お嬢様、どうかニンジャはおやめください!
・ごきげんな最終回をくらえ!
どーもみなさんこんにちは。元気?
最近めっきり出番がなくて寂しいアレクサンダー・アブソルートくんです。
なんかもうずっと空気だった気がするよね、気のせい?
そりゃあずっと地味な仕事ばっかりで、ワシの周りで何かドラマがあったわけじゃないけどさ、子供たちが各々八面六臂の大活躍を見せているってのにこの蚊帳の外って感じ、かなしみ。
いやどっちかと言うと蚊帳の内に一人って気もするけど、まあ出番がどうとかは一旦置いといてさ、久しぶりにワシの悩みを聞いて欲しい。
『あーはいはい、娘の悩みね、完全に理解したわ』
と、賢明なる紳士淑女諸君は思われることだろう。
お察しの通り、今回もサクラに関する悩みではないと言えばそれは嘘になる。
なんかもうワシの人生における恒久的命題みたいなとこあるしね、正直死ぬまで悩んでると思う。
特に最近は同じ悩みを抱える同士だったはずのジョーが「いいぞ、もっとやれ」派に鞍替えしちゃったし、ウィリアムは元々爆笑しながら見守ってるタイプで、ピーターに至っては海向こうから帰って来てから「あれぐらいカワイイもんですよ……」と遠い目をするようになっていた。
侍女の皆はいつだってサクラ全肯定だし、ハンスとルドルフは半ば自分の弟子扱いしてるからむしろワシの悩みを加速させている元凶だったりする。
そしてサクラに対して最も影響力を持つフローラは一貫して「元気ならなんでもいいよ~」ってスタイル。ニコニコしながらそれを言われちゃ何も言えない。
唯一同士になれそうなのはトーマスだけど、彼も彼で「護衛騎士として、お嬢様よりも強くなりたい」だけであって、そのお嬢様がニンジャであること自体には何の違和感も抱いていなかったりするんだよねー。健気。
家中の空気がもう「ニンジャ万歳」状態。
近頃はツッコミ入れると部屋全体が「え……?」って空気になること増えたしね……。
世界は変わってしまった、ワシの知らない世界に。
事ここに至ればワシも常識のパラダイムシフトを起こす必要があるのかもしれない。
そう……『十四歳の貴族の女の子がニンジャをやっているのは普通である』と……!
「…………ムリじゃんね?」
無理みが深い、ムリミフ海。そんなものはない。
いやさ、以前にも言ったけどワシだってニンジャが悪いとは思わないよ。今更やめろなんて言うつもりも無いし、本人の希望と適性を考えてもそれが最良の選択肢という考えも理解出来る。
ずっと安全な場所で普通の人生を送ってほしいなんてのは言うなれば親のエゴで、願うことは自由でも強制すべきものでもない。
だけど、善し悪しはこの際別にして現実社会の基準に即したときサクラは『普通ではない』のは純然たる事実。
どれだけ多様性が叫ばれる社会であっても、普通と呼ぶのは些か以上に厳しいだろう。
平均値からも中央値も程遠い、読んで字の如くの極端。
くり返すが、それが悪いことだとは思わない。
でも、でもね……いくら家庭内で相対的に見て異端だからって、このままワシまで考えるのをやめてしまえばこの屋敷からサクラに対する社会通念との折衝役がいなくなってしまう。
それは、それだけはできない。
だってサクラはまだ幼い。
頭の良い子ではあるけれど、きっと大人になる頃には一廉の人物へと大成するのだろうけど、どれほどの天才でも十四年間で得られる知識と経験には限界がある。
人生に刻まれるような苦汁を舐めたのも先日の件が最初で、挫折に至っては皆無だ。
もちろん辛い経験をしてほしいわけではないけど、それらの有無が今後の人生を大きく左右する場面が来る可能性もあるわけで。
例えるなら今のサクラは若い暴れ馬のようなもの。
速く、力強く、優秀。でも、一人突出した実力を持ち、その道においては妥協を厭う。
人の好き嫌いが激しく、認めない相手への気性は苛烈。
広い世界に出ればその性質を疎まれることもあるだろう、衝突することもあるだろう。
特に貴族の世界なんて勧善懲悪を是としていれば良い、なんて簡単な話もない。
重要なのはバランス。
和と言っても良いかもしれない。
だから手綱を握る、というのは少し傲慢かもしれないけれど。
せめて以前のジョーぐらい遠慮容赦なくツッコミを入れられる相手がいないと──
「お願いしますアレクサンダー殿……もう無理なんです……どうか、どうか……」
「も、もう二週間は寝てなくて……はっ、ははは……じゅ、じゅうまんぶ……アハハ……」
「──硬貨が、硬貨が見てるよォ! やだっ! やだッ! お母さまぁーーーー!!」
「落ち着いて、落ち着くのよ。大丈夫、お母さまがついていますからね……」
「侯爵ッ! 娘は、娘はもう限界なんだ! 今までの暴言や無礼は全て謝罪しよう! 金が必要なら幾らでも払うっ! だから……だからもう娘を解放してくれ!」
「羽虫……わたしはカトンボ……うふふ……」
──こうなる。
事の始まりは朝日の眩しい午前の七時。
朝起きるとね、屋敷のロビーに人だかりができていたんじゃよ。
侍女の皆に聞くとなんでも急な来客が集団で訪ねてきたらしくてね、その時はルドルフが対応していたからさ、なんだろうなー、怖いなーと寝ぼけ眼でボーっと見ていたんだけど……その中によく見ると、いたんですよ。
──アンダーソン伯爵が。
西方新興貴族の筆頭格でありアブソルートとは非常に仲の悪いアンダーソン伯爵家。
あれ、もしかしてワシ、なにかやっちゃいました? と思ったのも束の間、他の面々に視線を移した瞬間にガチのマジで背筋が凍る思いをしました。
そこにいたのは西方でもトップクラスの力を持つ大貴族、ウエストウッド公爵が奥方と御息女を連れていたっていうね。
そしてさらには王城に詰めているはずの財務副大臣や、近衛第三騎士団長。
領内からもエトピリカ商会長や、関係のあまり良くない豪族・地主の方々など合計で十数名のとんでもないブルジョワな面子。
訪問予定なんて聞かされてなかったし公爵なんてワシよりも爵位が上だからね。
ぶっちゃけ一瞬これ人生詰んだかなと思ったんだけど、アンダーソン伯爵がワシを見つけるやすぐさま駆け寄って、それは見事なスライディング土下座。
すると他の人たちもそれに続いて……結局上記のような形になりました。
うん、これでもう理解してもらえたと思うんだけどさ。
ワシの悩みと言えばそれは娘の悩み、更に言えば『ニンジャ被害者の会』の対処法。
……どうしてこんなことになったんだろうね。わかんないや。
「こうしゃく……脱税した分はこれからちゃんと追加納税します……もう派閥も抜けます……領地に引き籠って静かに暮らします……だから……これ以上は、どうか……もう」
「出来心だったんです! ……甥の店が業績不振で、それで一回だけ……一回だけなんです! 本当です! だから……許してください……もう疲れたんです……もう二か月も不眠症なんです……」
「分かりました! もうアブソルートの強さは十分に分かったんです! 調子乗って舐めた態度とったことは謝りますから! だからもう勘弁してください! ……もう何百回も女の子に転がされて……体も心もボロボロなんです……」
あまりにも、あまりにも悲しい懺悔告解命乞い。
見る人が見れば政治の世界のパワーバランスが完全崩壊しそうなショッキングな光景だろう。
ぶっちゃけワシもベッドに入って忘れたい。二度寝は世界を救うと思う。
「あの、アンダーソン伯爵? これは一体──」
とはいえ、無視するわけにもいかないので、ワシが大概察しつつもとりあえず何があったかを伯爵に尋ねようとした時。
「おやかたさまーっ! 今日も新しいネズミが────あれ、誰ですこの人たち?」
彼らにとって最悪のタイミングで、サクラが朝のお掃除を終えて帰ってきた。
そこからはもう、阿鼻叫喚。
「アイエエエ!?」
「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
「お父様! お父様! ニンジャが私をつかんでくるの! ニンジャが私を苦しめるの!」
「落ち着くんだ娘よ、大丈夫だ、目を閉じていなさい」
「コワイ!」
「いやだっ! もう嫌だッ! 帰る……俺は田舎に帰るんだ!」
「あ……(気絶)」
「ゴボボーッ!」
「え、なんですか人の顔見ていきなり──って、ああ、貴様らか……」
『ひっ!?』
サクラは顔ぶれを見て覚えがあったのか小さく頷き、そのにこやかだった表情を瞬間冷凍させた。
見下すような、そんな視線。それを向けられると伯爵たちは蛇に睨まれた蛙よろしく石のようにピシッと固まる。
「おかえりサクラ、帰ってきたところ悪いんだけどちょっとだけ部屋に戻っててくれる?」
成果を上げて帰ってきたサクラには悪いけど、こんなに怯えられた状態じゃ会話にもならない。
「御意、お騒がせしました」
「ごめんね」
「いえいえ」
働き者で、努力家で、聞き分けもいい。
やっぱり本当によく出来た良い子、なんだけど……。
「……貴様ら、お館様に迷惑をかけたら潰すからな」
うん、いまそういうこと言わないで?
『アイエエエ……』
「ふん……それでは」
「うん、ゆっくり休んでね……」
ロビーの隅で団子状に固まって抱き合っている伯爵たちを尻目に、サクラは何事も無かったかのように口笛を吹きながら二階への自室へと戻って行った。
ちなみに今日のネズミさんは「あ、この顔知ってます、昔の同僚~」と言いながらメーテルが持って行きました。帝国産みたいね。
やがてバタンと、二階で扉の閉まる音がすると、少しの間を置いて伯爵たちがすごい勢いでワシに縋りついてくる。めっちゃこわい。
「こ、侯爵! 君も見ただろう今の! 我々は限界なんだ! だから……だからッ、頼む……どうか! どうか──」
そして涙目で、ちょっと情けない姿を憚ることなく、一心不乱に頭を下げながら心からの叫びを解き放つのだった。
そう──
『どうかニンジャはおやめください!』
──と。
ワシ、アレクサンダー・アブソルートは悩んでいる。
それはもう悩みに悩みまくっている。
帝国の暗殺者? 知らんよそんなの。
それは、全ての父親の魂の難題。
「娘の育て方、これからどうしよう……」
年頃の娘の扱い方がわかりません。
・これは証明だ、僕にも小説を完成させられるってね。
・ちなみに後日談はあります。
・あと評価ポイントください。
・約一年と十カ月、ありがとうございました。




