社交界など行きとうない! 8
・オフェリアァアアアア!(あいさつ)
・変な短編書いてたら遅くなりました。
・恋愛要素は織田信勝君と織田信行君の差ぐらいあります。
・特に関係ないのですが信長協奏曲一巻で、柴田のかっちゃんに裏切られた時の織田信行くんの表情って味があって好きです。
・少々巻きで進んでおります。
一度裏切った人間は必ずもう一度裏切る。
古今東西津々浦々往々にして言われ続けてきた言葉。
それ自体はある程度は的を射ている、というか八割方正しいと言えるだろう、人の性根というのはそう簡単に変えられるものではない。
とはいえ、一度の失敗で全てを決め付けるというのは残酷が過ぎる。
それに、人間という言葉は範囲が広すぎて主語として使うには不適切だ。
彼、彼女、彼ら、誰一人同じ人生を歩んだものはいない。
更生の可能性など一概に判断することなどできるはずもなく、できると思えるほど私は優秀でも、傲慢でもない。
だから私は、信じることにした。
人間の可能性に、懸けることを選んだ。
もちろん、全部が全部は成功しない。皆が皆、善人ではない。
信じて裏切られたことは何度だってある。
そういう人たちは皆、私の知らないところで、見えないところで、消えていくのだと、ルドルフが言っていた。
最初はよくわからなかったけど、今では理解している。
所詮私のこれも、ただの自己満足で、独りよがりで、ごっこ遊びの域を出ない。
ふと闇に手を伸ばしかけた時には、決まって誰かが首根っこを掴んで私を引き上げる、そうして私を置いて、深淵の中に潜っていく。
だいたい皆は帰ってくるけれど、たまに、帰ってこない人もいる。
それでも、百人中のたった一人だったとしても。
淀んだ曇り空のようなその瞳が、晴れ渡る青空のような笑顔に変わった時、私は──
「謀ったな……謀ったな、メーテル!」
──自分の選択が間違いじゃなかったと、そう思えると勘違いしていた。
===
少し、前。
「お嬢様、こちらのお部屋でぇす!」
「ありがとうございますメーテル!」
兄上から逃げ出し、隠し通路を手を引かれるがまま辿り着いた先で、メーテルはある部屋の扉を開けて、私を呼び込んだ。
暗い室内、灯りはない。
はて? ここは何の部屋だったろう。
「この部屋なら当分は安全でぇす。お嬢様、ここから動かないでくださいねえ?」
「待ってくださいメーテル、あなたはどこへ行くのですか?」
あなたも、また私を一人にするのですか? なんちゃって。
「私は偵察と誘導に行きます。余力があればリーたちの解放も試してみますねえ」
「メーテル、あなた……」
なんという献身振りだろうか。
私はメーテルのことを誤解していたのかもしれない。
少し前までの「多少なり腕の立つ間者ではあるが、幼少期に抑圧されて育った子供にありがちな、自由になった時に人並み以上にはっちゃけてしまう現象を拗らせすぎて対象の方向性と欲求の深度を間違えて取り返しのつかないレベルに至った変態」という認識を改める必要があるのやも……
「すみませんメーテル……私、あなたのことクレイジーでサイコな変態女だとばかり思っていました……」
「ええぇ!? それはひどいですよお……私、これでも帝国ではエース部隊のそのまたエースだったのにい……」
あれ、そんなに凄かったですっけ?
「その割にあっさり捕まりましたよね?」
都合一週間ほど泳がした後、背後からの手刀で。バシッって。
「アブソルート侯爵家が特殊過ぎるんですう! 正面から戦ってもハンスさんには勝てませんしい! 罠に嵌めようにもルドルフさんには通じませんしい! こっそり忍び込んでもお嬢様がいるとかチートですう! 私は悪くありませぇん!」
己の優秀さに自負があるようで、メーテルが半泣きで必死に抗議してくる。
まあ確かにハンスとルドルフはチートです。
どちらか一方だけでも得れば天下をも握れるってスイキョ―師匠も言っていた。
「ふふっ冗談です、あなたの知識と経験、そして献身には非常に感謝しています。情報の精度も格段に上がりましたし、屋敷猫たち全体の底上げにも繋がりました。あなたが私に仕えてくれたこと、私は本当に嬉しい」
今まで照れくさくて言わなかったことを、せっかくの機会だからここで言っておこう。
二重スパイ、屋敷猫、その指導員とメーテルの存在の大きさは、認めざるを得ない。
「抱きついてもいいですか?」
「嫌ですさっさと行ってください」
ちっ、褒め過ぎましたか。真顔で言わないで気持ち悪い。
やっぱり変態じゃないですか。
「いいじゃないですかあ、一回ぐらい!」
「ダメです、好感度が足りません」
「今の流れで足りないんですかあ!?」
「あと42ポイントですね」
「近いのか遠いのかわかりませんねぇ……」
100ポイント獲得で合格です。
ちなみに参考までにリーが500pでお館様が1000pで義姉上が3000pで母上が10000pです。
メーテルは一度肩をがっくり落とした後、決意を新たにしたようでやる気に満ちた顔で上を向いた。
「よぉし! 今からポイント荒稼ぎしちゃいますよお!」
「期待してますよ」
「はい! お嬢様は私がお守りしますのでぇ、大舟に乗ったつもりでいてください!」
自信満々に豊かな胸を叩いて揺らすメーテル。ゆったり波打つそれを見てちょっとイラッてした、30p減点します。
「では行ってきますけどお、外は危険ですのでここで待っていてくださいねぇ?」
「はいはい、わかってますよ」
「ん!」
にっこりと笑い親指を立てるメーテル。
そのまま意気揚々と小振りなお尻を揺らしながら部屋の外へ向かっていく。一々動きが扇情的なのは帝国の時の癖が抜けていないからだろうか。
ふしだら、減点。
「幸運を」
部屋の外に出たメーテルへと一言。彼女は振り返り、小さくうなずいた。
そして、扉を閉めようとしたとき。
──なあんちゃってぇ
彼女の唇の先が、とても嬉しそうに歪んだ。
「!?」
考えるより先に飛び出して、扉に肩から体を叩きつけるが、私の体格と筋力ではびくともしなかった。
閂を、かけられた。
「くそっ、思い出すのが遅かった……!」
外側からかける閂、内側から開ける術はない。
狭く、暗い室内。荷物は一つもなく、がらんとした空間でありながら、四方の壁は強固に作られており、前方の扉を除いて、どことも繋がっていない。
この部屋は隠れるための部屋ではない、閉じ込めるための牢だ。
「開けなさい! メーテル! 聞こえないのですか!?」
「すみませぇんお嬢様ぁ……屋敷の中の追いかけっこではどうしてもお嬢様に分がありますからあ……こうするしかなかったんですう……」
「まさか、そんな……」
「ふふふぅ……忘れちゃったんですかあ? 私は、に・じゅ・う・す・ぱ・い、ですよ?」
裏切られた。いや、騙されたのか。その事実に、私は、呆然と立ち尽くした。
「…………………メーテル」
「はぁい!」
「……謀ったな……謀ったなメーテルゥウウウウウ!」
「ふふ、お嬢様は素晴らしい主、で・し・た♡」
「貴様ぁ!」
だんだんだん! と拳を扉に打ち付けるが、小さくギシギシと音を立てて軋むだけで徒労に終わる。
手ぇめっちゃ痛いです!
「無駄ですよぅ……諦めて下さいねぇ? お嬢様♡」
「~~~~~!」
罵倒の言葉は声にならなかった。
してやられた……してやられた! よりにもよって、メーテルにしてやられた!
嵌めたメーテルよりも、メーテルに嵌められた自分の不甲斐なさに腹が立つ。悔しさから目じりに光るものが滲み始める。
「……何故。何故裏切ったのですか、さっきの言葉は嘘だったのですか、ずっと……ずっと裏で私を嘲笑っていたのですかメーテル!?」
「自由着せ替え権」
「え?」
何か言いました?
「ですからあ……自由着せ替え権ですう」
「え?」
「だってぇ! お嬢様いーっつも同じ服ばっかでぇつまんないんですよぅ!」
顔は見えないが、壁の向こうでメーテルが頬を膨らませて怒っているのはわかった。
擬音で言えばこう、プンプンって感じの。
「そ、そんなことで……? う、裏切ったの……?」
「そんなことじゃありませぇん! 重要なことですぅ! 侍女全員の総意と言っても過言ではありませぇん!」
「そ、そんなに? そんなに私ダメですか?」
「ダメでぇす!!!」
壁越しに食い気味に強く断言された。
そんなに? だって私の服ですよ? 自分のじゃないんですよ? そんなに?
「だっ、だったらこれからはちゃんとオシャレしますから! ここから出し──」
「ルクシア様に誓えますか?」
「…………………」
それはちょっと……
「はいじゃあちょっと睡眠ガス注入しますねぇ」
扉の横に穿たれた小さな穴から白い煙が噴き出してくる。
「ちょっとぉ!? それ最終兵器じゃないですか! ここで使ってどうするんです!? 高いんですよ睡眠ガス!」
「お金より大事なものがここにあるんでぇす!」
「払うの私のお小遣いからなのに!」
良いこと言ってる風だが冗談ではない。
ただでさえ山芋の費用で圧迫されているのに!
下町名物かすてえらが買えないじゃないですか!
「さあお嬢様、どんどん眠っちゃいましょうねぇ」
「やめて怖いですその台詞! 修行思い出すので本当にやめてください!」
そんなこんなしてるうちにガスが部屋に充満していく。
覆面で口と鼻を包んではいるが、それにも限界がある。耐毒訓練も積んではいるがこの量では意味を為さない。
確実に、追い詰められている。
「出して! ねぇ、出して! お願いメーテル!」
「もちろんですお嬢様、私がしっかり介抱してあげますからねぇ」
「やだやだやだ! 怖い!」
「大丈夫ですよぉ、眠り姫は私がチューで起こしてあげますねえ」
扉の向こうで、口角をひどく歪めて、にやりと笑うメーテルを幻視した。
背筋がぞくりとする、急激に体温が下がるのを感じた。
駆り立てられる様に、再度扉を何度も強く叩くが、
「ふふっ、だめですよぉ……可愛いお手を怪我してしまいます。それはあ、とーってもぉもったいないことですぉ……?」
捕らえた村娘を諭す奴隷商人のように、無駄なあがきと遠回しに笑われたような気がした。
負けた。物理的にも、精神的にも、負けた。
「怖いよぉ! リー……! ちちうぇ……! ははうぇ……!」
悔しさから滲んでいたそれが、恐怖のそれに変わる。
「……ゾクゾクしますねぇ」
非常に楽しそうなその声に、私はとうとう決壊した。
「あにうぇ! あやまりますからぁ! これどっか持って行ってくださいぃ!」
意地もプライドもかなぐり捨てて、大声で兄上に助けを呼んだ。
メーテルとグルだったのかそうでないのかは知らないけれど、きっと近くにいるはずだろうと。
「なにやっとんじゃ貴様は!」
「きゃん!」
怒鳴り声、鈍い音、小さな悲鳴。
ほんとにいたっぽい。
そして、睡眠ガスの注入が止まり、扉の閂が外される。
開かれたその先にいたのは、兄上だった。
「あにうえぇ……」
「ああもう! ガチ泣きじゃねぇか何してんだ新入り!」
兄上は私のところまで焦った顔で駆け寄ってきて、ハンカチを取り出して私の顔を拭ってくれた。
そしてそのまま、顔だけメーテルに向き直り批難する。
「何したって、全部ジョー様の発案じゃないですかあ!」
「俺が言ったのは物理的にだ! 精神的に追い詰めてどうする!? 兄妹喧嘩は妹泣かせた時点で兄の負けって法律で決まってんだよ!」
決まってないよ。
「何してもいいって言ったのはジョー様ですう! 私は悪くありませぇん!」
「うるせぇ存在そのものが教育上最悪だ!」
「隙あり」
それはさておき、二人が言い争っている間に兄上の脇をすり抜けて逃走する。
こんなところにいられない、私は部屋に帰らせてもらう。
「あっ待て!」
「嫌です! 兄上もメーテルも嫌いです!」
「「普通に傷つく!」」
===
「つーかまーえたー♪」
あの場から逃げ出した後、抗戦する気力もなく、というか眠くてうつらうつらしながら誰もいない廊下を歩いていたら、突然後ろから抱きしめられた。
「は、ははうえぇ……?」
「はーい、ママですよー?」
朗らかな声に優しい表情。
その正体は、母上。フローラ・アブソルートだった。
後ろには母上付きの侍女が二人、控えている。どんな時でも心を乱さない優秀な二人だ。
「起きてて大丈夫なんですか?」
母上は十年ほど前に体を壊して以来、あまり精力的に活動することができなくなってしまっており、社交界なども半ば引退状態だ。
体は触れるだけで折れてしまいそうに華奢で、柔らかい雰囲気は時に儚さを感じさせることもある。
「んー、屋敷が賑やかで起きちゃいましたー」
「す、すみません」
弁解のしようもないと私は項垂れる。
母上はそれに対し首を横に振ると、私の頭を優しく撫でる。
「んーん、元気があっていいこいいこー」
「あ、ありがとうございます……」
細い指。だけど、不思議と安心感が湧いてくる。
「でも夜も遅いから──そうだ、サクラ久しぶりに一緒に寝ましょう!」
「い、いいんですか!?」
「もちろーん。さっ、行きましょ?」
「はい!」
そうして、今日が終わる。
===
「ジョー大丈夫?」
ワシ、ほとんど干渉してないからわかんないんだけど、今日の屋敷ほどに混沌という言葉が似合う場所はなかったと思う。
「大丈夫じゃないです……」
ジョーは心底きつそうにそう言った
・この話おわり。
・これから過去全十六話の誤字・口調・文章・矛盾の修正の旅に出ます、探さないでください。
・八月上旬は更新できないと思われます。
・まともな小説に直すので許してヒヤンシス。
・次の次ぐらいで王子が出るって偉い人が言ってました。
 




