胸がドキドキして、楽しかったんだと思う。
それで、食べてくれて、美味しいって言ってくれて本当に嬉しかった。
今一度言おう! 自分はお前が大好きだ!
出会った当初はこの貧弱もやし大丈夫かと思ったが、今となってはそれすらも愛おしい。
自分は……自分は!
お前と一緒に考えたい。
自分のこと、お前のこと、家族のこと、シマズ家のこと、アブソルート家のこと、これからの生活のこと、これからの人生のこと、全部! お前と一緒に考えたい!
そしてお前にも、自分と一緒に考えていきたいと、自分の意志でそう思ってほしい!
如何か!
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耳まで真っ赤な顔で、彼女は堂々と言い切った。
「…………………」
「…………………」
彼女の荒れた呼吸以外、何も聞こえてこない。
声が、出なかった
「……返事は将棋で聞く。答えが否なら、自分を負かしてくれ」
「……ハンデはいかほどに」
乾いた喉で、そう振り絞った。
「平手だ」
「……承知いたしました」
お互い無言で深々と頭を下げて、対局が始まった。
しばし、駒音だけが響く。
中盤から後半に差し迫ったあたりから、彼女がぽつぽつと尋ねてきた。
「ピーターには兄妹がいるんだよな?」
「ええ、兄二人と妹が一人」
「いいな、私は一人っ子だから羨ましい」
「そうですか? 大変ですよ?」
「そうなのか、どういう人たちなんだ?」
「そうですねぇ……上から苦労人、脳筋、謎の生き物って感じです」
「謎の生き物ってなんだ!?」
「会えばわかるんですけど……説明は難しいですね……」
「うぅ……気になるぞ……」
「会いに来ればよろしいのでは?」
「いいのか?」
「ええ」
「……そっか」
「そうですとも」
「……そういえば、アブソルートの騎士団は強力だとお父様が言っていたな」
「化け物が一人おりますゆえ、大陸でも随一かと」
「ここだけの話、うちの家臣団とどちらが強い?」
「難しいことを聞きますね……攻め戦ならシマズ、防衛戦ならアブソルート、戦えば互角ではないですかね」
「そう言われると実際に確かめたくなるな」
「ここだけの話ではなかったのですか?」
「気のせいだろう」
「さようで」
「妹君を見に行くついでにうちの兵もいくらか連れて行こう。演習をしないか?」
「僕の判断では決められませんが、団長がバトルジャンキーなのでたぶん大丈夫かと」
「ようし決まりだ! 騎士団は何人ぐらいいるんだ?」
「三千ぐらいでしたかね……?」
「そうか! じゃあ自分たちも三千だ! これは大きい旅になりそうだな!」
「ええ、手紙を出しておきます」
「頼むぞ!」
彼女は非常にワクワクした様子で、ニッと笑ってそう言った。
そして、決着を迎える。
結果は恥ずかしいから言わない。察してほしい。
・お兄ちゃん三号は当分出てきません。
・次はブラック企業の社長です。