サクラ・アブソルートのお仕事 2
・説明回その2です。
・恋愛要素が諸葛亮と魏延との信頼関係ぐらいあります。
・ギリワン爆弾魔こと松永久秀さんには忠臣説があるらしいので(初めて知りました)、小説前半の恋愛要素については「松永久秀の忠誠心ぐらい薄い」から「馬謖の将軍としての器ぐらいある」に訂正してお詫びいたします。
・新聞の四コマ漫画を見るぐらいのノリでご覧ください。
アブソルート家の屋敷から少し離れたその場所。
敷地内の森を抜けた先、丘の上の展望台からは街を一望することができる。
景色が壮観で、春風の心地良いその場所が私──サクラ・アブソルートのお気に入り、ゆえにそこに我が物顔で踏ん反り返っている帝国のネズミに少々イライラなのだ。
とっちめてやる。
しかしながら、展望台は見晴らしが良く普通に近づいては私のスピードといえどもすぐに見つかって逃げられてしまうかもしれない。
それはよくない。
お館様に仇なす輩は一匹たりとも逃がしはしない。
だから今回は秘密兵器を連れてきた。
そう、彼女こそアブソルート家の守り神、屋敷猫のスーパーエース。
「にゃ?」
猫のチヨメちゃんである。
赤茶と白の毛並みがふわっともふもふ、とってもラブリーなオンリーマイエンジェル。
そこに存在するだけでもうメーテルの百倍役に立つ。可愛い。癒し。
「行け! チーちゃん!」
「にゃー!」
しかしチーちゃんは可愛いだけじゃない。
敵陣へと果敢に攻め込むその疾走は燎原の火が如く。
大地を震わすその猛き咆哮は百獣の王に相応しき風格。
一度走れば風を切り、再び走れば悪を討ち、三度走れば天地を喰らう。
君臨するは我らのヒーロー、顕現するは奴らの絶望!
ゴーゴー!レッツゴー!レッツゴー!チーちゃん!
ちなみに作戦はこうだ。
まずチーちゃんが敵の気を引く、そして後ろから私が叩く。
完璧。チーちゃんに限って失敗はあり得ず、チーちゃんがいる限り我々に敗北はない。
いざ、開戦だ。
標的! なんか暇そうにしてるけど特に隙の見当たらないモブネズミ!
チーちゃんは小柄な体を活かし敵の目を掻い潜り、驚異的なスピードで丘を駆け、展望台近くの茂みへと入り込む。
「ああ……暇だ……ランバルトゥールさんもつまんねぇ仕事を押し付けやがっ──誰だ!」
少しの物音に素早く武器を抜いて反応するあたり、数合わせの三下という訳ではなさそうだ。
「にゃ~」
「んだよ猫かよ……」
しかし、チーちゃんの前には無力。
「にゃ~お」
「なんだぁお前、珍しい毛並みだな、しかもモフモフ」
その汚らしい手でチーちゃんに触るなぁ!
……おっといけない、チーちゃんも頑張っているんだ、私も自分の務めを果たさなければなるまいよ。
一瞬の隙を窺うのだ。
「ははっ、なんだこいつ人懐っこいな」
「にゃあごろ♪」
ああ……任務の為とはいえあんな今後一切名前も容姿も描写されないような帝国ネズミなんかに喉を鳴らさざるを得ないなんて……
すみません! 耐えてくださいチーちゃん……!
「ほーらわしゃわしゃわしゃ!」
「にゃ~♪」
お腹まで晒して……お前! お前ぇ! 私だってお腹撫でさせてもらったことないのにぃ! なんて羨ま──くそぅ帝国ネズミめ! どこまでチーちゃんを弄べば気が済むのだ! 許さん!
「可愛いなぁ……あっ、煮干し食うか?」
「にゃ!」
「ほれほれ食え食え」
「にゃ~!」
あっ……ああっ……ああああああっ………!
き、貴様……なんてことをぉぉぉ!
今日のチーちゃんのご飯当番は私だったのにぃ!!!
一か月に一回しか回ってこないのにぃ!!!
──……………。
「……お前は飼い猫だろう? こんなところに何しに来たんだ? ご主人は何してるんだろうなぁ?」
「にゃー……それはネズミ狩りだにゃー……」
「え、しゃべ──しまっ!?」
チーちゃんが創ってくれた隙を突き、背後へと回り込んだ私は鎖鎌を使って首を絞めにかかる。
ネズミは鎖を緩めようともがくが、体全体を使って簡単に外させはしない。
「よくもチーちゃんに好き勝手してくれたな……」
「あっ……がっ……!?」
「そう慌てるな、殺しはしない。安心して落ちると良い」
そのまま鎖を引っ張って抱え込み、相手の下に潜って背負い投げの要領で地面に叩きつける。
「チェストォォォォォ!!!」
「がぁああああああああ!?」
ドスンと大きな音が響く。石畳に叩きつけられたネズミは完全に気を失っている様子。
一本!
心の中の審判がそう宣言した。
「まずは奇襲成功……」
そっと呟く。
今までの恨みを晴らすようにネズミの頭をぺしぺしと叩くチーちゃんはそっとしておく、辛い経験をしたのだから……したよね?
演技、すべて演技だったのですよねチーちゃん?
そうと言ってくださいチーちゃん!
「にゃ!」
「ならばよし!」
心が通じ合った気がするので仕事の続きだ。
とりあえずネズミを縄で縛ったあとは屋敷猫への合図。
特にこれといった工夫もない火薬玉を、そら高く投げるだけだ。
それだけで、きっと全部終わる。いや、終われないようなら普通の侍女に戻ってもらわねばならない。
「そーーーれっ!」
大きな乾いた音が、頭上で弾けた。
それを、屋敷猫のリーダー、リー・クーロンは静かに息を殺して待っていた。
あの小さくて可愛い主からの待ての解除、食って良しの合図。
つまみ食いの衝動に耐えるのがちょっとだけ辛かったのは内緒だ。
パンッと乾いた音が微かに鳴った瞬間に、四人の屋敷猫が行動を開始する。
帝国のネズミがその音を聞き、情報を咀嚼し、それがどういう意味を持つのか理解するまでのほんの刹那に仕留める。
「……? っ! 総員警か──がっ!?」
「敵しゅ──うぇっ」
「逃げっ──」
「なっ、なんなんだっ──」
ネズミは言葉を最後まで紡ぐことなく落とされていく。
殴ったり、絞めたり、毒を吸わせたり、方法は各自で様々
逃がさないし、逃げたとしてもこの森は屋敷猫の庭同然。数多の罠を潜り抜けながら逃走するのは不可能だ。それこそ主ほどの実力でないと。
「みんな、殺してないでしょうね?」
離れた場所の同僚たちに一応の確認を取る。まさか取り逃がしてしまうことなどないだろうが、彼女たちは加減というのがまだまだ未熟だ。
「もちー」
「当然です!」
「右に同じ……」
不殺の誓いは皆守っていた。一安心。
正直に言うと、私たちにとって命よりも大切なアブソルート家に害をなそうとする相手に一片の慈悲もくれてやりたくないところだが、旦那様からの命令ならば仕方がない。
あの小さな主に人殺しの業を背負わせるのはまだ早すぎるというのも同意だ。
いずれ貴族として、または影としてかはわからないけれど、そういう場面がいつか来るのかもしれない、だが今の主はルクシア様というヒーロー(ヒロイン?)に憧れる純真な子供に過ぎない。
自分たちを殺しにきた暗殺者だって無意識のうちに何かと理由を付けては解放しようとするぐらいには影として甘いところもある。
実力がありすぎて忘れそうになるが、まだ十三歳の女の子なのだ。
無限の可能性に満ち溢れた彼女に、片道切符を渡すのはまだ早い。
「リー、終わったよ」
「こっちもです!」
「みっしょんこんぷりーと……」
三人の同僚が仕事の終わりを告げてくる。
彼女らは捕ったネズミを簀巻きにして引きずっていたので、私もそれに倣う。
「ネズミはどうする?」
「とりあえず……いつも通り執事長のところまで運びましょうか?」
「はいはい! リー先生!」
この中で屋敷猫加入が最も遅く、一番小柄なカレン・カトラスが挙手する。
ちなみにカレンの教育係だったのが私だ。
「なんですかレンちゃん?」
「ぶっちゃけ筋力値が足りません!」
泣きそうな顔でそう縋るレン。見れば彼女が捕ったネズミは身長190cmは超えているだろう大柄な男だった。無駄に肥えやがって。けっ。
身長150cmで線も細いレンが運ぶには重量も屋敷までの距離も厳しい。
黙って運べということもできる、というか主なら笑顔でそう言う。
まあでもここは──
「ではトーマスくんに全部丸投げしましょう」
「おお!」
「私もさんせ~い」
「異議なし……」
私の意見にレンだけでなく、楽をしたい他の二人も賛同する。あなたたちには言ってないのだけれど、という言葉は飲み込む。苦労するの私じゃないし。
トーマス・パットンくん十五歳。
最近その存在意義が疑われて久しい主付きの護衛騎士である。
彼はアブソルート家騎士団において最年少、弱冠十三歳で正騎士となった将来有望の剣の天才である。
二年前にその腕を見込まれて、また年齢が近いこともあり旦那様から直々に主専属の護衛騎士という大役を任された──
までは良かった悲劇の少年である。
理由は言わずもがな。
毎日主に置いて行かれては親とはぐれた子供のような半泣き顔で領内を走り回っている姿は健気かつ滑稽。
整った容姿も併せて街のお姉さん方に大変好評だ。
母性に目覚めるか嗜虐心をそそられるかは個人次第。
今日も主を見失って途方に暮れていると思うので仕事を丸投げすることにした。
だって現状給料泥棒だし。
主の為だと言えばわかりやすくホの字の彼はきっと奮起するに違いない。
「レオは屋敷に報告。レンはトーマスに連絡。クロはこいつらを見張っておいて。私はお嬢様の下へ戻ります、その後の判断は各自で」
「「「了解」」」
やることが決まれば迅速に遂行する。
全ては敬愛する主のために。
=========
アブソルート家にはかつて影の一族と呼ばれた時代があった。
その経緯は、九代前に遡る。
当時の王国はまだ小さく、周辺には多くの敵対国家を抱えており、また国内には数多の火種が燻っていた。
弟のクーデター、義母による暗殺未遂、譜代の家臣の裏切りなどが次々と発生し、家族すら信じられなくなったという王が唯一信頼していたというのが、子飼いの部下だったルクシア・アブソルート、初代アブソルート家当主とその一族である。
手駒の少ない王にとって武官、文官の役割だけでなく密偵、諜報、工作、暗殺なんでもござれのルクシア様は何より貴重な存在であり、重用し続けたという。
ルクシア様もその期待に応え続け、生涯を懸けて王国に尽くし、闇夜に潜み、陰に潜り、影より現れてはその敵の尽くを排除した。
中には外道と謗られるような卑劣な手を使ったこともあった、尊厳をかなぐり捨てた醜い手段を採ることもあった。
しかし、彼女らのその忠誠は微かたりとも揺らぐことはなく、かくしてアブソルート家は王国の影と呼ばれることになった。
ルクシア様の尽力もあって群雄割拠の戦乱を乗り切った王国は着々と力を蓄え、やがて大陸四強と呼ばれるまでに至る。
その間の王国の歴史はアブソルート家の歴史と言っても過言ではなく、公式に記述として残すことはできなかったものの、アブソルート家、ひいてはルクシア・アブソルートがいなければ現在の王国はありえなかったというのは王家と侯爵家だけに伝わる秘密である。
時間が経つにつれ、領地が広がり国政が安定するころにはアブソルート家は影の任を解かれ、その功績を称えられ爵位を授与、出世を重ね侯爵へと取り立てられることになった。
「そして今に至る、ってことなんだけど大丈夫?」
「はぇ~なるほど~、そんな歴史があったんですね~」
どうもこんにちは。
最近いつ娘が語尾に「ござる」を付け始めないかと不安で夜も眠れないアレクサンダー・アブソルート侯爵です。最近のトレンドはシエスタ。
今はグレイゴーストのランバルトゥールくんに、アブソルート家についてお話をしているよ。
もちろんだけど、エトピリカ商会のアーネスト・レインくんだと信じ切っている態で。
さっきサクラから「今から刺客が来ますが奴らの仲間を捕縛するまで時間稼ぎをお願いします」って言われたのよ。これってもしかしてワシ、おとり?
……違うということにしよう。
ランバルトゥールくんは今回、下見に来ているだけで殺意は低いらしい。なんだか若干そわそわしているし本当は帰りたいのかもしれない。
ワシの仕事は適当に商談して相手の会話の誘導に馬鹿正直に従うだけの簡単なお仕事、あら楽しい。
屋敷の構造や、使用人の数に護衛の配置とかもうペラペラぺーラペラペーラよ。
最初は確かに商談だったけどどんどん変な方向に行く、予備知識がなければ本当に騙されてたかも、世の中って怖いね。
「そういえば侯爵様、こんなことを聞いていいものかと思いますが……先日、賊が屋敷に忍び込んだというのは本当でしょうか?」
あまりにワシが馬鹿っぽくペラペラ喋るから突っ込んだ話にも結構ぐいぐいくるようになった。
打てば響くと楽しいよね。ワシも鐘とか鳴らすの好きだよ。
「本当だよ? よく知ってるねぇ」
「情報は商人にとって命みたいなもんですからね。……実はお節介かもとは思ったんですが、もしご入用でしたらと治療薬や防犯装置などもご用意しております。腕の良い医者にも信頼できる用心棒などにも伝手がありますが……」
「はっはっはっ! 君は優秀だね、商売上手だ。でも大丈夫、怪我人は一人も出ていないし、屋敷も全く荒らされていない。被害0だから心配しないで」
「え──え、そう、なっ、ですか? そ、それは良かった」
言葉に詰まるランバルトゥール、今日初めて彼の素が出たように思う。
やっぱり先日のあれは優秀だったのかな、ぶっちゃけサクラって最終防衛ラインだから結構危なかったんだよねワシ。
「賊は一人だったみたいだし、すぐに捕まったよ。大したことなかったみたい、そうだよねメーテル?」
「さようでございますね、すぐに鎮圧なされましたから」
「え、そんな……誰が……!?」
思わず大きな声が出た、と咄嗟に慌てて口を押えるランバルトゥール。
まあ、もう遅い。というより最初から詰みだったんだけども。
「娘が」
「は?」
「いやね、身内の恥をさらすようで……いや恥ではないんだけどね。これは内緒なんだけどうちの娘、サクラって言うんだけど、ニンジャやってるのよね」
「ほわい?」
わかる。わかるよー。その気持ちは良くわかる。誰よりも何よりもわかる。
軽い気持ちだったの。あんなことになるとは思わなかったの。
ただちょっと『──という風に、今は普通の侯爵家として王国に仕えているけどご先祖様はこんなにかっこよかったんだよ』という話を吟遊詩人っぽく物語風に面白おかしく脚色して話しただけなのに……
こじらせた。
それはもう甚く感動し、痛くこじらせた。
ワシの弾き語りに心を打たれルクシア・アブソルートに憧れたサクラは、当時六歳にも関わらず修行を開始し、やがてその能力はもちろん容姿を含めまるで生き写しのように成長を遂げた。
現代のルクシア・アブソルートの誕生である。
もうね、完全にプロです。
影としての技術は超一流なのに正面戦闘でも侯爵家騎士団長と互角に渡り合うんだよ?
止め方がわからない。
いやまあ、ぶっちゃけ帝国がきな臭い近年にサクラがいなかったらどうなってたんだろうというのはあるよ?
想像するだけで怖いね、だってワシ無能だし。コミュ力に定評はあるけどコミュ力にしか定評がないことで定評があるもの。
「そ、それでその、ご息女は……?」
「ん? お仕事に行ってるよ?」
顔をひくつかせるランバルトゥールに、ワシは良い笑顔でそう言った。
「今日も屋敷にネズミが入り込んでいるらしいから、ね?」
目を細めて余裕な表情を浮かべての意味深な笑み。
たぶんだけど今のワシかっこいいと思う。
するとその時、タイミングよく応接室のドアがノックされる。
ランバルトゥールの額には大粒の汗がにじんでいた。
チーちゃん毘沙門天説。
・サクラは一人だと口調が雑になります。
・別に馬謖は嫌いではないです。
・次回の更新はたぶん土曜の朝です。