お屋敷改造日記
・これも没ったらしき特典用SS
~本編開始以前のある日~
ジョー・アブソルートは悩んでいる。それはもう悩んでいる。
原因はリビングルームの机の上に置かれた一冊のノート。筆跡から妹の物だと推測される。
タイトルは『お屋敷改造日記』。
「………………」
もちろんこれがただの日記だったのであれば悩みはしない。
家族とはいえプライバシーの保護は重要、そのまま中身を見ずに妹に忘れ物の存在を伝えて終わりだ。
だが今回の場合は日記の前にお屋敷改造の文字が付いている。まず間違いなくこの屋敷のことだろう、そしてそれを改造しているとノートは言っている。
だがそんな話は聞いたことがないし、父上からも伝えられてはいない。ルドルフなら知っていそうだがあれはあれでサクラに甘いところがある。
プライバシーと屋敷の平穏を天秤に乗せてひとしきり悩んだ後、俺はそっとノートの最初のページを開いた。
***
7月12日 (月) 晴れ
屋敷で作業していると、皆が私に聞きます。
お嬢様、なぜそのようなことをするのですか、と。
今度はDIYがブームなのですか、と。
私はなにも答えない。皆にはわからないからです。
私がなぜ造るのか。私は浪漫のために造る。
そう、ただそれだけのこと。
新しい一週間が始まります、今日は月曜日です。
「またなんか変な本に影響されたなこいつ」
とはいえ一から造るわけではありません。屋敷という既に完成された素体に手を入れる以上、元々の機能を損なえば職人への侮辱に当たるでしょう。『家』であることを忘れてしまえばそれは本末転倒です。
なので改造は必要最小限、スマートに熟さねばなりません。
「妹が自重という言葉を知っていて本当に良かった」
とりあえず絶対に必要なのは致死性の罠でしょう。つまりネズミ捕りです。
「知ってた。知らないということを知ってた」
まず父上の執務室に続く通路に踏むと下から槍が飛び出してくる床を設置します。
「まずでそんな物騒なもん設置すんな」
おそらく手練れのネズミであれば即座に上に回避することでしょう。なのでそこを狙って射出されるように弓矢を設定。これも弾かれることを想定して着地点に糸を張って足を搦め捕り、連鎖的に天井の一部を崩落させ質量で圧し潰します。
「悪質」
しかし素早いネズミならそれすらも避けるかもしれません。ですがネズミは前方への脱出を強いられるので、そこに腰の高さで長剣を横薙ぎさせます。すると床に伏せるか体を後ろに反らすかしか回避の手段はありませんので、足が止まることになるでしょう。
そこに本命、天井から矢の雨を降らせます。
「陰湿」
とはいえ、当たり所によっては矢傷では致命の一撃とは言えません。ならばそこに、下からせり上がっては弧を描いて勢い良く振り下ろされる斧を足してみてはとリーに言われたのでそうしました。それさえも左右に避けられた時のため、海面から見えるサメの背ビレのような刃が通路を横断するギミックも追加しようという意見がヘイリーから出たのでその案も採用。
三つほど設置。
「どこまでも執拗」
おそらくこれで九割方のネズミはこの時点でネコの餌に成り果てたことでしょう。
そしてそれすらも潜り抜けた勇者には満を持して前後の壁の内部に隠されたバリスタから放たれるジャベリンの一刺しを──
***
「もうええわ」
そう言って俺はノートを閉じた。どうもありがとうございましたって感じである。十二歳の妹がこんなもん造っていたなんて知りたくなかった。
衝撃と落胆、そして呆れ。だがすぐさま次に湧き上がってくるのは恐怖だ。怪談を聴いた日の夜のように、なにか自分の家がとても恐ろしいものに思えてきて仕方がない。
昼のリビングはこんなにも明るいのに、俺の視界は一寸先が闇。
「………………」
零れ出る冷や汗に急かされるように、俺はもう一度ノートの続きを開いた。
***
7月13日 (火) くもり
秒速でルドルフに怒られた。いつか絶対父上が間違えて踏むからすぐにやめるようにとのこと。ぶっちゃけ私も薄々そう思っていたので罠の起動は自動ではなく手動にすることにしました。
これで良し。今日も元気にゼロ災で行きましょう。ご安全に。
「良かった、本当に良かった」
しかしそれはそれとして、今日も新しい罠を設置しました。
この世で最もポピュラーでチープな罠、落とし穴です。
「なんだ、子供っぽいのも造ってんだな」
しかし落とし穴も意外と奥が深いらしく、その中身を決める議論は白熱を極めたのです。
「……ん?」
最初に挙げられたのは剣山でした。確かにシンプルで殺傷力が高いので有力ではありましたが、芸術点が低いので没。
その次が中を大量の蛇の巣にするという案でしたが、流石に蛇さんが可哀想なのでパス。
「さすがにそれは落とされる相手の方が可哀想だと俺は思う」
黒いアレを敷き詰めるという意見もありましたが私が生理的に無理なので却下。
そうだ、発酵させた塩漬けのニシンなど良いのではないかと試しに街で買ってみたものの、ルドルフに
「絶対にそれを持って屋敷に入るな」と厳命されたので諦めました。
まあ、うん、私もそう思う。
「俺もそう思う」
ということで硫酸にしました。
「どういうことで???」
しかし運搬や管理の手間を考えるとぶっちゃけかなり厳しく、ルドルフの意見もあって硫酸は一回限り。その後はなんかクロエに秘策があるそうなので任せることにして一旦解散。
穴掘って疲れたので今日は終わり。閉廷‼
7月14日 (水) 雨
山芋──
***
「………………ひっでぇ」
なにがひどいって、最後まで罠たっぷり。このリビング、もっと言えば俺の今座っているソファにすらギミックが仕掛けてある。とんだ絡繰り屋敷の完成だ。
これは正式に一度屋敷内の図面を提出させる必要があるだろう。というか王都に移ってから今はほとんど使っていないとはいえ俺の部屋まで屋根裏を改造しているのは看過できない。
最初に家族間でもプライバシーが大事とか言ってた俺の思いやりを返せ。
「……ったく、しょうがねぇな」
とりあえず軽く説教、そしてこんなものをリビングに放置するわけにもいかんので持って行ってやるために俺は部屋を出た。
「……いや、うん、でも、山芋はねぇわ」
次回予告
・アブソルート侯爵家家族会議
・学校なんて行きたくないでござる!
・だって私は天才だから──!
の一本でお送りしたいと思います。




