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ヘイリー危機一髪

・書くことがない。

「……びしょびしょですねティシア」


 広い中庭のご令嬢たちから少し離れた場所。

 全身ずぶ濡れのティシアに対して手拭を渡しながら言う。タオルはさすがに手元にはなかった。


「バケツいっぱいの水をかけられちゃって」

「それは……災難でしたね、私がもう少し早く駆け付けられれば良かったんですが……」


 申し訳なさでいっぱいになる。かっこいい登場の仕方なんて考えてる場合ではなかった。

 後悔さんはなんで先に立ってくれないんでしょうね。


「あっ、いえ、全然ですよ。すごい……助かりました……」

「そう言ってもらえるとこちらとしてもありがたいです。……とにかくその姿で会場に戻るのは不味いですね、着替えはありますか?」

「あっ……ない、です……」


 ティシアは顔を伏せて深刻そうな表情を浮かべる。

 寒いのか少し体も震えているし、早く何とかした方が良いでしょうけど、こんな目立つ状態では馬鹿どもからなんと言われるか。


「んー……乾かす方法もあることはあるんですけど……まだ慣れてないので焦がしちゃうかもしれないんですよね……」


 私は「ふむ」と考える。新人召使いシュナイダーくん直伝の洗濯物乾燥術、炎の加減が難しくてまだ免許皆伝には至っていない。


「……?」

「城の者に言えば着替えもあるかもしれませんけど……結局会場を経由しないといけませんし……」

「あまり姉様や兄様に心配かけたくない、です……」

「そう、ですよね」


 泣きそうな顔で、唇をかみながら耐えるティシアの姿は何と健気な。守護らねば。

 といっても今日のことを言わない訳にはいかないですよね……。

 ……んー、とりあえず色々試してみましょう。


「うーん……聞こえるかなぁ……」


 言いながら私は指笛を「ピュイ!」と三回吹く。これは私の部下への合図だ、王都にも二人ほど任務に就いている者がいたはずだ。

 ただ今日は特に連絡はしてないから近くにいるかわからな──


「……………」

「ひえっ!? 誰っ!?」


 いた。どや顔でサムズアップしてた。

 足先から口元までの黒装束と黒髪のサイドテールが特徴の十七歳の少女、彼女こそ野良鼠(エクスペンダブルズ)のエース格ヘイリー・ベイリーである。

 ちなみに詳細は省くが野良鼠加入以前に喉を焼かれた過去があり喋ることができない。


「急に呼び出してすみませんねヘイリー」

「……………(首をぶんぶん横に振る)」

「さらに突然なんですがこの子に着替えのドレスを持ってきてくれませんか?」


 さすがに厳しいでしょうかね?


「……………(おけまる)」


 できるみたい。


「あとタオルある?」

「……………(ドヤァ)」


 あった。優秀。

 それをティシアに渡す。


「ティシア、タオルどうぞ」

「あ、ありがとうございます……って、きゃっ!?」


 ティシアが可愛らしい声を上げた。いきなり、どこからかメジャーを取り出したヘイリーがティシアの体型を測定し始めたのであった。

 まあまだ十二歳なんですからどうこう言うのは早いんですけど私より女性らしい体型してるんですよね。


「……………(サムズアップ)」

「できるだけはやくねー」


 測り終わったヘイリーは現れた時と同様に消える様に闇夜へと消えていった。んー速い。もう実力ならリー、ヘイリー、メーテルの順番ですかねー。

 なんて考えているとティシアが慌てたような顔でこちらを見ていた。


「あの、さっきの人は……?」

「私の部下のヘイリー・ベイリーです。今は王都での情報収集の任に就いています」

「はぇ!? え……あ、じょ……えぇ? あ、あの、つかぬ事をお聞きしますけれど……サクラ・アブソルートさんでお間違い、ないでしょうか……?」


 非常に恐る恐るといった風にティシアが尋ねてきた。

 はて、先ほど名乗りは上げましたし何度か会ってると思うんですけどね。


「………? はい、サクラ・アブソルートさんでお間違いないですよ? 本格的に話すのは今日が初めてですね、改めてよろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」


 丁寧なお辞儀をしたティシアはどうにも納得できていないような顔で考え込む。なにやらぶつぶつと呟いてらっしゃる。

 あっ、いま「影武者……?」って聞こえた。

 ちゃうよ?


「……………(スーパーヒーロー着地)」

「あ、帰ってきた」

「え、はやっ!?」

「……………(決めポーズ)」


 喋れない分、ヘイリーは体全体を使った感情表現が豊富である。表情もころころ変わる。

 手にはティシアが着ているドレスとそっくりのデザインのドレスがあった。


「おー仕事が早いうえに正確です!」

「……………(コロンビアのポーズ)」

「え、ここで着替えるんです? 丸見え……だし、私一人じゃ着れないんですけど……」

「大丈夫です、ヘイリーは元侍女ですからお手の物。外からの視線については……ティシア、目と口を閉じて万歳してください、三十秒ほど」

「は、はい……」


 急なお願いにも言われた通りにぎゅっと目をつぶって口を噤み、ばんざーい!してくれるティシア。

 素直。


「ヘイリー、行きますよ?」

「……………(敬礼する)」

「煙幕」

「……………(ぽいっ)」


 叩きつけられた煙玉が弾けて、周囲に煙をまき散らす。ちなみにアブソルート侯爵家に代々伝わる煙玉であり煙臭くない。環境にも優しい。


「最速で行きます」

「……………(イエスマム)」


 時間に余裕はない、あまり大量に燻してもさすがに騒がれる可能性がある。視界を失った状態で最短で終わらせるしかない。

 バッ!ってやって、シュッ!っとして、ギュッ!っと締めて、デーンッ!として完成。

 パーフェクトコンビネーション。煙の中でもニンジャは自由自在である。

 煙が晴れると同時に、全ては終わっている。


 もっと楽な方法あるだろとか言っちゃいけない。


「え、嘘……すごい」


 驚嘆するティシア。そこにはまるで生まれ変わったように美しくなったご令嬢が……って訳ではなくただ着替えて髪を整えただけですけども。


「ふっ、これぞアブソルート流御着替え術……」


 そんなものないけど。


「ひえ~……」

「……………(むふー)」


 ヘイリーもどこか誇らしげに鼻を鳴らした。

 完全な無茶振りに完璧に答えたのだから、これは領地に帰ったらご褒美を上げないといけない。

 とりあえずお菓子を分けてあげよう。


「そういえばヘイリー、どうして王城付近に詰めてたんですか? 助かりましたけど」

「…………………!」


 しばし無表情の間があった後、ヘイリーは突然手をあたふたさせながら慌てだし、焦った顔で手話を使い必死に事情を伝えようとしてくる。

 手話、勉強中ですからスラスラできないんですよねまだ。


「えーっと……灰、幽霊、いる、城、かも、首、斬る」


 ふむふむ、グレイゴーストが城に潜伏していて誰かの首を狙っているかもしれないと……。


「たぶん、高い、偉い、家族」


 おそらく対象は高位貴族の方と……。

 なるほど、それは………


「早く言って!!!!!!」

「あなた、困る、助ける、大事、忘れる」


 私を助けることの方が大事だから忘れてたと。

 それは、ごめんね!


「ティシア! すぐに会場に戻りますよ!」

「え、あ、はい!」

「……………(バイバイ)」


 急いでティシアの手を取って会場に戻る。

 王族の方にはたいてい近衛がついているが、入場制限のある貴族しか入れないパーティー会場は警備が緩く専属の護衛という者はいない。

 各所に配置された衛兵の目さえ潜り抜ければ──いや、それが難しんだけど──もしかしたら……。


「おうサクラ、戻った──」


 兄上が暢気に手を振りながら、こちらに呼びかける。

 まったくこの緊急時に……!


「兄上! 誰か会場からいなくなってませんか! 高位貴族で!」

「は? えーっと……わかるか?」

「すまない……ちょっと、わからないな」


 くっ、なんて頼りにならない男衆でしょう。

 しかし、義姉上がふと何か思い出したように言う。


「そういえば……さっき殿下が誰か男の子に連れられて出ていったわよ? お相手は……どこの家の子だったかしら……」


 DENKA……でんか……電荷?伝家?……殿下……。

 あれかー……。


・アントマン楽しみ

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