海のリキッド、死す
・お願い、死なないでリキッド!(ry
・構成要素の半分は中二病です
・デュエルスタンバイ!
「暗愚といえども仮にも王族だ。気軽に触れてくれるなよ、下郎」
などとかっこつけて言ってみたは良いものの、私の内心はひやひや。
すっごいギリギリ、ローラー作戦が裏目に出たかと思った。あっぶね。あと一秒遅れていたら王太子殿下は死亡、もしくは隻眼になっていたことでしょう。
……隻眼ってかっこいいですよね。
「キミは……?」
「黙って動くな。後ろにもいる」
この場所は十字路でいうところの東の部分で、私は南からやってきた形になる。
その際に見張りを一人蹴飛ばしてきたのだがどうやら西側にも一人隠れていると思われる。
守りながら戦うのは面倒ですし、速攻を掛けるのも一つの手ではありますが失敗した時のリスクがですね……。怒られちゃいますよね……。
ヘイリーもこちらに向かってはいると思いますが何分非公式なので彼女自身警備を掻い潜るのに時間がかかるでしょうし……。
というかなんだこの暗愚は。暗愚暗愚言ったけど本当に暗愚でどうすんだって話ですよ。
知らない人について行っちゃいけませんなんて子供でも分かることだというのにパーティーの主賓・王太子という身でありながらふらふらふらふら、廃嫡されればいいのに。
「おい小童」
「小童!?」
お前なんぞ小童で十分です。
敬語を使おうとすると拒否反応で吐きそうになる。
「小童、お前なぜこのようなところにいる? あれは誰だ?」
「し、知らない! 気づいたらここにいて! な、なにもわからなくて……」
「ちっ、催眠術の類か……」
私が苦々しくそう言うと、目の前の暗殺者は少しだけ驚いたように笑った。
「へぇ……知ってるんだ。どこのご令嬢か知らないけれど、只者じゃなさそうだね……」
なんでしょうこいつ偉そうに。よくもまぁ王城で堂々と王太子に催眠術なんぞかけてくれおって。それに所々で居眠りしていた衛兵も全部こいつの仕業か。
しかし、最近そういう輩の話を聞いたことがある気がする。
どこだっけなー、侍女に聞いた気がするんですよ。
……………あっ!
「そうか……貴様知っているぞ? グレイゴースト四天王が一人、海のリキッドだな? どこら辺が海なのかはさっぱり理解できんが、話は聞いている。潜入や催眠を得意とする小賢しい餓鬼だとな」
そうそうフーに聞いたんですよ。「侍女として雇おっか?」って言ったらそれはもうベラベラとグレイゴーストについて知り得る限りの情報を喋ってくれたんですよね。
さすがにトップシークレットについては知らなかったようですが──というか派遣社員だったし。派遣社員が四天王ってなに。舐めてるのでしょうか。
もとい、その中にはまぁ同僚の話もあって、風と炎については既に捕まえていたんですが海については未遭遇でしたのでちょろちょろっと聞いたのでした。
「餓鬼に餓鬼と言われるのは不愉快だね。僕のことを知っていること、ここまでやって来れたことは褒めてあげても良いけどさ……その鈍間を守りながら僕たちと戦えるのかな?」
「阿保を言うな、貴様らなんぞよりも私の方が数倍強い。それに、この馬鹿は私への人質になり得んぞ。いざとなったらこの木偶を捨て置いてでも貴様らを捻じ伏せてやる」
「え!?」
なんか後ろで素っ頓狂な声が聞こえた気がしますが多分気のせいでしょー。
「……ふーん、嘘は言ってないみたいだ──え? 君、王太子を助けに来たんじゃないの?」
「私が救うべきは国そのもの、暗愚一人が適度に痛めつけられるぐらいなら許容範囲というものだ。……兄上から怒られるからやだけど」
「いや、殺すという話をしているのだけど……」
「この期に及んで死ぬような雑魚、王になる前に死んだ方が国のためだ」
「「…………………」」
なぜ黙るのですか。冗句ですよ小粋な冗句。半分冗句。
それに王太子っていうぐらいなら護身術の一つや二つ習うでしょう?
二対一ならともかく、まさか一人を相手にやり過ごすこともできない、暗殺者を前に震えて動けないような腰抜けでもあるま──
「…………………」
腰抜けじゃったか……。
「ともかく! 貴様らごときが私を突破するなど不可能、大人しくお縄につくがいい」
「……試してみるかい?」
「好きなだけ試すと良い、その尽くを食い破ってやろう」
実に余裕っぽく言うといたくプライドを傷つけてしまったようでリキッドは歯ぎしりしながら顔を歪めた。
「吠え面かくなよお嬢様!」
吠えてんのそっちじゃん、というツッコミは心に仕舞う。
フーが言っていたリキッドの必勝パターンは煙幕からの毒針乱射という初見殺しらしいが、ずばりその通り彼は地面へと煙玉を叩きつけた。
見る見るうちに視界は奪われていく。
「飛ぶぞ」
「え?」
とはいえ見えないのは相手も同じ、ここに来ると分かっているものを避けるのは容易だ。上に逃げればよい。
「はっ!」
「うえぇ!?」
王太子を脇に抱えて跳躍、頭上の小さなシャンデリアに掴まる。
脇の荷物はとても軽い。さては鍛えてないですね、温室育ちの軟弱王子め。私なんか八歳の時点で虎と戦ってたのに。
なんかイラっとしてきました。
これはもうあれですよこう──
「薄汚い溝鼠よ、王国の怒りを知れ。この粛清を以って贖罪と成す! 未来への礎となるがいい! くらえ、我が魂の一撃必殺! 王太子キャノン!」
──とか言ってぶん投げるとすっごいスカッとすると思うんですよ。
やんないけど。たぶん骨とか折れるから。王太子の。
「やったか……!?」
それを言ったらお終いでしょうよ。因果律すらもねじ曲げて結果を塗り替えるという伝説のワード「やったか……!?」。
その言葉を言ってしまったが最後、煙の中から攻撃を全て受け切ってなお健在な敵が出現するという。
いやまぁ、私は普通に避けたんですが。
「一回目」
「ぺぎゅ!」
煙が晴れる頃合いで着地。左手に王太子を掴み、右手で人差し指を立てながら言う。
こういう時にさも当然と言った感じで佇み、不敵な笑みを浮かべると効くってハンスとルドルフが言ってた。
ちなみにどこかでカエルがつぶれるような音がしたがおそらくは幻聴であるものと推測される。
「馬鹿な!?」
お約束の如く叫ぶリキッド。動揺しているようでは二流だ。
「お次はどうする? まさかネタ切れということはあるまい、後ろの連れと連携でもするか? 二人だろうが三人だろうが、私は一向に構わんぞ」
私の後方の暗殺者は角に隠れてまだ姿を見せる気配はない。
王太子を狙う機を窺っているのでしょうが、そんな機会は絶対に訪れないと断言しておきましょう。
「っ! 舐めんなぁあああ!」
怒りに任せて突っ込んでくるリキッド。
「それは愚策だぞ」
生粋の武闘派でもないのに正面から突っ込んで勝てるとでも思っているのでしょうか、ボディが完全にお留守。
サッカーで言えばお誂え向きのロングパスといったところでしょう。
鳩尾を狙って蹴り飛ばす。
「がはっ!?」
「軽いな」
脚を振り切ると気持ちいぐらいに飛んでいく。ナイッシュー!
「二回目も失敗と……舐めているのはそちらではないか?」
呆れた、という表情を演じながら指を二本立てる。
イエーイ! ピースピース!
「ぐぞがぁ……」
「どうした、策を弄せ。実力差を考えて動かんでなんとする、でないと──」
──つまらないじゃないか。
……おっとこの発想はいけない、私はニンジャであってバトルジャンキーではないのだから。
「ぐっ……つぅ……ぁああああっ!」
「…………………はぁ」
やけっぱちの投擲。二本の投げナイフを適当に弾く。
そして指を三本立てる。
「三度目、落ち着け暗殺者。雑になってるぞ」
「ああああああっ!」
「また……」
繰り返される投擲。単調なそれを叩き落とす。
ナイフ、ナイフ、ナイフ、ナイフ、ナイ──
「……っ!」
球体──ナイフではない。
だが振り下ろした短剣が止まることはなく、叩き斬った。
球体が二つに裂けその中から少量の液体が飛び出してくる。おそらく、こういう場合においてそれは、毒だ。
それを、顔面に浴びた。
「はっ! 引っかかりやがった! ざまぁねぇわ! 油断なんざするからそうなるんやお嬢……さ……ま?」
だからといって、どうということもないけれど。
手拭で顔を拭ったあと、ポイッと捨てた。
「な、なんでや……なんでや!? 何をしたんやお前は!」
「耐毒訓練なんて初歩の初歩だろう。私は王太子ではない、一般的な兵士でもない──影だ、使う手を間違えたな下郎。さすがに酸を持ってこられたら不味かったが……まぁその時は本気で避けたがな。……さて、四度目だ」
指を四本、見せつける。
そういえば先ほどから口調がちょくちょく西の訛りになっている。それが素なのでしょうか。
「そろそろ仲間をお呼びになってはいかがか?」
そろそろじれったくなってきた。早く終わらせたいので同時に掛かってきてほしい、それなら気兼ねなくぶちのめせるというもの。
誰か一人でも生きて情報を持ち帰るという任務がある(と思われる)以上、迂闊に出てきて全滅は嫌だというのはわかりますけど。
「あんた……何者なんや……」
リキッドからそう、震えた声で尋ねられた。
何かの時間稼ぎか? と思ったりしましたが、まぁよいでしょう。
「溝鼠に名乗る名など持ち合わせてはいない。冥土の土産にも持たすつもりもない」
「え!?」
「「…………………」」
背後で声がして振り向く。なんでこの暗愚は絶望した表情を私に見せているのでしょうか。
もとい、気を取り直して。
「と、言いたいところだが私の手駒が貴様の元同僚という縁に免じて教えてやろう。我が名はアブソルート! 東方侯爵アレクサンダー・アブソルートが長女サクラ・アブソルートなり! 喜べ溝鼠よ、あの世で私と戦ったこと、自慢するがよい」
「「アブソルート!?」」
「「…………………」」
ちょっと黙っててくれないかなこの暗愚。
「せやか、四天王が三人もやられたんは騎士ハンスでもルドルフ・シュタイナーでもない。あんたのせいか?」
「然り」
「せやか……んじゃ手駒っちゅーんは三人のうち誰かがあんたんとこに降ったゆーことやな? せやからワシのことも知っとったわけや」
「然り然り。……だが少し語弊がある。誰か、ではなく三人ともだ」
「はっ! あんたも中々にえげつないことす──なんやて?」
「今、フーは侍女、シュナイダーは見習いコック、ガルブレイスはうちの庭師の弟子だ。みな楽しそうに働いているぞ?」
そう告げると、リキッドは少しの間呆然と目を丸くして固まった後、プルプルと震えだした。顔がみるみる赤くなります。
「なんでやねん!!!!!」
「初任給35万、昇給年二回、賞与年二回、残業は基本ナシ、超過勤務手当・家族手当あり、交通費支給、年間休日165日、完全週休二日制、祝日・GW・夏期・年末年始休暇・年次有給休暇・特別休暇あり、雇用保険、労災保険、健康保険、住宅手当、育児支援あり、寮・食堂・スポーツ施設・保養所等利用可能──」
「そんなんワシだって裏切るわ!!!!!!!!」
アブソルート侯爵家はホワイト企業を自負しております。正確には個人で条件は違うのだけれど基本条件ということで。応相談。
「い、今からでもアブソルート侯爵家に降伏とか……?」
「ここは王城だ、アブソルートの屋敷ではない」
本来私たちの管轄ではないので裁量権とかありません。
「畜生が! こんな仕事やっとられるか! ワシは故郷に帰らせてもらう!」
「気づくのが一日遅かったな……逃がすとでも?」
「こいでも逃げ足には自信があってーな、あんた一人相手ならギリギリ可能性はあるんやわ」
「ほう……?」
ほうほう、それは大口を叩くではありませんか。
これでも人外魔境の我が屋敷で最速の称号を戴いているこの私に対して。
でもまぁ──
「一人だと、いつ私が言った?」
「は?」
「……………(荒ぶる鷹のポーズ)」
──あなたの後ろに、ヘイリーがもう来ちゃってるんですよ。
「……………」
遠目でもわかりやすいぐらいに冷や汗だらだらのリキッド。
そこに追い打ちをかける様に──
「おいサクラ、こういうことでいいんだろ?」
私の背後から。つまりはもう一人が隠れていた方向からジョー・アブソルート──兄上が完全に気絶してしまっている男を担いでやってきました。
ぽいっと投げ捨てます。
その瞬間、哀れリキッドは完全に硬直されたのです。
いやそれにしても兄上グッドタイミング。相手の心を折るのに最適でした。
「おお、兄上。ナイスキル」
「殺してねーよ。……ったくまさか王城が暗殺者に侵入されるとはな、警備体制を見直す必要がある」
「あー……情報部も結構糾弾されそうですよね」
「まぁな。俺はここ一か月は王都にいなかったが、王都組は特にこってり絞られるだろうよ」「ロイド殿とかですか?」
「ロイド殿とかだな」
ドンマイです海鮮丼。
「で? あれは?」
「グレイゴースト四天王の海のリキッドさんです」
「ああ、噂の……大丈夫かあれ、死にそうな顔してるぞ……」
「正確にはもうすぐ死ぬ顔ですね。屋敷ならともかく、ここは王城ですから」
「……問題はどう死ぬかだな……」
そう言い切った兄上のセリフに、とうとう恐怖の堰が決壊したのであろうリキッドは、泣きながらこちらへと突進してきた。
「ちくしょーーーーーーーーーーーーー!!!」
「とりあえず眠らせるか……」
「いえ兄上、私がやります」
前に出ようとした兄上を右腕で制す。
手は五本の指全てを立てている。すなわちパーだ。
私はそのパーを彼の顔めがけて全力で振りぬいた。要するにビンタ。
「ぶべらっ!」
その場に崩れ落ちるリキッド。
制・圧・完・了。
「……五度目も、ダメでしたね」
・リキッドくん殺すか殺さないかまよいちゅーです。