社交界など行きとうない! 7
・王子が中々出ないですね。
・山芋について感想くださった方々ありがとうございます。自分でも調べてみたら「うわぁ……」ってなりました。
・恋愛要素は関羽と孫権の絆ぐらい
・頭をハイにしてからお読みください。
・若干巻きで進んでおります。
フーリューは最初こそ色々ともがいていたけれども、全裸なので道具も何も持っていないので網から抜け出せず、数分後には膝を抱えてしくしく泣いていた。
とりあえず山芋を流すためにバシャバシャと桶を使って数度お湯をぶっかける。
フーリューはその間は死んだ魚の目、市場へ連れていかれる子牛のような顔をしていたのでちょっと怖かった。
傍から見たら完全にいじめ。
その後は簀巻きにした。
「ふっ……また捕まえてしまいました……自分の才能が恐ろしい……」
今月に入って四人目、これはもう大手柄と言っても差し支えないのでは?
ふぅー!
ただ、それだけ入り込まれているというのは複雑な気分。フーリューのような形ならともかく、頻繁に潜入されるのはちょっとイライラする。
屋敷はそう簡単な構造や警備体制ではないはずなのだけれども。
まあ私とルドルフが屋敷にいる限り万が一の事態は起こり得ない。
「さーて、このことを報告してお館様に褒めてもらわなければ!」
私はフーリューを引きずりながら意気揚々とお風呂の扉を開けた。
「あっ!」
「あ」
数人の侍女とばったり目が合った。
「いましたぁああああああああああああ!!!」
「忘れてたぁああああああああああああ!!!」
そうです、私は今逃走中の身でした。ファッキン。
くそぅ、応援を呼ばれてしまいました。このままでは挟み撃ちに……
はっ! 閃いた! 私に良い考えがある!
「動かないで! この娘がどうなってもいいんですか!?」
「え?」
「なっ!?」
フーリュー人質作戦。フーリューを引っ立ててその首筋にナイフを突き付ける。
まあ刃は潰してあるんですけど。
あとフーリューの何言ってんだこいつって目が痛い。
「卑怯ですよお嬢様!」
「え?」
「新入りの娘を人質にするなんて!」
「その娘を離してください!」
「はっはー! こんな良い人質手放すわけないでしょう! おらっ! さっさとそこを退きなさい!」
「くっ……汚い! さすがお嬢様汚い!」
「ちょっとそれ私の身なりが汚いって言ってるように聞こえるのでやめてくださいよ!」
「だから私たちが綺麗にしてあげますって言ってるんです!」
「え?」
呆けた顔で蚊帳の外のフーリューさん。まあそうですよね。
これが我が家のノリです。慣れるまで大変だと思う。
いやねー、馬鹿騒ぎしてる時は冷静に考えちゃ駄目っていう家訓があってですねー、みんな全力で茶番を演じるんですよー。楽しいよね。
実際人質とか何の意味もないんですけど、敵だし。でもこう、ノリで。
ね?
「お嬢様! 今日という今日は許しませんよ!」
「げぇ! オリヴィエ!」
むむむ、後方から冗談とノリが通じない侍女長が来ましたか。
しかし時すでに遅し、前方の道は開けた。
「然らばドロン!」
ニンジャ七つ道具の一つ、煙幕玉を三つ地面に叩きつける。
換気が大変だし、騒ぎは大きくなるし、逃げの一手だからあまり好きではないのだけれど、背に腹は代えられない。
「あっまた──」
「けほっ! こほっ! げほっ!」
催涙玉じゃないだけ感謝してほしい。
煙幕が廊下に広がるのを待って、クラウチングスタートで前に駆け出す。
「あっ、そこのフーリューは帝国の間者だから捕まえておいてください!」
「え、嘘!?」
「ほんと!」
煙に紛れて侍女の包囲を突破するついでに、最低限の報告も忘れない。
逃がしちゃだめだよ。だから追っかけてこないで。
「サクラお嬢様――――!」
「じゃあねーオリヴィエー!」
廊下を右に曲がれば突き当りに回転扉がある。そこに入れば中の構造を知っているのは屋敷猫たちだけ(ルドルフは知ってそうだけど)。
時間が稼げる!
このまま
全速力で
突っ切れば
逃げきれ──
あれ
なんか
世界が
ゆっくり
あ、これ
なんか
やば──
(このまま走り抜けると死ぬ!)
膝を曲げ足首を伸ばし、上半身を全力で後ろに反らして体を折りたたむ。
その体勢で勢いのまま膝でスライディング。
すると、目の前を轟音を伴って何かが通過した。何かが。
え、たぶん、鉄の塊。
「神、回、避……!」
あっぶな! 絶対ハンスだ! 見えないけど絶対ハンスだ!
「殺す気ですかハンス!?」
煙の中のシルエットに怒鳴る。ハンスはオリヴィエと違って意外にもノリは良いけど悪ノリが過ぎる。
主であっても平気で海に蹴落とすような性格。
「大丈夫ですよサクラ様、痛いだけで済むように加減してあります故に」
「できますかそんなこと!」
どこの達人ですか。……達人だった。そっか。
「本音は?」
「一度死なねば分らんようだな、と」
「殺す気じゃないですか!?」
「サクラ様、世界には半殺しという素晴らしい文化があってですね」
「クソ野郎!」
怒号と共に煙の向こうの影に向かって苦無を二本続けて空を切り裂くように投げつける。
どうせ弾かれるのだろう、どうせ。これだからチートは。
そしてこれ以上、歩く慇懃無礼の相手なんかしていられない、私は部屋に帰らせてもらう。
即座に背を向けて全力ダッシュ。
後ろから金属と金属がぶつかり合う音が二つ鳴ったが、無視する。
「逃がさん!」
「ひぃっ!」
極上の殺気を感じてその場でしゃがみ込むとまたも頭上を何かが──ていうか剣ですね──通過、そのままの勢いで壁に突き刺さった。
……って、真剣じゃないですか馬鹿ですかあなた! 本当に信じられない、仮にも主に向かって騎士が剣を投げつけるとか。
知ってます? ニンジャって斬ると死ぬんですよ?
くそぅ悪ノリ不良爺め、だからまだ独身なのだ。
「ちっ、外れたか……」
「はーん! 二撃で仕留められなかったそちらの負けです! 最強(笑)!」
「はっ、騎士を剣だけと見縊るのは感心せんなぁ……」
なにかスイッチが入る音がした。くっ、煽りすぎましたか。
私は立ち上がってすぐに駆け出す。ハンスは足が速い、流石に老いた今では私ほどではないがスピードに乗り切る前の10mなら同格かそれ以上。
まあ、だけど。
「ぬぅ!?」
影──ハンスの動きが止まる。
先ほどまで私がいた場所、だってそこには──
「やーい鳥もちに引っかかってやんの、ざまぁあそばせ!」
「やってくれる……」
ハンスのビキビキと青筋を立てた苦々しい顔が目に浮かぶようだ。
これぞ秘策、ニンジャ七つ道具が一つ自家製高性能鳥もち。小動物だけでなく人間も地面に拘束可能の優れもの。
ハンスなら力入れて「ふんぬぅ!」ってすれば多分抜け出せるけれど、その数秒が命取りとなる。
その隙に回転扉へと突っ込み、猫のようにダイブして中へと入る。
ちなみに回転扉は壁の2mの高さから上方50cmの部分だけ回転するので鈍重な騎士鎧では入れない。
「ふぅ……」
少し進んだところで一息をつく。
いわゆる抜け道であるこの場所は、狭く入り組んでいるので事前に地理が頭に入っていないとほぼ確実に迷う迷宮のような作り。
追手が来たとしても偶然出くわす確率は低い。
「息苦しいから早く出たいんですが……リーたちがいないとなると厳しいですね」
前の喧嘩の時はリーがこっそり屋敷の状況を伝えてくれたり、食料を差し入れてくれたりしてくれたのだが、今は独りぼっちだ。
こんなことなら数人の屋敷猫を野良鼠に配置転換しておくんじゃなかったなと、後悔してしまう。
寂しい。
「あっ、マドレーヌめちゃくちゃ美味しいですねこれ」
ハッピー。
腰掛けて持ってきたマドレーヌを一個だけ食べる。あとはゆっくりホットミルクと楽しみたいので保存。
その後、足をぶらぶらさせながら今後について考える。
「あーどうしましょっかなー」
誕生日パーティーには行きたくないけれど今回ばかりは詰んでいる気がする。
兄上も本気のようだし、空腹にも不眠にもそこそこ耐えられるが辛いので基本的にやだ。
根気比べでは敗北必至だ。だからといってこのまま投降するのも癪。
「見つけたぞサクラ!」
「ニ“ャ”ーーーー!? 兄上ぇ!? 何故ここに!?」
暗闇から突如として現れるは我が兄ジョー・アブソルート。
普段は屋敷にいない兄上がこの場所を自由に動き回るなどできないはずなのに、というか捕獲作戦は使用人たちに任せてあぐらをかいてたくせに。
思わず変な声出ちゃったじゃないですか!
「ルドルフから教えてもらったんだよ!」
畜生、完璧執事め。まだ地図渡してなかったのになぜ把握しているのだろう。
しかし、どうしましょう。煙幕なし、鳥もちなし、武器もほとんど使い果たしてしまった上に兄上と反対方向は屋敷の大広間に繋がる道、待ち受ける大軍は想像に難くない。
追い詰められましたか……
「なんでそんなに誕生日パーティーに行かせたがるんですか!?」
「王命だっつってんだろ!?」
「どうせただの社交辞令ですー! 真に受けないでください恥ずかしい! どうしてもって言うなら令状持ってきてくださいよ令状! 任意なら行きませんからね!」
「そんなあーだこーだ理由つけて逃げてるから友達がいないんだお前は!」
「友達ぐらいいますー! 馬鹿にしないでくださいー! 侍女の皆とは仲良しですし、下町のサナちゃんなんか大親友なんですからね!」
侍女には獲物を狙う鷹のような眼で追いかけられてるけど。
「貴族の友達の数言ってみろや!」
「なんですか平民との友情なんてごみだとでも言うのですか!? 最低! この差別主義者!」
「話をすり替えるな馬鹿! 俺だって平民の友達ぐらい沢山おるわ!」
「じゃあ『友情に身分の違いなんて関係ないね』でこの話は終わりでいいじゃないですか!」
「そういう事じゃねーーーーーーーー!!!!!」
絶叫。そして沈黙が訪れる。
二人とも肩で息をしている状態だが、依然として議論は平行線、交わることはどちらかが折れることのない以上はありえない。
「力ずくで連れていくしかないようだな……」
「それは私のセリフです……」
剣を構える兄上に対し私は徒手、不利は否めない。
「怪我する前に降参しろよ?」
「はっ! 兄上、私はハンスと戦って三分保ちますよ?」
「え、まじ?」
みんなの強さのバロメーター「ハンスと何分戦っていられるか」
ちなみにトップがルドルフの二時間。二位が侯爵家騎士団副団長の二十分。
続いてウィリアム兄上が五分で私が三分、トーマスは一分半と言っていた。リーは一分保たないぐらいで、他の屋敷猫はそれ以下。
兄上は屋敷を出る前は三十秒だった。
「ふふふふふ……」
「ちっ……」
心理的に優位に立つ。とはいえ迂闊には動けない。
バランス型の兄上だが、王立学院首席は伊達ではない。あれから技量も上がっているだろうし、武器の有無は大きく戦況を左右する。
緊張感が高まる。
「隙あり!」
「ぐあっ!?」
「え?」
唐突に兄上の後ろから何者かが飛び膝蹴りをぶち当てた。
「お嬢様! こっちです!」
「メーテル! なぜあなたが!」
その正体はメーテルだった。
主の背中に飛び膝蹴りしてから足で踏み付けにしているこの構図って完全に不敬だけどいいのかな。まあいいやメーテルだし。
「てめぇ新入り! 裏切ったのか!?」
「えー? わたしぃ、前職がスパイでしたからぁ……ごめーんねっ☆」
メーテルはそうしてペロっと小さく舌を出しながら、右手で軽く小突き、満面の笑顔で「テヘッ☆」と言った。
すごい、イラっとする。
部屋の中の衛生害虫ぐらいむかつく。
「すげぇむかつくんだが」
「同意です。兄上、剣貸してください、あれ斬りたいので」
「ヘイパス」
兄上は何の逡巡もなく持っていた剣をこちらに滑らせた。
「ナイスパス」
パーフェクトコミュニケーション。
さあ、うざい子はいねーがー。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぅ……わたしぃお嬢様のこと助けに来たのにぃ……!」
「あなたに助けられるほど私は落ちぶれてはいません」
「なんでぇ!? さっきまでピンチだったじゃないですかぁ!」
「その微妙に語尾を伸ばすキャラ付けがもうイラッとします」
「理不尽!」
「………まあ、今は状況が状況ですから不問としましょう。メーテル、兄上を縛り上げてください、緩くでいいですよ。あと兄上、剣、借りますね?」
「あっ、お前! 最初からそれが狙いか!」
「ふふふ……正面戦闘は嫌いなんです」
さーて、逃げますか。
・投稿開始時に設定をあんま練ってなかったから登場人物の偏差値が予定より15ぐらい下がってる気がします。
・落とし穴は温度と清潔さがよく管理されているので、山芋も入れ替えると同時に屋敷の使用人みんなで食べてます。牢屋にいるがガルブレイスくんとシュナイダーくんは三食山芋ご飯です。
・次で捕まります。
・Fから始まる大人気スマホゲームで忙しくなる予定なので投稿が遅れるかもしれません。