家族会議 1
・おひさ
ハローやぁやぁ皆の衆。
ご無沙汰しております、アレクサンダー・アブソルート侯爵です。
今日はね、久しぶりに一家全員が集まってなおかつ全員が暇という奇跡的な日なのでね。
我が家は今、家族会議をしております。
「で、なにか言い訳はあるかよ?」
「ぐぬぬ……」
呆れ顔のジョー、渋い顔のサクラ。
読書中のピーターに眠そうなウィリアム。
ニコニコなフローラに加えて、どうしてこんなことになったんだろうねのワシ。
どうしてこんなことになったんだろ──いやいや、現実逃避は良くないね。
原因と結果は今回かなり明確。そう、それは今日の未明の事。
王都から送られてきた一通の封筒、偶然それを配達人から受け取った朝帰りのサクラ。
差出人を確認するとそこには王立学院の朱印、一瞬で全てを察し焼却炉に急ぐサクラ、立ち塞がるルドルフのディフェンス、白熱する攻防、あくびをするチーちゃん、そこに通りすがる朝の散歩中のフローラ、終戦。
というわけでね、家族会議並びに弾劾裁判が開催される運びとなりました。
裁判長:ワシ
被告人:サクラ
検察側:ジョー
弁護側:ピーター
傍聴席:ウィリアム&フローラ
「学校に行きたくないからって即断即決で父上宛の書類を燃やそうとする奴があるかよ」
「だって……行きたくないですし……」
「行きたくないっつってもな、15の歳に学園に入学するのは貴族の義務だ。基本的に体調面の問題があった場合を除いて例外は存在しない。三年間座学の成績が最底辺だったウィリアムだってちゃんと卒業してんだぞ」
「むぅ……」
「なんで俺さりげに斬りつけられたん?」
自分が悪い事をした自覚はあるのか、サクラは反論をするでもなくずっと低く唸っている。
さすがにねー、ワシもねー、自分宛ての書類が燃やされかけて「まあそういう気分のときもあるよね、問題ナッシン」とか言うのは立場的にも親としても許されないと思うから助けてあげられない。ルドルフが怒るし。
しかしそんな妹を見かねたのか、弁護人ピーターがふむと本を閉じる。
「それは異議ありだね。学園への入学は暗黙の了解であって義務ではない。拒否したところでそれを罰する法も存在しない」
「にゃんと!?」
これは本当。
「ほぼほぼ義務みたいなもんだろうが。学院はなにも勉強するためだけの場所じゃない、学院での交友関係はそのまま社交界の勢力図にも引き継がれる。ただでさえ過去のやらかしで我が家は好感度が低いんだ、不文律を積極的に破る理由がない」
「にゃんと……」
これも本当。
「言わせとけば良いんじゃない? 陛下には恩を売ったばかりだし、どうせなにやったって西側とは当分仲良くなれないよ。むしろサクラを送り込んだら余計関係がこじれると思うけど」
「既に嫌われてるところと無理に仲良くしろとは言わないが、中立の良識派の心象を下げるのは得策じゃねぇな。ただでさえお前が留学でいなかった分も合わせて、二連続の辞退になるんだからな」
「それはほら、それこそ僕は体調に問題があったわけだし。入学式でもちゃんと公衆の目前で血を吐いておいたから、みんな納得してくれてるんじゃないかな」
懐かしい思い出。家族は気が気じゃなかったけどねあのとき!
すぐにピーターを家に連れ帰って、医者を呼んで、無理みが深いと言われたので右往左往して治療法を探して。
海向こうのシマヅさんの領地に良い温泉があるからそこで湯治をすると良いんじゃないかと聞いたので、昔の伝手を辿ってピーターを留学という形で送り込むのには結構苦労した。
入学初日に退学した形になったわけだしね。
まあシマヅはシマヅでやばいところだったのはまた別のお話。
「それに最近は東側だけで色々と回せるようになってきたんでしょ? そりゃこの前で少し後退したのは分かるけど、なんだったらシマヅの方で融通してもらっても良い。過去はどうあれ今は何も悪い事はしてないんだ、こっちから西側のご機嫌取りをするべきとは思わないね。この程度で下がる心象なら、最初からその程度の良識しか持ってないんだよ」
「……お前、結構好戦的になったよな」
「住んでる場所が場所なもんで」
ちなみにピーターは来年度からシマヅに完全移籍の予定。
少し寂しいけどめでたいね。シマヅさんもシマヅさんで昨年「オートモ」とかいライバルを倒して「キューシュー」の覇者になったそうだよ、次は「モーリー」とかいうのと戦うって言ってた。頑張ってほしいものだね。
「よしんば義務じゃなかったとしてもだ。正当な理由もなく『ただ行きたくないから』って我が儘で我が家に不利益がもたらされる可能性を黙って見過ごす気にはならねぇな」
「可愛い妹が幸福な人生を歩めるというかつてないメリットが──」
「黙れ駄妹、被告人の発言は許可してないぞ」
「駄妹!?」
「そこなんだよねぇ、望まぬ婚姻とかならまだしも登校拒否だし。別に精神を病んでるわけでもないんだよねこの謎の生物」
「謎の生物!?」
兄二人の散々な言い様に目を丸くするサクラ。
でも正直ワシも二人のチョットワカル。
「でもさ、逆にデメリットを上回るメリットがあれば良いわけだ」
「む……まあ、そうなるか」
「それで、この場合のデメリットはそこまで大きいものじゃないし、ぶっちゃけサクラが学院に入ったところで得られる利益はそう多くないってのは深く考えるまでもないでしょ?」
「そりゃあ、な……」
「あれ、私ディスられてます?」
「そんなことないよ。人には適材適所があるって話、それじゃあサクラ、続きをどうぞ」
「え、私ですか?」
「そりゃあ権利を勝ち取りたいなら自分で戦わなきゃ。今回はデメリット以上のメリットを兄さんに提示できればサクラの勝ち。書類を燃やそうとしたのはまあ、素直に怒られて」
「にゃるほどほてぷ! 完璧に理解しました!」
「理解とは一番ほど遠い単語が聞こえた気がする」
と、ここでピーターのナイスパス。
叱るべきところと話し合うべきところを分かりやすくまとめるファインプレー。
やっぱりね話し合いとか大切だからね、そういうの良いと思う。花丸。
「兄上!」
「なんだよ」
「今から兄上を論破します! 覚悟の準備をしておいてください!」
「こんな偉そうな被告人初めて見たな」
ワシも。可愛いね。
「私が学院に入学することはアブソルート侯爵家において多大な損失をもたらすということを兄上は分かっていないのです!」
「……その心は?」
「──だって……」
だって?
「だって私は天才だから!」
ジョ「自分で言いやがった」
ウィ「その発言が既に馬鹿」
「シャラップ!」
お口チャック、とりま一旦聞いてみようじゃないかい。
「兄上は今まで私がどれほどこの家に貢献してきたかをお忘れですか!?」
「過去の功績にあぐらをかいて腐敗したところを断罪された貴族みてぇな台詞だ」
「盗賊団も潰しました! 海賊団も追い払いました! 密売組織も取り締まりました! スパイも見つけて、暗殺者も撃退して、優秀なメイド兼諜報員をダース単位で育てて! 情報の精度と速さに関しては国内一! 舐め腐った態度の敵対組織の制圧や脅迫なんかはお手の物! これ以上何をしろって言うんですか!?」
ジョ「それ以上何もしないでほしい」
ピ「改めて聞くと頭がおかしい」
ウィ「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」
う~ん、どう育てるのが正解だったのでしょう。
まあ、今が間違いとは思わないけれど。
「私が学院に入ると言う事はこれが三年間失われると言う事ですよ!? それでも良いんですか!?」
「良くなきゃいけねぇんだよ。15の妹にいつまでもおんぶにだっこでいられるか」
「どうしてそうまともな倫理観をしているのです! 兄上はこれからあのナイトレイ伯爵家を引き継ぐ事になるんですよ!? 政情不安定で特に目立った資源や特産品もなく、アブソルート侯爵家以上に国中からの好感度最底辺のあのナイトレイ伯爵家です! もうちょっと使えるものは何でも使う! たとえそれが妹だろうが暖炉の薪みたいに雑に火中へ放り込むぐらいの気概を持ったらどうです!? 兄上なんてだいたいの能力が凡人の限界値ってだけの器用貧乏なんですよ!? そんなんでやっていけると思ってるんですか!? いっつも私より役に立ってないくせに!? いっつも私より役に立っていないくせに!?」
「お前もしかしなくても俺の事嫌いだろ!」
「おおむね大好き!」
「愛の鞭で一番気にしているところを抉っていくスタイル」
まともな倫理観をしてるところを怒られる人初めて見た。
「だけどそんな兄上に朗報です! 私の学院入学に反対するだけであら不思議! いつでもどこでも雑に使えるスーパーでハイパーでウルトラなニンジャが兄上の統治をサポートします! ──ちょーっと待ってください! しかも30分以内にご決断の場合、なんと追加で屋敷猫が全員ついてお値段そのまま! このチャンスを逃す手はありませんよ!」
「………………」
苦虫をすりつぶして粉状にしてから水に混ぜて飲んだかのような表情で無言になるジョー。
内心で揺れてるんだろうね、分かるよその気持ち。サクラがいるだけでなんかもう凄い楽、内政イージーモードったらありゃしない。欲しいよね、欲しい。領内統治の立ち上がりにサクラみたいなオールマイティな人材は本当に貴重。
「だからって……その、いや、やっぱり」
「兄上は何者ですか!? 次期ナイトレイ伯爵でしょう!? 兄上には領民を守る使命があるはずです! 最善を尽くす義務があるはずです! 兄上の体に流れる青い血が、そうあれかしと叫んでいるのです! そして私も貴族の端くれ、民を守るためなら私は喜んでこの身を捧げましょう! ノブレスオブリージュが求めるところに、私は殉じる覚悟が既にあるのです! 兄上にその覚悟はないのですか!? その程度の覚悟で約束されていたアブソルート侯爵の座を捨てたとは言いますまいな!?」
「……むぅ」
最初と一転して立場が逆になってる気がする。
と言うかなんでジョーが怒られてんだろうね。
ピ「これ何の話だっけ?」
ア「サクラが学校に行きたくないって話」
ウィ「詭弁ここに極まれり」
ほとんど勢いで押してるだけな気もするけど。
「たった一言で良いのです、私に力を貸せと言うだけで! 私は兄上に完璧な領地経営を約束しましょう!」
「………………」
「だって私は天才だから!」
ウィ「二回言ったぞ」
ピ「自己肯定感の擬人化」
・疲れたので二回に分けます。




