サクラ・アブソルートのお仕事 1
・短編にない話です。
・いきなり知らん奴が喋りだします。
・説明回です、設定をバンバン出します?
・この話でも恋愛要素が呂布の忠誠心ぐらい薄いです。
僕の名前はアーネスト・レイン、王国首都に店を構えるエトピリカ商会所属の新進気鋭の見習い商人だ。
今日は近年発展目覚ましいアブソルート侯爵領に出張中!
商会長の命令で大口取引を獲得するためにアブソルート侯爵家の屋敷へ営業し来ているのさ!
という設定である。
私の真の名はフィル・クレイン。
見習い商人は世を忍ぶ仮の姿、とある学舎に所属するしがない歴史研究家だ。
今日の目的は、アブソルート侯爵家の歴史について調べる為である。
何故ならばアブソルート家には謎が多い。
現当主アレクサンダー・アブソルート侯爵。
彼は王国東方部に領地を持ち、現在は方面軍指揮官として王国と同じく大陸四強である帝国への牽制役を担っている。
またこれまで交流の乏しかった龍神皇国との交易を開始し成功を収めるなど、近年では重要かつ目立った活躍をしている大貴族だ。
しかし、それは当代の話。王国の歴史を紐解いていくと、アブソルート家ほど記述の少ない貴族も珍しい。
彼らは王国がまだ地方の都市国家群の一つでしかなかった時代より王に仕えていたとされるが、一般人が書物より得られる知識など基本的にそれだけ。
彼らが過去に何を成し、何を遂げたのかは幾重もの機密のベールに包まれて眠っているのだ。
だが、多少なりその道に明るい者は口を揃えてこう言う。
「アブソルート家、ひいては王国建国の歴史はルクシア・アブソルートの歴史である」と。
アブソルート家の秘密とは、ルクシア・アブソルートとは何者なのか。
正直に言うと、これは歴史研究家としてのただの知的好奇心の発露である。
調べたからと言って何かの役に立つわけでもなし、隠されているのだとしたらそれ相応に理由があるのだろう。
だがしかし、隠されると人間知りたくなるのが人の性というもの。
実は最近侯爵家には不思議な噂もあるのだ。
よって、ルクシア・アブソルートの謎を明らかにすべく、我々はアブソルート侯爵家へと向かった。
一人だけど。
という設定でもある。
そう、隙を生じぬ二段構え。
ハローエブリワン。
マイネーミーズ、リッキー・ランバルトゥール。
グレイゴーストに所属する諜報員だ。
なに、グレイゴーストは暗殺者の名前じゃないかって?
そいつぁ六代も前の話だ、グレイゴーストは今や暗殺組織の名前だ。まあ実は名乗っていいのは四天王以上の階級からだけだけど。
ここへ来たのは侯爵暗殺のためだ。しかしそれは最終目標、今日のノルマは下見だ。
先日に俺の上司であるガルブレイスさんが侯爵暗殺の任に就き、そして……失踪した。
こんな仕事をしていた時点で善人だったとは口が裂けても言えない、
だがそれでも俺にとっては──
いや正直あんま好きなタイプの上司じゃなかったからどうでもいいんだが、仕事は優秀だった。
組織の上の方ではいきなりガルブレイスがいなくなったって大騒ぎだ。
それで俺が事実確認と任務の引継ぎでやってきたわけ。
今回は念には念を入れて帝国からの支援も受け入れて、メーテルとかいう侍女として侯爵家に潜入しているらしい帝国の工作員にも協力してもらうことにもなった。
加えて何かあった時のために部下を屋敷近くの森に四人、そして少し離れたところに予備としてもう一人待機させている。
商人の身分証も学会の組合員証も完璧に偽造している。どんな質問にも答えられるように準備は万端だ。
バレるはずがない、いや、バレるにしてもその時には遅い。
くくく……おっと、思わず笑いが。
万事抜かりなし!
そして俺はアブソルート侯爵家の屋敷の門前で箒を手に掃除をしていた、侍女らしき翠色の髪の少女に声をかけた。
「はい? 御屋形様に面会ですか?」
少女はこてっ、と首を小さく横にかしげた。
うん、御屋形様? なにその古風な呼び方。まあいいや。
「はい、僕はエトピリカ商会のアーネスト・レインと言います。本日ご訪問のお約束をしていたのですが……」
「………ああ! 承っておりますレイン様、取り次いでまいりますので少々お待ちください、すぐにお通しいたしますね!」
少女は少し考えた後、我が意を得たりとばかりに手を叩く。そして、お手本のような柔らかな笑みを浮かべて一礼してからさっさと屋敷へ引っ込んでしまった。
毒気が抜かれる顔だった。
昨日の夜までに必死こいて考えてきた台詞はどこかへ行ってしまうようだ。
今までは高位貴族となればやり手の執事だのが怪しい者を弾いたり、荷物や身体検査をされることも少なくなかったのだが、今回はそういうこともないらしい。
「拍子抜けだな……」
肩透かしを食らった気分だ。
油断大敵であるのは百も承知だが、こんなに簡単にお目通りが叶うというのも危機管理意識が低いんじゃないだろうか。こっちが不安になる。
穏健派で有名とは言えども一応は東部方面軍指揮官のはずだろう?
屋敷の警備も手薄だし、そもそも人の気配がほとんど感じられない、屋敷も遠目で見る限りちょっと地味じゃないか?
なんというか、らしくない。
そんなこと考えていると、ふと、何かが頭をよぎる。
「不気味……なにか拙ったか……?」
難易度が低すぎる。高位貴族の屋敷に門番一人すら居ないなんて普通有り得るだろうか。
どうしてガルブレイスは失敗した?
いきなり本丸に乗り込むのは早計過ぎるのではないか。
一度退却してでも、ガルブレイスの痕跡から集めるべきではないか。たとえ屋敷の警戒レベルが上がろうともだ。
情報が足りない、情報が足りないのに入り口だけはぽっかりと開いている
あまりにも、流れが速過ぎる。
「もし」
嫌な予感を覚え、そっと踵を返そうとした時、先ほどとは違う長身の侍女がそっと話しかけてきた。
気配もしなければ、足音も聞こえなかった。
俺は内心で警戒レベルを大幅に引き上げる。
「エトピリカ商会の方ですね?」
「ええ、はい、その通りです」
「私は旦那様付きの侍女のメーテルと申します。本日はよろしくお願いしますね、ランバルトゥール様?」
ああ、くそ。
勘で仕事を中断するわけにはいかない。そんな権限、俺にはない。失敗すれば何事もなかったかのように切り捨てられるだけの末端構成員だ。
なにより現状、全てが上手く回っている。
もとより道は他にない。
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サクラ・アブソルートの気分はもうルンルンである。
獲物が罠にかかった。正直自分でも今回は誘導が雑かなと思ったのだけれどネズミはそれほど賢くなかった様子。もう逃げられないし、逃がさない。
先日のガルブレイスという輩は結局最後まで口を割らなかったので、大した情報を得ることはできなかったために、今回に懸ける思いは強い。
五人……いや、六人?
尋問も数がいれば色々と策を弄せるもの、全員捕まえなければならない。
「メーテル」
「はっ」
呼ぶと一拍も置かずに傍に。実に優秀である。
長身かつ金髪の侍女。元帝国のスパイであったメーテルは説得の甲斐あって二重スパイとして私に、延いてはアブソルート侯爵家に仕えてくれている。
私の他の配下達はやる気はあるが経験が足りない者が多いので、新参ではあるがベテランのメーテルは貴重な存在。序列としては既に三番である。
「ネズミが罠にかかりました、作戦を開始します。屋敷猫を四人、門付近に待機させてください。御屋形様にご報告した後に私が指揮します。あなたの役目はあの男の監視、任せましたよ? どうせ二度と此処から出られぬのですから、冥土の土産に存分に協力してあげてください」
「イエス、マイロード」
「……それやめません?」
「マイディア」
「それもやめましょう?」
「オンリーマイエンジェル!」
「違う」
「きゃん!」
バッと両手を広げてハグの姿勢をとるメーテルの頬をはたく。
そうじゃない。そうじゃないのだ。
説得の仕方を間違えたかなぁ……。正直、ネズミの対処よりメーテルの思考回路を読み解く方が何倍も難しい。とても厄介な困ったちゃんである。
忠誠心は疑うべくもないが一緒にいるととても疲れる。
どうしてこんなことになったんだろうね。
「もっとぉ……うへへぇ……」
お願いだから息を荒くして恍惚な表情を浮かべるのやめてください。
「私に百合の気はありません……」
「いいえお嬢様、花は咲かせるものです」
目がガチです。顔怖いよこっち見ないで。
きっしょ。
「そして散らすものです!」
「黙らっしゃい」
「きゃん!」
アブソルート式チョップ。
アブソルート式チョップとはアブソルート家秘伝のチョップ、相手は死ぬ。
「あまり待たせると逃げられる恐れがあります。早く仕事に取り掛かってください」
「……御意」
そう言うと、メーテルは不満な顔をしながら渋々と部屋を出ていった。
「はぁ……」
準備に取り掛かる。侍女の服装を脱ぎ捨てて忍装束へと。
まだ明るいので黒よりも森に溶け込める色に。
「早く!」
着替えをなめくじみたいな目つきで見ないでほしい。バレてるから。
強めに怒鳴ると、ようやく気配が消えた。
「部下が何考えているのか全然わからない……」
完全にメーテルが目標へと向かったことを確認してほっと一息。
そして私は頭を抱える。
なにがどうなったんだろう、最初は達観した雰囲気の仕事人という感じだったのに。
アブソルート流尋問術は私には向いていないのかもしれない。
しかし、すぐさま頭を振って落ち込みそうになった思考を切り替える。
今考えるべきは侯爵家に仇なす害虫どもに鉄槌を下すことだけだ。まあ今回の相手は足でプチっと踏みつぶすだけで十分な相手ではあるが。
「ええと、短刀、苦無、鎖鎌に火薬玉……これくらいかな?」
暗器の類はまだまだあるが、今回は一人一(半)殺、多くは必要ない。
入念に一つずつ不備がないかを確認していく。
「うん、大丈夫」
丁寧に身に潜ませてから部屋を出る。御屋形様に流れについて説明した後は部下との集合場所へと向かう。
敵の位置はおおよそ把握しているが、万が一にもばれないように細心の注意を払う。
「お嬢様」
そこには四人の部下が気配を押し殺しながら静かに身を潜めていた。残念ながら気配を殺しきれていたのは一人だけだったけれど。
彼女らは屋敷猫、私専属の部下で主に私の身の回りのお世話と屋敷の警護を担当している。護衛の騎士もいるのだが人数は多くても困らない。「戦いは数です御屋形様」と言って配属させてもらっている。
最近は帝国が煩いので丁度良い。
私はリーダー役のリー・クーロンに確認を取る。
「リー、準備は」
「万全に」
「敵の位置」
「把握済みです」
「動きは」
「ありません、今頃暢気に欠伸でもしていますよ」
「上々です、優秀ですね」
「ありがとうございます」
準備は万端のようで何より。手際が良くなっていることは喜ばしい限り。
彼女たちは元々奴隷や孤児で、筆舌に尽くし難い環境に置かれていたのを私がお仕事のついでに助け出したのだった。
彼女らの希望で侍女として雇うことにしたのだが、当初はもちろん極々一般的な侍女として働いてもらっていた。
喧嘩をしたことがない。刃物なんて扱ったこともない。そもそも、自由意志など存在しなかった。そんな彼女らに影の仕事などやらせるはずもない。
最初は一人だけだったし、一人だけにするつもりだった。
強く懇願されて一緒に修行をすることにしたのだが、その光景を他の侍女に見られてしまい、なし崩し的に雪崩のように、断るわけにもいかず、結果として屋敷猫は十人にまで増えた。
ただ手伝ってくれるのは嬉しいし、やる気に満ち溢れているので教えていて楽しい。
「私が遠くにいるのを担当します。一人も逃がさないで、全員捕らえます」
「「「「御意」」」」
綺麗な敬礼。
あまり軍隊的なのは好きではないのだけれど、統制の取れた動きというのは見ていて気持ちがいい。
私は満足げに頷くと、獲物の方へ向き直る。
ネズミを捕るのはネコと相場が決まっている
「では行きましょう、お掃除の時間です」
なにか気になる点があればお教えくださると嬉しいです。
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