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犬の子に虎の子はやれぬ

・初めて十万字突破しました。とても嬉しいです。

・記念に特に何もしません。

・毎度閲覧感想評価ありがとうございます。


・恋愛要素はK道栄が架空の武将と知った時の自分の衝撃度ぐらいあります。


 暗殺者を簀巻きにして一か所に集めて一段落つく。あとは衛兵でも呼んで引き渡せば終わり、ミッションコンプリート。


「ここに来る前に近衛の人たちに連絡しといたから、そろそろ到着する頃合いだな」

「取り調べとか面倒なので私帰っていいです? ヘイリーとか登城許可取ってないですし」

「……………(ピースサイン)」


 そう言うと兄上は非常に複雑そうな表情をした後に、諦めたようにため息をついた。


「本当は怒らんといかんのだが……仕方ないか」

「私とヘイリーがいなかったら何人の首が飛んでいたかわかりませんもんね?」

「……………(ドヤァ)」


 物理的に。


「ああ……手柄も手柄、大手柄だ。……まったく、不甲斐なさに涙が出てくるぜ」

「ふふふ……兄上もまだまだ精進が足りませんね……」

「……………(肩ポン)」

「腹立つな……ったく、後処理は全部俺がやるから宿に帰ってろ。パーティーも続けらんねぇし、そんなドレスじゃ人前に出せん。ヘイリーも、バレずにな」

「サーイエッサー!」

「……………(サムズアップ)」


 そういえばドレスボロボロでした。かなり大きく裂いてしまったり、返り血と毒で汚れちゃたりしましたし。

 屋敷に帰ったら怒られそう……。かなり気合入れて作ってもらったから……。

 うーん……憂鬱。


「では兄上、お任せしま──」

「待ってくれ!」


 突然声がして呼び止められる。

 誰から発せられた声かは、言わずもがな。聞こえなかったふりしてそのまま帰ろうとしたら兄上に肩を掴まれる。

 振り向いて「くわっ!」っと睨みつけると、静かに首を横に振られる。

 腐っても……王族……。


「ジョー! それに妹君! 少しだけ、僕に時間をくれないか。礼を言いたい……それに、話がある」

「ちっ」

「やめい」

「いたっ!」


 チョップされた。痛い。

 いやですね、私だってしたくて舌打ちしたんじゃないのですよ。これはもう反射、悪意があった訳ではありません。


「……まずは謝らせてほしい、本当にすまなかった。軽率なことをした、王太子としてあるまじき失態だった……」

「……………」


 腰を曲げて深く頭を下げた。兄上はそれを否定せず真剣に見つめている。

 私としては、謝れるというのは加点ですが、減点は依然として山のように積み重なっています。


「本当に……王族としての自覚が足りないのでは……?」


 兄上の後ろに隠れながらぼそりと言う。

 すると、兄上から咎めるような視線が飛んでくる。


「おいサクラ……」

「いいんだジョー。妹君の──いや、サクラさんの言う通り僕は王族として未熟だった。甘ったれで自分に酔った愚か者、だが今は目が覚めた気持ちだ! そして、だからこそ直接礼を言わせてほしい。……ありがとう。あなたがいなければ僕は死んでいた、何一つ成せぬまま暗愚としてこの生を終えていただろう。心よりの感謝と、敬意を」

「……………けっ」

「……………(ピシッ」


 こっち見んな。

 その自分がイケメンであるとバリバリ思っている勘違い男だけがやるその笑顔、寒気がするし反吐が出る。まだ自分に酔ってるではないですか。

 きっしょ。


「……すいません殿下、こいつ人見知りで……」

「……い、いや大丈夫だ。自分の至らなさは自分が一番理解している。……落ち着けぇ僕……折れない、拗ねない、諦めないだ。まだ大丈夫、まだ舞える……」

「ん~……………」


 そっぽを向く私、頭を押さえる兄上、下を向いてなにやらぶつぶつ呟くあれ。

 もう帰っていいでしょうか、お礼は一応受け取ってやらんこともないです。


(兄上、帰っていい?)


 小声で聞く。その返答は呆れたような表情だった。


(お前なぁ……)

(でも、謝罪も礼も聞き届けましたよ。これ以上ここにいるとかどんな罰ですか、私が何したって言うんですか! 神はいないんですか!)

(殿下との会話を拷問みたいに言うな馬鹿!)

(みたいじゃなくて拷問って言ってるんです!)

(余計悪いわ! どんだけ嫌いなんだお前!)

(風呂場に現れたGぐらい?)

(…………なんで)

(たぶん前世はハブとマングースだったんだと思います)


 そしてしばしの沈黙のあと、兄上はこの世の無常を嘆くような表情で天を仰ぎます。

 なんで?


「……殿下、妹は少し体調が優れないようなので先に帰らせようと思うのですが……」

「え?」


 おっ、いいぞ兄上ー! もっと言ってー!


「……そういうことですので殿下、私はここでお暇させていただきます」


 こんなところにいられるか! 私は部屋に帰らせてもらう!

 みたいな。

 とかく、私は一礼してからその場から去ろうとすると──


「あいや、待たれよ」


 ──がっしりと、手を掴まれた。

 あ“?


「殿下、申し訳ございませんがお手を離してもらえませんか?」

「すまないが聞いてもらいたい話がある。少しでいい、まだいてくれないか」

「恐れながら殿下、私は体調が優れぬと申しておるのですが……」

「先ほどまで派手に戦っていたではないか」

「……暗殺者にくらった毒の具合が悪くてですね」

「耐毒は初歩の初歩ではなかったのか?」


 ちぃっ! 聞いていましたか。

 何ですかこの男は急に、しつこい男は嫌われると古事記にも書いてあるでしょうに。

 強引に手を振り払う、なんてことができたらどんなに楽だろう。

 繰り返すが腐っても王族、国民は等しくその臣下である。


「ジョーもいいか?」

「……手短に」


 兄上は処置なしといった具合に肩を竦めた。

 私は逃げるわけにもいかず、溜息一つ。しかし直視するのもされるのも嫌なので再び兄上の後ろに隠れて少しだけ顔を出し、半眼で睨む。


「今日は僕の誕生日パーティーだったわけだが、今回はかなり手広く招待を出させてもらったんだ。高位貴族を中心に普段あまり顔を合わせない家も含めて。この意味は既に理解してもらっていると思うのだけど──」

「知らん」

「……………」


 本当に知らん。控えめに言って蝸牛の年間走行距離の平均ぐらい興味ない。


「敬語」

「あいたっ!」

「ジョー、僕は構わない。気にしないでくれ」


 くそぅ、今のは痛かった。頭がくらくらする。

 確かにここが公式の場でしたら不敬と言われても仕方のないことでしたけども。


「うん、細かい御託はなしに率直に言わせてもらおう」


 そう言って、目を閉じて深呼吸をする。何をするつもりなのだろうと兄上の方を窺ってみると、顔に手を当てて頭痛でも堪えているかのようだった。

 頼りにならないと、また前を向けば意を決したようにあれは言葉を紡ぎだした。


「ありていに言えば今日のあれは妃候補の品定めだったんだが……そこでだ。えーっと……サクラさん、僕は……あなたが……欲しい……」


 顔を赤くし、定期的に詰まりながらもゆっくりと。

 よく意味が理解できずにまたまた兄上の顔を窺うと「あちゃー」って顔をしてた。通訳をしてもらいたかったのだけれど無理みたい。


「ふむ」と先ほど聞いた音声を脳内で咀嚼する。

 聞き間違えでなければあれは私が欲しいと言った気がする。その前にもなんか言っていた気がするのだけど忘れた。

 私が欲しいか、そうか、ふむ……


 ほう。


 ほうほう。


 ほうほうほう。


 それはつまり。


 引き抜き(ヘッドハンティング)


 ニンジャならば一度は経験するという引き抜き工作。

 それは影という職業においては一種の憧れのようなもの、日の当たらぬ者に光の当たるまたとない機会。そしてそれは同時に個人としての有能さの証明でもある。

 我が太祖ルクシア様も何度も主替えの誘いを受けたことがあったという……。

 つまりこれはルクシア様の人生の追体験と言っても過言ではないのではないでしょうか。

 そう考えると、中々に悪くない。


 なるほどなるほど。確かに私は優秀。かーなーり優秀。

 正直に言って王城の影の者よりも数段は上という自負があります。それは今回の件から考えても確定的に明らかだと言えるでしょう。

 私を選ぶとは存外目の付け所の良い。評価を害虫から羽虫へと格上げしてやるのもやぶさかではないです。


 まあ断るんですけど。

 ルクシア様は忠義の士でしたし、私もアブソルートから出ていくつもりありませんし。

 そもそも仕える相手があれじゃあね……。国王陛下ならまだしも。


「恐れながら殿下、お申し出はありがたく存じますが……お受けすることはできません」


 断言すると、殿下は愕然とひどく絶望的な暗い表情を浮かべる。

 いくら王太子であろうと欲しいものが全て手に入ると思われては困る、それは暴君の思考でしょう。

 痛い目を見て多少まともになった雰囲気があるのですから、これを機に国のため大人になってもらいたいところ。


「……理由を聞いても、よいだろうか……?」


 些か震えているような声でそう問われた。

 確かに理由も言わずにべもなく断られては納得できないという気持ちもわからないでもない。


 だがどういう返答が正しいだろうかと、私は慎重に考える。

 優しく言うのは気色が悪い。

 本音を言うのは不敬に当たる。いや、先ほど構わないと言われたような気もする。

 今この場はぷち無礼講というやつなのかもしれない。


 千尋の谷から突き落としても、這い上がれるなら見直してやらんこともない。

 這い上がれなくても今後関わることがなくなるだけ、むしろ清々するというもの。


「殿下」


 ならば、言うべきことはただ一つ。


「犬に仕える虎はおりませぬ」

「っ!」


 犬扱いされてショックを受けたのか殿下は目を見開いた後、悔しそうに唇を嚙んで下を向いた。

 でもまぁはっきり言って殿下に私を使いこなせるとは到底思えません。

 豚に真珠、猫に小判、馬の耳に念仏、宝の持ち腐れ、そういう言葉が似合います。


「人はだれしも自らの器というもの持っています。人によって形は違うといえど、今の殿下のそれはまだまだ小さく形もいびつ。私を受け入れるだけの容量があるとは思えません」

「……返す言葉もない。実力も実績も、僕には足りなさ過ぎる……」

「精進なさいませ。それが国のため、次期王としての責務でございましょう」


 こんな言葉で順当に成長してくれたらめっけもんですよねー。そう旨くいくとは思いませんけど。

 ちょっと不遜な物言いだった気もしますが、怒ってる気配もありませんしいいですよね。なんなら今日助けた分でチャラにしてもらいたい。


 さてさて、これで話も終わったことだろう。

 私は早く帰ってヘンリーとリーと宿でお菓子会がしたい。

 それにどこからか足音がぞろぞろと聞こえてくるので頃合いだろう。

 出たくないパーティーに出て、殿下の命も助けて、聞きたくもない話も聞いた、十分すぎるほどに頑張ったと自分でも思う。

 賞賛されてしかるべき。


「それでは殿下、今度こそお暇させていただきますね」

「っ……最後に一つだけ!」


 まだあるのですか……。

 めんどっちぃ。


「もし……もし僕が大きく成長して、君を受け入れることができるほどの男になった暁には、あなたは僕のもとへ来てくれるだろうか……?」


「はぁ……?」とつい声が漏れた。

 しつこい、全くもって非常に鬱陶しい。

 けれども、とても真剣な表情で尋ねられては答えを返さぬわけにはいかないでしょう。


「……さて、私もまだまだ成長しますからね。ですがもし、殿下が私の速度について来れるというのなら、そういう未来もあるのかもしれませんね」


 ふっ……何人たりとも私に追いつけるとは思いませんが。

 なんちゃって。


「……わかった」


 殿下は何やら吹っ切れたような顔でそう言ったあと、小さく笑う。


「努力する」


 ふむふむ、努力するのは良いことです。その意気は嫌いじゃありません。

 どこか陰鬱だった雰囲気も晴れていますし、爽やかな表情浮かべるとやはり素材がいいのか絵になりますね。

 海鮮丼ですけど。


「それでは今度こそ本当に……」

「ああ、引き留めてすまなかった。……また会える日を楽しみにしている」


 私は会いたくありません。


「ええ、ごきげんよう」


 殿下に背を向ける。

 するとずっと黙っていた兄上がなんだかゲッソリして、自分の運命でも呪っているような暗い顔をしていました。

 よくわかんないけど、ドンマイです。


 とにかく今日は終わり! 閉廷!


・皆様におかれましては誤解なきようお伝えしたいことがあるのですが、サクラさんは鈍感系主人公ではありません。好意に気づかないのではなく、殿下が眼中にないだけです。

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