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ナイトレイ伯爵家三兄妹 妹

・初登場ティシア・ナイトレイちゃん視点です。

・内容量の半分は中二病です。

・恋愛要素は董卓の良心ぐらいあります。


 自分の家があまり好かれていないというのはなんとなく感じていた。

 パーティーやらなにやらに出席する度に重苦しい嫌な雰囲気が流れて、終わった後は姉様も兄様も決まって疲れたように溜息を吐く。

 だから、社交界は嫌いだった。

 だけどたまに、アブソルート侯爵家の人やそのお友達の方々にお会いすると雲間から太陽の光が射した時みたいに二人の顔がパッと明るくなるので、いつも一緒にいてくれたらなぁと思っちゃったり。

 でも、私自身はあまり仲良くできていない。嫌いなわけではないのだけれど、人見知りな性格が災いしてどうにも上手く話せない。いつも姉様か兄様の後ろに隠れてしまう。

 しかし、今日は並々ならぬ決意を持って(当社比)、王太子殿下の誕生日パーティーにやって来た。

 正直、王太子殿下には何の興味もないけれど。

 十年前の帝国の年間降雨量ぐらいどうでもいいけれど。本命はサクラ・アブソルートさんである。

 姉様の婚約者であるジョー・アブソルート様の妹さんであるサクラさんは私の一つ上で、今まで数度お会いしたことがある。

 まだ十三歳なのに可愛いよりは綺麗よりの大人っぽい美少女だった。

 姉様はサクラさんと仲が良いらしく、とても優しい娘だと紹介してくれた。

 その際にはお互いあまり話せなかったのだけれど、姉様の後ろに隠れる私と同じようにジョー様の服の裾を掴んで離さないサクラさんを見て、その時に私は直感した。

「お友達になれそう!」と。これはお友達難易度のことではなく、お友達適性の話である。

 きっとサクラさんも姉様のようにおしとやかで優しくて手芸とかが趣味の良い人に違いない、互い引っ込み思案で上手く話せないけれど打ち解ければきっと話が合うと思う。

 その打ち解けるまでが難しいんだけれど、今日の私はやるよ。すごくやる。


 なーんて、思ってたのになぁ……。


「ちょっと! 聞いてるのかしらあなた!?」


 ヒステリックな声がして、無視をした。

 そしたら水をかけられた。ぽたぽたと、そこかしこから垂れ落ちる。姉様が用意してくれたドレスが台無しだ。


 何故か私は顔も名前も家名も知らない七人のご令嬢に囲まれてよくわからない理由で糾弾されていた。

 理由を聞いてもわからない。お家を聞いてもわからない。名前を聞いてもわからない。

 これには犬のおまわりさんもお手上げである。わん。

 困ってしまってわんわんわわーんである。


 正直、とても怖い。泣きたい。というか半泣き。

 こういう時っていつも姉様か兄様が助け舟を出してくれるのだけど、流石に社交界という大海原で一人遭難中の私にそんなもの来るわけがなく。

 姉離れの初期訓練と言われたものの、最初の一歩がハードすぎる。


 なんだよぉ……私が何かしたのかよぉ……別に何も悪いことなんかしてないじゃんかよぉ……。


「あなた自分が何をしたのか本当にわかってますの!?」


 金切り声でギャーギャーギャーギャー。

 わかんないから聞いてんじゃんかよぉ……もっと懇切丁寧に教えてよぉ……こっちは社交界ビギナーなのに。初心者に優しくない業界は廃れちゃうんだぞぅ。


「黙ってないでなんとか言ったらどうなの!」


 何を言っても怒るくせに。そういうのは正解の答えがあるときだけにしろよぉ……。


「相手の眼を見て話すこともできないのかしら!?」


 あなただって隣のリーダーっぽい金髪ロールお嬢様の顔色ばっかり窺ってるじゃないか。

 人の振り見て我が振り直せってことわざ知らないのか、自分ができないことを人に強制しちゃダメなんだぞぅ。


「わからない子ねぇ……なんて愚鈍で醜悪なのかしら。こんなのが伯爵令嬢なんて信じられないわ……。ねぇあなた、自分が貴族の品位を落としている自覚はあるの?」


 愚鈍……ぐどん……GUDON……UDON……うどん……ああ、うどん食べたい……。

 おっと現実逃避しそうになってた。貴族の品位なんてどの口が言うんだ……。

 自覚? あるに決まってんだろバッキャロー! コンチクショー!


「あなたごときがクラウディオ殿下に取り入ろうなんて烏滸がましい! 恥を知りなさい!」

「っ!」


 頬に、鋭い痛みが走った。叩かれたのだ、、手で押さえた場所がじんじんと痛む。

 手を出すか普通……。


 確かにプレゼントを渡したけど義理に決まってるじゃん。渡さなかったら渡さなかったで礼儀知らずと罵るくせに……。

 当然だけど取り入ろうなんてしてないし。あの殿下にはほんとなんの関心も抱いてないよ。

 むしろ自分に酔ってる雰囲気があって若干の気持ち悪さを感じたし、顔以外に見るべきところはなかったよ。

 自分が相手にされてないからって私でストレス発散すんなよぉ……。


「所詮売国奴の家系、卑しい性質は受け継がれているようね」

「それはっ!」


 その言葉に、ふっと怒りが湧いた。

 自分が生まれる前のことなんか知らない。だけど、お父様も姉様も兄様も、卑しくなんかない。

 私のことを悪く言うのはいい……いや、よくはないけど。非常によくないけど。できれば可及的速やかに解放してもらいたいけど。でも、家族のことを言われるのはもっと嫌だ。


「媚びを売ることしか能がないのよ」

「姉が姉なら妹も妹ね、売女って言葉が誰よりも似合うわ。どうせジョー様も体でたぶらかしたんでしょうし」

「ほんと、汚らしい……」

「そっ──」


 なけなしの勇気を振り絞って抗議の声を上げようとしたその時、強い突風が私たちを襲った。

 草木が大きく揺れる音が収まった後、ゆっくりと目を開ける。

 するとそこには、白いドレスの翠色の髪の少女が一人、ご令嬢の首を右手で掴み上げている姿があった。

 こちらに背を向けているので顔はわからないが、どこか見覚えのある艶やかな髪だった。


「貴様、今なんと言った?」


 翠の少女が低い声で問うた。相手は……えー……名前は知らないけど先ほどの三連発で二番目に喋ったご令嬢である。

 現状を把握できずに混乱し、しかし首を絞められているので声もろくに出せずに苦しんでいた。

 見れば、他のご令嬢たちも各々震えている。突如として現れた翠の少女に、片手で令嬢一人を持ち上げる膂力に、言葉を失くしていた


「いや、言わずともよい。私は確と聞いたぞ、我が兄への侮辱の言葉を。さてその罪、どう贖ってもらおうか……」


 翠の少女はそのまま芝生の上へと無造作に令嬢を放り投げる。

 令嬢は受け身も取れずに痛みに悶え、また上手く呼吸ができずにゴホゴホとせき込んだ。

 彼女は助けを乞うように周囲を見渡すが、誰も動かない。

 いや、動けない。


「貴様らもだ有象無象。義姉上、そして義妹へよくもまぁ好き勝手言ってくれたものだ。覚悟は……まぁできていないのだろうが、早めにすることを推奨しておくぞ?」

「い、妹って……あなた誰よ……?」


 辛うじて混乱から少し立ち直った金髪ロールの令嬢が尋ねた。

 義姉上、そして義妹。ということは……


「ん? ああ、これは失礼。……お初にお目にかかります、東方侯爵アレクサンダー・アブソルートが長女、サクラ・アブソルートでございます、以後お見知りおきを」


 そう言って丁寧な、ともすれば丁寧すぎて芝居がかっており逆に小馬鹿にしたような印象を受けるお辞儀をする。

 その翠の少女は、私の義姉──と言ってよいのかまだわからないけど──サクラさんだった。

 なんだかこう、顔が赤くなるのを感じる。ヒーローみたい。


「アブソルート!?」

「箱入りって話じゃ……?」

「誰よ醜女とか言ったのは! 真逆じゃない!」

「またライバルが……」

「今の問題はそこじゃないでしょ!?」

「怖いから帰っていい?」


 などと動揺するご令嬢たち。

 一方サクラさんは堂々たる構え。喩えるならばカタナのような鋭さと美しさを感じさせる凛とした佇まいでした。


「そ、そのアブソルートが急に何だって言うのよ!」


 金髪ロールが吠える。


「わからんのか? 聞きしに勝る愚鈍さだな。喧嘩を売られたから買いに来た、それだけだとも」

「それだけって……あなた何をするつもりで……」

「何って……そりゃあナニだろうさ?」


 口角を上げてにやりと笑う、とても怖い悪そうな顔だった。

 

「ひぃ!?」


 未知の恐怖に怯える令嬢たち。

 訂正、やっぱヒーローじゃなくてヴィランかも。

 ナニするんだろうねぇ……。


「わ、わわ、私は公爵令嬢よ……わた、私に指一本でも触れてみなさいよ、お、お父様に言いつけてやるんだから!」


 体を震わせながらも毅然とした(?)態度で叫ぶ金髪ロールさん。公爵令嬢だったんだ、初めて知った。

 しかしサクラさんは、それを聞いても動じることなく逆に愉快そうに笑った。


「これは可笑しなことを言う、喋れる体で帰れると思っているのか?」

「え?」

「二度と世迷い言を吐けぬよう……その喉笛、掻っ切てしまおうか?」


 そっと流れる様に距離を詰め、耳元で囁いた。


「~~~!」


 悪魔のようなその声に恐怖で固まった金髪ロールは、言葉を紡ぐことができず声ならぬ声を叫びその場にへたり込んでしまった。

 そしてサクラさんは突然ノーモーションで右手を目にも留まらぬ速度で振った。


「ひぃいい!?」


 目で捉えることはできなかった。

 しかし、何をしたかはわかる。視界の隅でこっそりとこの場から逃げようとしていた赤髪の令嬢の寸前に、どこから出したのか苦無が突き刺さっていた。

 投げたのだ。たぶん。


「誰が逃げて良いと言った? これも何かの縁。折角私が二度と忘れられぬ出会いにしてやろうというのに……厚意を無駄にする気か?」

「いえ、あの、滅相も、その……」


 その場に固まって半泣きになる赤髪の令嬢。

 その、完全に死角でしたよねサクラさん?

 そして、誰も動けなくなる。もちろん私も。ただ、今の私は誰の視界にも入ってない気がする、若干の疎外感が無きにしも非ず。


 しかし、そんな中動いた令嬢がいた。

 さっきサクラさんに放り投げられた令嬢である、名前を知らないので一先ず前髪パッツンゆえにパッツン令嬢と名付ける。


「ちょっとあなた!? こんなことをしてただですむと──」


 怒り狂いながら詰め寄ろうとするパッツン令嬢、勇気ある。私なら怖くて動けない。

 しかしながら台詞を言いきる前に、


「黙れ、貴様の発言は私が許可しない」


 サクラさんは稲妻のように空を蹴り上げ、靴先の仕込みナイフをパッツン令嬢の首元に突きつける。


「っ……ぁ……」


 止まるしかなかった。

 その蹴りの風圧は、離れた場所に立っていた私の体を吹き抜けるほどで、自分に向けられたものでなかったとしても震えあがってしまう。


「貴様、名は何と言ったか……まあよい、覚える価値もない」

「……………」


 ゆっくりと足を下ろし、地を軽く蹴ってナイフをしまう。

 その場の雰囲気が僅かにだが緩みかけた瞬間に、サクラさんは首を曲げて下から覗き込むようにパッツン令嬢を見つめた。

 光を失った暗い瞳で。


「今ここでは何もしない。だが貴様の顔と失言、私は覚えたぞ。もう一度先のような言葉を発してみろ、嫁に行けぬ体にしてやるからな……わかったか?」


 パッツン令嬢は小刻みに震えながらやっとの思いで小さく頷いた。


「今の状態でもロクな貰い手がいるとは思えんがな」


 嘲笑うかのようなその発言に、反論する者は誰もいない。沈痛な面持ちで震えながらただ俯くばかり。

 それをつまらなそうに見渡したサクラさんは、ふと思い出したようにポケットから一枚の硬貨を取り出した。どこにでもあるありふれたそれを掲げながら言う。


「これを見ろ、この硬貨を見ろ」


 皆がその手に注目したところで、軽くその手を振った。


「「「「「!!!」」」」


 全員が息を呑む。硬貨の上下から、小さな刃が出現していたのだ。


「この硬貨一枚でも貴様らの喉をズタズタに引き裂くには十分すぎるほどだ。忘れるな。私が見張っている。硬貨が見張っている。この硬貨があるところに私はいる。前を向けば後ろに、後ろを向けば前に、右を向けば左に、左を向けば右に、私はいるぞ。命が惜しくば、心を改め不用意な発言は避けることだ」


 言い終えて背を向ける。ご令嬢たちは完全に打ちのめされたようで死にそうな顔をしていた。

 サクラさんは、私の方に近づいてくる。

 そして先ほどとは打って変わって明るく柔らかい口調で言いながら、右手を差し出した。


「久し振りですね、ティシア!」


 ニッコリと、快活に笑う。

 それがどうにも、私は夢でも見ていたのではないかと思うほどに場違いな笑顔で。

 私はもう、


「ひえ~……」


 差し出された手を握り返しながら、それしか言えなかった。


・steamの呂布育成ゲームが気になる。

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