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今ここにいない人たちの話 1

・新キャラ連発のターン

・お兄ちゃん三号初登場回

 龍神皇国は王国や帝国など四強が存在するノベリア大陸の東に位置する島国の名前であるが、実際のところ龍神皇国という国は既に存在しない。

 中央政府が崩壊状態で既に機能していないのだ。

 現在の皇帝はもはや名ばかりで、影響力は皆無に等しい。

 各地の領主たちは自らを王と称し、建国を宣言。乱立した大小様々な諸国は自由に領地を統治して、好き勝手に他国と争っているというのが現状だ。


 世は真に群雄割拠。古今東西のあらゆる英傑が覇を競い合い、我こそが新しき天下人にならんと日々爪牙を研ぎ、虎視眈々とその座を狙っている。


 して、アブソルート侯爵家は皇国と貿易を行っていると言っているが、正確には皇国の最も西に位置するスアツマという地を治めるシマズ家との貿易である。


 シマズ家当主タカヒサ・シマズが治めるスアツマ国。

 その特徴を端的に述べるならば、豪放磊落な戦好き、これで全て説明がつくと思われる。

 誰も彼もが気の良い人物ではあるがどこか好戦的で祭り好き、夜に街に繰り出せば最低三つは喧嘩に出くわし、そのうち二つでは周りの人間によって勝敗予想の賭けが行われているような国だ。


 タカヒサには天下を獲ろうという野心こそないものの、領地の拡張と繁栄には意欲的だ。

 優秀かつ勇猛果敢な四人の息子を率いて今日も今日とて戦場を駆け巡り、数多の敵を蹴散らして、新たな地に家紋の旗を立てている。

 兵は精強、士気は上々、兵士はそこらの畑で採れて、連戦連勝、破竹の如く。

 普通戦争というものを兵士はともかく平民たちは嫌がるものだが、どうにも協力的なご様子。

 皆とても活き活きとした表情で楽しそうに敵を殺します。

 それどころか、戦がないと平民自ら血を求め盗賊や海賊狩りなどに出かけるらしい。

 ある意味では最高に治安が良いと言える。

 血気盛んでたいへん結構。

 どう見ても戦闘民族です本当にありがとうございました。


 とはいえそんな彼らも常勝無敗という訳ではない。

 皇国を東西南北中央に分けたとき、西方はシマズ家とオウトモ家のほぼ二強の形が形成されているのだが、オウトモ家には稀代の名将が在籍している。

 シマズ家最大のライバル、ベッキ家のアキトゥーラである。

 彼との戦いは熾烈を極めた。知勇兼備のアキトゥーラには兵力では勝るシマズ家も攻めあぐね、一進一退の攻防を繰り広げている。

 領土を奪って奪われての、そんな日々。


 そんなある日、その均衡を打ち破る一助となる存在が異国からやって来た。

 それは貿易相手のアブソルート侯爵家から留学にやって来たアレクサンダー・アブソルートが三男ピーター・アブソルート、その人だった。

 というか僕だった。どうしてこんなことになったんだろうね。


 もとい、タカヒサ曰く「ピーター・アブソルートは軍略の天才である」らしい。

 言うまでもないがそれは過剰評価というものだ。

 自分で言うのもなんだが甘く見積もって秀才レベルが限度だろう、それも実戦経験無しのだ。


 だが実際、意外や意外にも僕は地味に役立っている。


 留学に来たのに何で戦場に駆り出されているんだ、という事実については一旦考えないことにしておく。


 なぜか?

 それは「ピーター・アブソルートは軍略の天才である」からだ。

 ただし、シマズ家においてのみ、という条件付きで。


 要するにシマズ家は馬鹿だった。あっ、ここオフレコで。

 そして彼らと比べると相対的に、僕は天才ということになった。それだけ。

 なんというか、生まれた時代に五百年ぐらいズレがある感じ。

 そもそもの話、シマズ家にとっては「軍略なにそれ美味しいの?」状態なので多少の知識があれば誰であっても秒で彼らの軍師になれる。そのぐらいひどい。

 たぶんサクラでもなれる。


 戦争というのはとどのつまり、相手の処理限界を超えた兵力を用意してゴリ押すのが一番確実で正しい。勝つべくして勝つというやつだ。

 いや、戦わずして勝つのが最善だというのは当然理解しているが、シマズ家の辞書に不戦の文字は存在しないのでここでは除外する。


 今までシマズ家は軍略を必要としていなかった。

 軍の指揮官は「進軍!」「突撃!」「殲滅!」「万歳!」の四つの言葉さえ覚えていれば務まるというほどにシマズ家の将兵は精強かつ巨大だったからだ。

 小細工を弄せば逆に彼らの勢いを損ねてしまう。


 そこに、アキトゥーラが現れた。

 数で勝れど決定的な差ではなく、兵の質でも知勇のバランスを考えれば拮抗していると言ってもいい。

 軍略の有無が、勝敗を分けた。


 ここらで僕がやって来たわけだが、もちろん僕がアキトゥーラに軍略で勝てる訳がない。

 アキトゥーラの知力を10とすれば僕は1程度だろう。

 だがシマズ家が0なので、戦力アップには間違いない。


 1と2に大差はないが、0と1は革新的な差だ。


 もし僕が、身の程を弁えないイキり軍師であったのならアキトゥーラの手のひらで踊らされていたことだろうが、なにしろ僕は非常にネガティブな性格である。


 基本に則りながら丁寧にゴリ押す。

 入念に大局を見ながら必ず保険を忘れない。

 知恵比べなどしない、必要なのは相手の土俵に上がらないこと。


 この三つさえ守っていれば元々は武と数で勝るのだからそう大きく負けることもない。

 奇策に嵌って負けることもあるがご愛嬌。二度目がなければ問題ない。

 大事なのは相手の選択肢を減らすこと、勝負を単純化することだ。


 それを戦闘民族に守らせるのが一番大変なのだが。

 僕の胃痛がマッハ5。


「誤チェストでごわす」「またでごわすか?」「もう一回でごわす」


 みたいな会話は二度と聞きたくない。

 根っからの虚弱体質な僕にこの環境は耐えられないので、何度も学園の方に戻してくれと懇願したのだがタカヒサにはどうにも通じてないように思う。

 おそらく言語が違うのだろう。

 おかしい、皇国語はマスターしているはずなのに。


 まぁ確かに、僕が入ってからのシマズ家の勝率は三:七の状況から七:三まで上昇した。役に立っているという実感もあり悪い気はしない。

 ただ、他人の命運を左右する立場にはいまだ慣れていない。

 戦闘民族だって戦友が死ねば悲しむし、戦争は親のいない子供を量産する。


 その光景を見る度に、あの時こうしていれば、という後悔が付き纏う。

 十六歳の若輩には中々きついものがあるのだ。

 逆流した胃液が喉を焼き、尻からは血が出る日々。つらい。


 だから今日も今日とて僕は体調不良を理由に部屋に引きこもr──


「起っきろー!」

「るぅうううううう!?」


 早朝突如としてとてつもない力で引き剥がされる毛布、に包まっていたおかげでそのままの勢いで宙を舞う僕。

 ベッドに墜落、低反発なので痛い。

 安眠はここに潰えた。


「起きてるかピーター・アブソルート!」

「ピーター・アブソルートは眠っています」

「よし! 平常運転でたいへん結構だ!」

「眠ってるんですってば」

「ふふん、ならキスで起こしてやろうか?」

「ピーター・アブソルートは起きています」

「へたれ!」


 快活明朗な声と笑顔でそう言うのはタカヒサの孫娘、サツキ・シマズさん十六歳である。決して三十六歳ではない。


 彼女は僕の世話役だ。しかし、世話をされた覚えはあまりないので話し相手と言った方が正しいかもしれない。

 どうにも好奇心が旺盛らしく、海を渡ってやってきた異国の人間に興味津々のご様子。


「今日も清々しい朝で絶好の外出日和だぞピーター! どうだ、こんな日には自分と一緒に盗賊退治にでも行かないか?」


 ジョギングでもしないかみたいなノリで盗賊をシバきに行くのはあなたたちだけだということを理解してほしい。

 ……いや、牛乳配達のノリで毎朝賊を捕まえてくる兄とか妹とかいたなぁ……。

 でもあのノリが国民のスタンダードと考えるとシマズ家はやっぱおかしい。


「お誘いは嬉しいのですがこの脆弱な身では皆様の足手まといになってしまいます……」

「大丈夫だ! これはお前を鍛えるための催しだからな! どんどん自分の足を引っ張ってくれて構わん! 危なくなったら自分がお前を守ってやる!」


 キメ顔でどんと自分の胸を叩くサツキさん。たいそうイケメンである。

 でもね、僕はこの国に勉強しに来たのであって体を鍛えに来たわけではないんだ。


「さすがに剣もろくに振れない僕には些か以上に厳しいかと……」

「……そうか、実戦はまだ早いか……」


 まだってなに?


「よし! なら自分が直々にお前を訓練してやろう! シマズ式精兵練術でお前を立派なシマズ家の男に変えてやるぞ! まずは血反吐が出るまでランニングだ!」

「カハッ!」

「おい早いぞ!? まだ走ってすらないのに!」


 やばい発作が、早速血反吐を吐いてしまった。くそぅ、ベッドが血で汚れたではないか。洗うの大変なのに。

 病弱を拗らせまくった僕には血反吐を吐くなど朝飯前である。断言しても良いが僕は5km走らされただけでも生死の境を彷徨う自信がある。

 おそらく生命力というのを全て兄妹に奪われてこの世に生まれてきたのだ。

 本当に、無理。

 コフッ!


「おおい!? 尋常じゃないぞこの血の量は! 大丈夫なのかピーター!?」

「ははは、大丈夫ですよサツキさん、いつものことです。……ああでも、今日の昼食にはレバニラをお願いしたく……」

「そそそ、そんなこと言ってる場合なのか!? ほ、本当に死なないよなピーター?」

「平気ですよ、もう出ませんから。すいません、ティッシュそこの取ってください……ありがとうございます……」


 口元の血を拭いながら嘆息する。人前で吐くのは気分が良くない。

 見ていて気分の良いものではないのだから、ひどく動揺している彼女を見ると苦痛に罪悪感が加算される。

 彼女の前では可能な限り耐えていたのだがなぁ……。


「ふぃー……」


 薬も飲み、体調も少し落ち着いて、一息つく。

 ちらりと横目で彼女を見ると、不安そうな瞳でこちらを見つめていた。


「なぁ……」

「はい?」

「ピーターは自分と外出するのは嫌いか?」

「……好き嫌いの話ではなく、可不可の問題ですよそれは。僕は小さい頃から病弱でしたから外で遊ぶのは体力的に厳しかったんです。ずっとベッドの上にいて、妹の相手すら満足にしてやれませんでした」


 もし僕が並の体力の持ち主だったらあの怪物は誕生しなかっただろう。それが良いか悪いかは置いておいて。


「じゃあ……ピーターは自分と一緒にいるのは嫌いか?」

「……? いいえ、そんなことはないですよ」

「じゃあ好きか?」

「はい、もちろん」


 翌日必ず寝込むという点を除けばサツキさんと一緒にいるのは好きだ。

 僕の話を興味深そうに聞いてくれるので話していて楽しいし、逆に彼女も皇国にまつわる話をたくさんしてくれるのでそれもまた楽しい。


「ならよし!」


 勢いよく立ち上がった彼女は「むふー」と目を細めて笑う。


「じゃあ、将棋でもしないか?」

「将棋ですか……ええ、それなら。でも山賊退治はいいんですか?」

「あんなの放っておいても誰かが我先にとやりたがるさ。……盤を持ってくるから先に庭に行っておいてくれ」

「庭? 外でやるんですか?」

「太陽の下で涼しい風に吹かれながやるのも乙なものだ、それぐらいなら構わないだろ? ……それに、今日は自分がお弁当を用意してやったからな! 手作りだぞ! ピクニックだピクニック!」


 彼女はそう言って僕に軽く手を振りながら部屋を出ていった。

 外の廊下では「ピクニーック!!!」と大きな声が響いていた。


「……………」


 僕は頭を掻きながら少し考えたあと、なんだか少し照れくさくなって枕に顔を埋める。

 十数秒して満足したら身支度を始め、それが終わるとゆっくりと屋敷の庭へと向かった。なんだか体が軽いような気がするのは気のせいだろうか。なんて。


 庭といえども領主の屋敷、その敷地面積はかなり広大だ。

 初めて招かれたときは完全に一人で迷子になって死ぬかと思ったのは記憶に新しい。

 そういえばあのときもサツキさんに見つけてもらったのだった。

 どうにも情けない姿を多く見せてしまっている気がする。


「もうちょっと丈夫な体だったらなぁ……」


 池のほとりのベンチに腰を下ろし、ゆったりと泳ぐ鯉を眺めながらそんなことを考える。

 次兄や妹ほどなんて贅沢は言わないが、もう少し……なんて思わずにはいられない。

 せめて剣が振れるぐらいの筋力があれば、いざという時に盾になれるのだけれど。


「ピーター、持ってきたぞ。場所は……まぁここでいいか。さっそくやろう!」


 サツキさんは僕の向かいにベンチにまたがるように座り、そそくさと準備を始める。

 僕もそれにならい、ちょこちょこ駒を並べ始める。


「肩慣らしに一局。お弁当食べて、本番だ! 今日こそは勝たせてもらうからな! 成長した自分の力を思い知るがいい!」

「ハンデはいかほど?」

「飛車角落ちでお願いします!」

「承知しました」


 そのあと秒で勝った。


「肩慣らしだからしょうがないな!」

「さようで」


 さすがに王将を突っ込ませるのは論外だと思う。素人対素人の遊びならともかく。

 本気の勝負では正直相手にならない。


「王とは民の道標! その背を見守る臣下のために、威風堂々我が道を行き! 一寸先が闇であれ、剣を掲げて突き進む! 穴倉に引き篭もり民草に犠牲を強いるなどスアツマの王のやることではない!」

「それでサツキさんが死んじゃったら僕はとても悲しいよ」

「……ならやめとく」


 渋々といった表情でだが納得してくれたらしい。

 景気よく先陣に立つ王というのは確かにたいへん格好良く兵士の士気も大きく上がるだろうが、軍師からしたらこれほど胃の痛い存在も少ない。

 シマズ家の人間はそれで結果を出すものだから説得も難しい。


「しかしピーターは強いな、誰も勝てない」

「一応軍師なんて言われてるからね、負けてたら立場がないよ」

「そんなことないと思うぞ」

「そんなことあるよ」


 一度盤を片付けて朝ごはんの準備をする。

 特に理由はないけどピクニックってお昼ご飯ってイメージあるよね、別に朝でも夜でも構わないのだけれど。


「ふふん! とくと見るがいい! これぞ本邦初公開! 史上初! サツキ・シマズの手作り弁当だ!」

「えっ、初めてなの? 大丈夫?」

「……………」

「……………あっ」


 一瞬で暗く染まったサツキさんの顔を見て僕は自分の失言を悟った。

 彼女は目を逸らしながら唇を尖らせぶつぶつと呟いた。


「だって……料理とかしたことないし……そんな機会なかったし……私これでもお姫様だし……でも早起きして頑張ったもん……」

「あ、いや、その、すいません。失言でした」

「……失言ってことは内心ではそう思っているということだろ……?」

「ち、違います! そういう訳では──」


 慌てて取り繕うとして言葉に詰まったところで、彼女が「あはは!」と声を上げて笑った。

 呆然とする僕を前に彼女は優しく微笑む。


「冗談だ。自分の不器用さは自分が一番理解している。ピーターが不安がるのも無理はない。今朝も凝ったものを作ろうとして料理長に『ピーターを殺す気か!?』とすごく怒られた。 ……おにぎりしかないけど、初めて自分で作ったんだ。……食べてくれると、自分はとても嬉しい……」


 そう言って差し出されたのは、片手では持てないほどの大きさの黒い塊。

 いわゆる爆弾おにぎりだった。

 受け取った瞬間に想像以上の重さに襲われる。僕の首元で、汗が滴り落ちる。

 味への心配ではなく、量への心配である。

 しかしながら、期待と不安の入り混じった表情のサツキさんにそれを言うだけの図太さはなかった。


「いただきます……」


 胃に活を入れ挑む。

 一口、二口、三口、やわらかい白米にシンプルに塩と海苔だけかと思いきや途中で具に行き当たる。


「これは……?」

「具はな! 半分が刻み生姜を煮たやつでな! もう半分がねぎとしらすを和えたやつなんだ! 味見はした! 料理長から許可も貰ったんだ! だ、大丈夫か?」

「これは生姜の方ですね……美味しいです」

「……!? ……そうか……そうかぁ」


 なかなかどうして生姜の濃い味が白米に合わさって悪くない、というか美味しい。

 少し米との比率が多すぎる気もするが、どうにも手作りだと言われると些細なことのように思えてくる。

 心に沁みるというか、いくらでも食べれるというか──


「……………うぇっぷ」


 ──でも結局七分目で限界が来たのである。

 ねぎとしらすの和え物の方もたいへんおいしゅうございましたのだが、そもそも胃の容量的には四分目で限界が来てもおかしくなかったので僕はたいへん頑張った。

 この光景をもし兄妹に見られた場合笑いながら「根性見せろ」などと言われるだろうが気合や根性という言葉は本来僕とは最も縁遠いものである。

 別に精神論が嫌いなわけではないが、僕が気合や根性を見せるというのは即ち決死の覚悟を必要とするので気軽に使うことはできない。


「どうしたピーター? 美味しくなかったか?」

「お腹……いっぱい……」


 正直もう言葉を発するのも厳しい。

 彼女の方は既に同じ量のおにぎりを食べきっているというのに、狭量な胃が恨めしい。


「なんだ、それならそうと早く言え。無理して食べても美味しくないだろう」


 サツキさんは瀕死の僕からおにぎりを取り上げて一口で「パクッ」っと食べてしまった。

 しばしの咀嚼のあと、いともたやすく嚥下される。


「……………」

「……なんだ? 何か問題があったか?」

「……いえ、なにも……」


 なにもありませんとも。


「……? まぁいい、続きをやろう。次の一局はそう、賭けをしないか?」

「賭けですか? 何を賭けるのです?」

「結婚した時にどちらの家に入るかだ」

「ブフォァッ!?」

「おおい! 大丈夫か!? また血か!?」

「い、いいえ、ちがいます……だいじょうぶです」


 咳き込むのを水で強引に押しとどめて、無事を伝える。

 焦った。すごく焦った。胃の中のもの全部出るかと思った。

 なんだろう、いま物凄い爆弾を渡された気がする。おにぎりだけに。


「あ、あの、けけけ、結婚というのは……?」

「どうもこうも自分たちは結婚するのだろう? いわゆる政略結婚だな。自分のお爺様もお父様も最初からそのつもりだぞ? お前の父君もそうじゃなかったのか?」

「た、確かにそういう可能性については聞かされていましたけど……やっぱりそういうのは好きな人同士でやるもので……」


 非常に情けないことではあるが、僕は顔を真っ赤にしながら俯いてゴニョニョと蚊の鳴くような声でそう言った。

 男らしくないのは重々承知ではあるのだが、そういうことに免疫がないのにいきなり美少女からそういうこと言われて動揺するなという方が無理があるというかもうキャパオーバーなのでもうちょっと優しくしてください。

 いきなりど真ん中ストレートを投げるのではなくまず外角のボール球から入ってほしい。


「お前が要らないと言うのなら自分は適当な家に嫁がされるだけだが、お前はそれでいいのか?」

「ぐっ……」

「政略結婚とは言うが自分はお前が好きだ。出会った当初はこのもやしが自分の夫になるのかとガッカリしたものだが今は違う。お前は最高のもやしだ!」

「もやしって評価は変わらないのね」

「否定できるのか?」

「いいえまったく」


 どうもこんにちは、もやしです。


「お前を好きな理由はいくらでもあるぞ? そうだな、この機会に伝えておこう。聞くがいい! これが自分の全身全霊の! プロポーズだ!」


 イケメンだなー。


・島津とか関係ないです。本当です。

・大友も関係ないです。嘘じゃないです。

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