その日の夜
・ざっと見るに八割方は勝てたようで嬉しい限りです。
・恋愛要素は高順の知名度くらいあります。
・今後真面目な話が増えるかもしれません。
「なんか、上手い感じにはぐらかされた気がするよねぇ……」
「さようでございますな」
宰相との会談を終えての帰り道、ワシはそんな話をルドルフとしていた。
日はすっかり暮れて、繁華街はたいそう賑わっているが、住宅街の方はめっきり静かだった。なんか出てきそうで怖いよね、口裂け女とか。
「手を出すな、余計なことはするな、全てこちらに任せろ、だが具体的に何をするかは教えない。……なんて、困っちゃうよねぇ……」
「ですからもっと強気にと言ったではありませんか。王国の頭脳の頂点に話術で勝とうなど望むべくもありませんが、心でも負けていては何の意味もありません」
「うぅ……ごめんね」
今日の会談は本当にぼっこぼこにされてしまった。
解決策を求めて遥々王都までやって来たのに逆に釘を刺されただけ、状況が悪化したとまでは言わないけれど完全に骨折り損のくたびれ儲けというやつ。
目の前が真っ暗になった。物理的にも精神的にも。
「でもねぇ……宰相怖かったんだよ、なんかニコニコしてるのに内心では殺気立ってるというか……なんというか鬼でも相手してる気分だった」
「? ……そんなことは──いえ、旦那様がそう言うのならそうなのでしょうね。私めには宰相殿の真意はまだ測りかねますが……」
「うん、注意しておいて」
「承知致しました」
う~ん……きな臭い。
帝国、リットン子爵、霊国。どうにも考えなければいけないことが多い、十年以上頑張って働いたというのに負債はまだまだ残っている。
まったくもって厄介厄介。
「……そういえばサクラの方もパーティーは終わる頃合いかな?」
王太子殿下の誕生日パーティーは毎年かなり豪勢に開催されることで有名だし、きっとサクラも楽しんで──はないだろうけど……。
そもそも婚約者候補の品評会みたいなものと陛下自身が言っていたからなぁ……。
「それでしたら会談中に連絡がありましたよ。なんでも曲者が出たとかで急遽中断されたとか。近衛兵の方々の素早い対応で曲者は捕縛されたと聞いております」
「えっ!? サクラは大丈夫なの!?」
「ええ、もちろん。リーが言うにはサクラ様は元気に『御屋形様、曲者は私がきっちりぶちのめしておきました! どうかご安心ください!』とおっしゃっていたと」
「……………」
今さら驚いたりはしないけどさぁ……。
平常運転にもほどがあるよねぇ……。
というか近衛兵が捕まえたんじゃないの?
「面子の問題でしょう」
「ああ、そっかあ」
貴族のご令嬢が王城に侵入した曲者を退治! なんて話はとても愉快そうではあるが城の衛兵からしたら面目丸潰れに違いない。
内々で怒られるにしても余計な騒ぎを起こす必要はないのだろうし、そもそもご令嬢という点が信憑性に欠ける。
それに──
「それに、お嬢様は名誉や名声が欲しくてやっている訳ではありませんから」
「だねぇ……」
自己顕示欲だのそういうのをサクラは持っていない。記述の上でのルクシア様がそういう方だったというのもあるし、家族の役に立つと言うのがそもそもの理由だったからね。
あとは『影で暗躍するのがかっこいいじゃないですか!』とも言ってた気がする。
「でも、あんまり危ないことはやってほしくないよねぇ……」
「一応、リーたちに協力してもらってこっそりと仕事は絞っておりますよ。お嬢様の実力であれば十分以上に余裕を持って遂行できる仕事のみに」
「そうなの?」
「ええ、年々その範囲が拡大しておりますが」
「……………」
「もはや任せられない仕事を探す方が難しくなっておりますなぁ」
「……………」
事もなげに言うよねこの老執事は。
そりゃあルドルフからしたらサクラは格闘術の弟子でもあるから成長が嬉しいんだろうけども。
ワシは最初の頃なんて毎日心臓が縮む思いだったよ。
朝起きたらサクラがいなくなっていて大騒ぎになり、一家総出の大捜索の末夜になって泣きながら帰って来た時の心境といったらそれはもう死ぬかと思った。
フローラは寝込むし、ジョーは半泣きだし、ウィリアムも顔が真っ青で、ピーター三回ぐらい緊張で吐いていたもの。
ちなみに小規模の犯罪組織を壊滅させに行っていたらしい。
泣いていたのはそいつらのアジトから連れ帰ったリーの過去に感情移入していたからだという。傷一つなかった。安心した。
「父親が娘におんぶにだっこな状態は情けないなぁ……」
「……………」
ルドルフは応えなかった。
「否定してよ」
「私含めてアブソルート侯爵家の誰も、否定できませんよ」
ルドルフは少し憂いを帯びた声でそう言った。
戦力としてのサクラとその率いる部隊は、わずか五年で侯爵家になくてはならない存在というところまで届こうとしている。
当然だが彼女らがいなくても侯爵家は回る、五年前に戻るだけだ。
しかし彼女たちがいれば数倍は速く回る。トラブルを未然に食い止め、犯罪組織を潰し、治安を良化させ、領民の安寧を守護してくれている。
役に立ってくれる上に本人が楽しんでいるのだから、感謝こそすれども無理矢理に止めたりはしない。
だが、親の無能のツケを娘に払わせている現状には素直に喜べもしない。
直近十年の仕事の忙しさにかまけて、家族との時間を十分に確保することができなかった。特にサクラとは、一緒にいてやるべき年頃に一緒にいなかった。
だから、サクラは影になり戦っている。必要ないはずだった苦労を掛けてしまっている。
だから、だからこそ──
「戦争は、したくないよねぇ……」
「ええ……」
「十年間、そのために頑張ったんだもの」
「ええ……」
「頑張らないとねぇ」
「もちろんですとも」
──それに見合うだけの明るい未来を、渡してやりたいものだ。
なんて考えていたら、馬車が止まった。
どうやら到着したみたい。
「旦那様、着いたようです」
「わかった。……サクラはもう宿に戻ってるんだっけ?」
「ええ、名物のスイーツバイキングを楽しんでおられるころかと」
「ああ、いいなぁ……」
「旦那様も食べに行かれますか?」
「いや、帰ったらオリヴィエに怒られるからやめとくよ」
「さようで」
馬車から降りる。
そして、思う。
「別邸……あるのになぁ……」
わざわざ宿に泊まりに行った娘を。
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王都の城下町のどこかに存在するとある宿には王国でも一二を争う腕のパティシエが営むスイーツバイキングが存在するという。
その謎を解き明かすために私、リー、ヘイリー、護衛のトーマスはアマゾンの奥地へと向かった。嘘。向かってない。
普通に聞き込みして泊まりに来た宿の名は「甘陣営」。たかじゅん。
実際には宿よりスイーツバイキングの方が商売のメインとして売り出されていたのだが、それを今回一夜限り貸切ることと相成った。
貴族とはかくも強欲で愚かではあるが欲望には逆らえない。
「スイーツイエーイ!」
「……………(イエーイ!)」
「いえーい」
「い、いえーい……」
スイーツバイキング、なんと甘美な響きでしょうか。
この世に苦難は満ち溢れ、苦汁を舐めしは数あれど、甘味があればそれもまたよし。釣り合いがとれていて善哉善哉。
ケーキが美味しい、プリンが美味しい、ドーナツが美味しい、シュークリームが、チョコが、パフェが、クッキーが、全てが至高。
人生楽しい。
「……ぜんざい食べたい」
「お嬢様、こちらに」
「ありがとうリー」
温かいお椀をそのまま「ズゾゾー」って飲む。ほっと一息。
楽園はここに開かれた。
「うみゃ~……」
「お嬢様、垂れてます垂れてます」
「おっと……すいません」
「いえ、お拭きしますのでそのまま……」
ドレスを着替えて現在はほぼ寝間着、汚すのはよくない。
口元をおしぼりで拭いてもらう。
「リーも私に構わないで好きに食べていいんですよ? ヘイリーみたいに」
「……………(もぐもぐ)」
完全に甘味以外目に入っていない暴飲暴食状態のヘイリーを横目に言う。
「いえ、私は甘味が苦手で──」
「そんな人類いるの!?」
かっこつけたいだけの男が言うセリフ第二位ではないのですかそれ?
ちなみに一位は「コーヒーをブラックで」だと思う。
ブラックは泥水。異論は認めるけど譲らないよ私は。
「あ、いえ、苦手というか量が食べられないんです……二、三口で満足してしまって……夕飯もいただきましたし……」
「ほぇ~」
リーは甘いもの別腹じゃない系女子だった。
少食だしモデル体型なのもそれが理由かな。
「お嬢様こそそんなに食べて大丈夫なんですか?」
「私はむしろ食べないとどんどん痩せて皮と骨だけになっちゃいますから、死活問題です」
カロリー消費の多い生活をしているととにかく食べないとすぐにへばってしまうんですよね。ご飯も食べるし、デザートもめっちゃ食べますよ。
美味しいもの食べてこその幸福な人生。
「それにここのスイーツはとっても美味しいですから、もし入るのならもうちょっと食べてみても良いと思いますよ?」
というかここに来て粗食は少しもったいない。
ちょっとの無理ぐらいなら美味しさの方が勝ると思う、そう言うとリーは「それならもう少し……」とチョコレートの方へ向かっていった。
ビター系の。
「トーマスもさっきから飲み物しか飲んでないですけど、もしかして甘いもの苦手でした?」
ほとんど隅っこで影と同化していたトーマスに声を掛ける。
もしそうだったとしたら悪いことをしたかもしれません。
「え? あ、いや、僕は今日なにもしていないというか、護衛として本当に役に立ってなかったので自重しようかと……」
伏し目がちにぼそぼそと言うトーマス。
確かに暗殺者と戦ってる時もいませんでしたけど配置的に気づくのは無理があったでしょうし気にすることないんですけどね。
それよりも聞き捨てならない言葉が他にある
「阿保言わないでくださいトーマス」
「え?」
「頑張らないと甘いもの食べちゃいけないみたいなルール、絶対に屋敷では言わないでくださいよ! 浸透しちゃったらどうするんですか! ただでさえオリヴィエは普段から厳しいのに! ほら口開けて! あーんです! ほらあーん!」
「そっ、そんな! そのようなことをしてもらうような身分ではございません!」
「うるさい! これは命令です! 食べなさい!」
「いやっ……でもっむぐっ!?」
埒が明かないので少し口が空いた瞬間にフォークでイチゴをトーマスの口にねじ込む。
「いいですか、私は頑張ったらスイーツを食べます。頑張らなくても食べます。いつか頑張るためにも食べます。つまり食べたいときに食べます。そして頑張るべき時に頑張ります。それだけです。トーマスの頑張るべき日は今日じゃなかったというだけ、そしてトーマスはスイーツを餌にしなくても走れる子です。いいから好きに食べてください」
「ふぁ、ふぁい!」
後ろからお尻を蹴飛ばすと顔を真っ赤にしたトーマスはよたよたとお饅頭のコーナーへと向かっていきました。なるほど、好みはそこでしたか。
最初から素直に行けばいいのに。
そして私は今度はチョコフォンデュのところへと向かう。
言うまでもなく美味しかった。甘陣営は最高である。
明後日にはJ・J・Jにも行く約束だ。
素晴らしきかな。
あー、王都住みたい……。
・キャラの掘り下げのために今後過去編をちまちま入れていきたいと思っています。