閑話 王太子殿下の告白
・自分で書いといてなんですが読み飛ばしてくださって結構です。
めんどくさいなぁって思う。
とってもめんどくさいなぁって思う。
答えのある問題を考えるのは苦ではないけれど、答えのない問題を考えるのはすごいめんどくさいなぁって思う。
サクラを帰した後、近衛の人たちと現場の状況や後処理、今後の対応策など色々話し合ったりしたのだが最終的に全てお任せすることになった。
若手の出る幕ではないということらしい。
少しムッとしたがまぁ騒ぎ立てるほどのことではないので俺も騎士寮の方へと戻ろうとした時、王太子殿下に呼び止められた。
理由は考えるまでもないが、やっぱりめんどくさいことになったなぁと思う。
サクラに関しては褒めこそすれ責めることなどできる訳もなく、王太子殿下にしても時と場所を弁えてくれという思いはあるが、否定するようなことでもない。
だがしかしまぁ──
「妹さんを僕にくれないか」
「悪いことは言わんので諦めてください」
──めんどくさいなぁって。
帰りてぇ……。
何がめんどくさいって俺がアブソルート侯爵家唯一の王都勤めということだ。
サクラの部下である野良鼠や、彼女らのせいですっかり影の薄いアブソルート侯爵家情報部門の面々もいることにはいるのだが、表に出ているのは俺だけ。
父上も時折登城されるがあくまでも不定期的にだ。
俺に集中砲火がくるのは火を見るよりも明らかだ。
「正直、うちの妹に関しては忘れてもらった方が良いと思うのですが……」
「なぜだ!?」
「逆に聞きますけど、目の前であの武力を見せられてどうして惚れられるんですか? あいつ羆より強いですよ……」
「強い女性、結構じゃないか! 貶されるべきは軟弱な男衆であって彼女ではない!」
いやまぁその通りなんだけどさ……。
確かにカタログスペックだけを見ればサクラはかなり優秀だ。地位、能力、容姿、カリスマ、どこを取っても申し分ない。
だけどさぁ、単独で羆を狩り、盗賊団を壊滅させ、暗殺者を捕らえるような妃がどこにいるんだよ。そりゃ自衛の手段があるに越したことはないが限度ってもんがあるだろ。
何より問題なのが前提として殿下がサクラに毛虫でも見るような眼で見られているということだよ! どうすんだよ!
大絶賛初恋中の殿下には悪いけど無理だろあれは!
「はぁ…………一応聞きますがあれのどこがそんなに良いのですか?」
もし理由と想いが大したことなかったら説得して諦めてもらおう。
なんて気軽に聞いてしまった俺がすぐこの失言に後悔するのはわずか三十秒後のことだった。
待ってましたとばかりに目を輝かせた殿下から早口で饒舌に言葉が紡がれていく。
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「彼女を初めて見た時、まず目に入ったのがそのエメラルドの長い髪。艶やかで鮮やかで、そして優しい、心を癒してくれるような色だ。女性の髪はよく命や宝にたとえられるが彼女のそれはまさに宝石以上の価値がある。それを後ろでまとめて垂らしたポニーテールが彼女の動きに合わせて柔らかく流れ揺らめくその度に何とも言えない高揚が僕を襲い、心が砕かれるような衝撃がこの身に打ち付けられた。それに彼女が僕の側に立った時にわかったんだが本当にさらさらしていて美しくて……少しいい匂いがした、正直ドキッとしたよ。よく手入れされているのだろう、そういうところも好感が持てる。次にだ、その時点で僕はまだ彼女の後姿しか見えていないのだがそこから得られる情報として特に重要なのが肌とスタイルの二つだろうね。まず肌から先に喋ろう、彼女の髪がエメラルドならその肌は真珠、しみ一つないきめ細やかな白い肌。白とは、時に病的で冷たさを感じさせることもあるだろう。だが彼女のそれは人の暖かさを、活力を感じさせる健康的な白だ。特にポニーの下から時折見えるうなじに目が行くのは男として致し方ないことだろう、どうしたって心を奪われてしまう。そしてスタイルの話をしよう。断言したいのは女体というものに黄金比があるとすればそれは彼女をおいて他にない。無駄がない、一寸の狂い無き奇跡のバランスだ。スレンダーという言葉がこの世の誰よりも似合うだろう、体全体がよく鍛え抜かれ引き締まっていながらも、女性特有の柔らかさも絶妙に残してある。そして僕が断固として主張したいのは脚線美だ。ドレスのスリットから垣間見えるチラリズムの素晴らしさについてはここでは敢えて言及しない。だが筋肉質でありながらもしなやかさを忘れない、ほっそりとした御御足。それが真珠のような肌と組み合わさっているのだ、神の御業と言っても過言ではない。僕は今日この日初めて神に感謝の祈りを捧げた。……さて、ここまで彼女の肉体美について簡潔にまとめみたが……歯がゆいな、この凡庸な舌では崇め敬う言葉が足りない。詩吟もなかなか馬鹿にはできないね、世に無駄な知識はないということか。だがないものねだりをしても仕方がない、今ある全力を尽くすとしよう。ここまでは彼女の後ろ姿からの感想だが、彼女の顔がこの瞳に映し出された時の衝撃を忘れることはできない。美の具現とはまさにこのことかと感嘆したものだ。どこまでも整ってはいるけれど、何より印象的なのはその翠の瞳だ。齢十三、僕と一つしか変わらないというのにどれだけの修羅場を潜り抜けてきたのだろうね。揺るがぬ意志を感じさせる強い瞳だったよ。ジョーといるときの穏やかなそれも良かったけれど、敵と対峙しているときは泰然かつ冷ややかな視線、全てを見通しているような達観がそこにはあって、ああもう思い出すだけで背筋がゾクゾクする……。彼女の容姿に対する評価は可愛いとか綺麗とかそういう陳腐な言葉で表せるものではない、芸術の域に達している。想い起こすは自然の神秘的な光景だ、神々しさも感じるほど。いや、事実彼女こそが女神だと言われて誰が異議を唱えられようか。……そうだ……彼女の美しさを表現するためには……詩人だ。吟遊詩人を呼べ! 呼んできたのなら王国をくれてやるぞ! ……なんてのは冗談だが、実際に彼女について歌わせるのはどうだろう? 駄目か? ……そうか、ならこの案はやめておこう。……ん? さっきから容姿の話ばかりではないかって? ばっかお前、容姿だけでも語りつくせないほど彼女は素晴らしい女性ってことだろう? だがそこまで言うなら彼女の内面の話に移るとしよう。確かに僕は彼女とは今日出会い、交わした会話もそれほど多くはない。全てを、知っているわけではない。だがそれでも、彼女の精神の高潔さは理解しているつもりだ。さてどこから話そうか、まずは──────────────────────────
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帰りたい。
・気持ち悪いって思われたのなら僕の勝ちです。
・それ以外は僕の負けです