サクラ・アブソルートのお仕事 4
・最終回と言ったな、あれは嘘だ。
・一万字超えそうだったんで二分割することにしました。
・めんご。
どうも皆様こんばんは、サクラ・アブソルートです。
私は、サクラ・アブソルート。
私の名前は、可愛い可愛い、サクラ・アブソルートです。
え? よく自分で自分のこと可愛いって言えるなって?
はんっ、母上の娘である私が可愛くないわけないでしょう。
そんなことを言う人は拘束してお腹壊すまで牛乳飲ませた上で体中に蜂蜜塗りたくってからボートに乗っけて海に放り出しちゃいますよ、まったく……。
……とまあ、そんな物騒な冗談は置いといて、これからの話をしましょう。
前回述べたように、霊国に端を発した一連の事件は一応の決着を見せました。
しかし、これはとても悲しいことではありますが、政治の世界ってぇ奴ぁ為政者が最善を選択したところで「はいそうですか」と誰もが素直に従ってくれるほど甘くはないのでした。
自らが見出した宰相に裏切られ、一時的とはいえ王城を占拠されてしまった国王陛下は責任を追及されてしまい、賢王とまで称されたその求心力は暴落中。
アブソルートを始めとした東方貴族も、ナイトレイ・リットン両家の裏切りを見抜けずに陽平関を失陥、最終的には奪還に成功しましたが一度は王都を危険に晒したという負い目が発言力を下げています。
すると相対的に見て「失態の無かった」王国西方の貴族たちは、他が勝手に下がった分だけ影響力を増しつつあるのが現状で、王家や義姉上たちへの世間の風当たりは強くなっていると言えるでしょう。
最近にもなるとその傾向は特に顕著で、社交界ではもっぱら西方貴族が幅を利かせており、彼らの話題と言えば王家への不平不満や東方貴族への嫌味や陰口ばかり。
その権勢や専横は目に余るところがありますが、さりとて先の裁定において王家や東に譲歩してくれた形になる彼らに、あまり表立って文句を言えないのも確か。
とはいえ、このまま放置し続けても東西のパワーバランスの崩壊にも繋がる恐れがあり、黙って見過ごすわけにもいきません。
では、こんなとき私たちはどうすれば良いのでしょうか。
退くも地獄、進むも地獄。
皆様はどうお考えでしょう?
実際のところ、あまり難しく考えることはありません、答えはとっても単純だったりします。
そう、とてもシンプル。シンプルイズベスト。
ズバリそれは、面と向かってハッキリと「いじわるしないで!」と説得することにあります。
誠心誠意で話し合えばきっと相手も理解してくれるはずです。
たとえば今の私のように──
「アンダーソン伯爵、これなーんだ?」
「…………」
──ね。
アブソルート侯爵家とすごく仲の悪い西方派閥の一つ、その中核の一人であり新興貴族の筆頭格であるアンダーソン伯爵だって、伯爵家領の正しい会計帳簿を片手に笑顔で語り掛ければ真剣に耳を傾けてくれるのですよ。
ちなみに夜の電撃訪問、良い子はとっくに寝ている時間。
場所はアンダーソン伯爵家の邸宅、その執務室。私と伯爵の1on1です。
お屋敷の衛兵さんや使用人さんはみんな良い子揃いみたいですね、私としてもその健康への意識の高さに感心する次第であります。
「サクラ……アブソルート……」
「ええ、サクラ・アブソルートです。会うのは二度目でしょうか? 突然お邪魔してすみませんね、アンダーソン伯爵」
険しい顔の伯爵。時刻は深夜の一時ですから、やはりこの時間は眠いのかもしれません。
いやー、申し訳ない。
「一応、聞いておこう……どうやって入った?」
「玄関からです」
「……衛兵がいたはずだが」
「今は眠っていらっしゃいますよ」
「…………」
私がありのままを言うと、伯爵は頭痛を堪えるように目を閉じました。
寝不足でしょうか。
お肌が荒れてしまいますわ。なんちて。
「……あんな噂が、真実だとでも言うのか……」
「うわさ?」
え、なにそれ、私気になります。
「いや、こちらの話だ。……で、それは」
「アンダーソン伯爵家領の会計帳簿です。国の財務部に提出された書類はどうやら計算を間違えておられたようなので、差し出がましいようですが私の方で正しい物を用意しておきました」
私ってばなんて優しいのでしょう。
余所様の家の会計の間違いすら指摘できるなんて……優秀過ぎるのも困りものです。
しかし、そんな善行を積んだ私に対し伯爵は苦々しい顔で問います。
「どうやら本物らしい。……それを、何処から調達したか教えてもらえるだろうか?」
「内緒です」
そりゃあ守秘義務ってものがありますからね。
まあ調達先が守秘義務違反してるから私がこれ持ってるんですけど、私の口は目の前にお菓子がない限り鉄壁と呼んでも差し支えありません。
イエァ!
「………………何が望みだ」
しばしの沈黙の後、伯爵が私に問います。
「……なんのことでしょう」
「回りくどい話は無しだ、いいから望みを言え」
「なにもありませんよ」
「こんなことをしておいてか?」
「こんなことをしておいてです」
伯爵を顎で使おうなんてそんな……滅相もございません。
私はただ、高潔かつ品行方正と評判の伯爵に、そのイメージの通り、ありのまま過ごしてほしいだけなのですから。
「で、本当のところは?」
しつこいですね。
「ですからなにも。ええ、私は伯爵に何もしないでほしいのです」
「……君の兄と義姉の件か?」
「そうかもしれません」
そういえば先日、アンダーソン伯爵が中心となって形成している派閥に属するとある下級貴族が、とても口に出せないような品のない発言をしていたのを耳にしましたね。
その低俗な話題に伯爵が乗らないだけで、そこに意味はあるのです。
「もし私が君の意向に沿わない行動に出たら、どうする?」
「……ふむ」
不敵な表情を浮かべる伯爵。
まあこのお話合いが決裂して困るのは私とて同じですから、そりゃ牽制の道具にはなりますよね。
内心をおくびにも出さないその胆力も、やはりやり手のお貴族様という感じがします。
ですが──
「そうですね、もしそんなことがあれば」
ここは、笑顔で応えましょう。
冷や汗一つ垂らしちゃあ、怖かないんです。
「脱税の原因だという散財癖のある行き遅れ気味の御息女が二度と社交界に出られぬよう社会的に殺します」
「それだけはどうかおやめください」
「………………えっ」
それは、とても綺麗な、土下座でした。
「そ、そこまでしますぅ?」
仮にも伯爵の地位を持つ大の男──しかもダンディなオジサマとしてご令嬢たちに密かに人気──が十四歳の小娘に土下座して身動ぎ一つしない光景、シュール。
「お願いですからそれだけは勘弁してください、破産してしまいます」
「そんにゃにぃ?」
「そんにゃにぃ」
「うわきっしょ」
「申し訳ございません」
どんだけやべぇんですかアンダーソン伯爵令嬢。
確かに嗜好品の個人消費と考えるととんでもねぇ数字叩き出してますが、別に破産するほどでは……あれ、私まだなにか見落としてます?
正直伯爵令嬢に関しては兄上と同級生で、学生時代に義姉上に喧嘩売って返り討ちにあって引き籠るようになったってことぐらいしか知らないんですよね。
「そんなにやばいのですか」
「五年以内に出荷しなければ我が家は終わりです」
「出荷って言った!?」
出荷って言いましたよね?
自分の娘のこといま家畜扱いしませんでした!?
……いや、でもそういえば計算自体は合ってたからスルーしてたけど食費の項目がやべぇことになっていたような……。
「どうしてそんなになるまで放っておいて──」
「……妻が」
「あっ………」
暗い声で伯爵が呟いたその単語に全てを察してしまいました。
「……ま、まあ私も鬼ではありません。伯爵が大人しくしてくれるというのなら、この件もひとまず内密にしておきましょう」
「承知致しました、ありがとうございます」
「………………」
ここまで唯々諾々だと逆にやりにくいみたいなとこある。
「同じ派閥の人間が誹謗中傷を繰り返すようなら注意してくれると嬉しいです」
「私にお任せください」
あ、これ多分いまならなんでも言うこと聞くなこの人。
「では、最後にもう一つだけ。お仲間にお伝えしてほしいことが」
「なんなりとお申し付けください、お嬢様」
「………………」
調子狂うなこれ。
まあいいです。
──言伝は端的に、わかりやすく。
『兄の恋路を邪魔する奴は、私が殴って蹴り飛ばす』
馬なんて目じゃない程に、かっ飛ばして見せましょう。
「………………」
「それだけです、確かに伝えましたからね」
「……わかり、ました」
「では、私はこれで。衛兵の方々は三十分もすれば起きると思うので安心してください」
「はい……」
ということでドロンです。
いやぁ、平和的解決。話し合いによる相互理解って素晴らしいですね、文明的だぁ。
やっぱり世界はラブ&ピース。
***
後日。
アンダーソン伯爵が頑張ったのかそれ以外の要因があったのかは知りませんが、とかく社交界において王家や東に表立って悪態をつく西の人間はめっきりと見なくなりました。
が、依然として良くない噂話や陰口までもがなくなることはなく、既に出来上がった空気を変えるというのは中々に難しい。
仕方がないので嫌々ながら私も社交界の片隅から草の根運動で地道に変えていきましょう。
「しかし、相変わらず空気が悪いですね、ここは」
ということで十四歳にもなったことですし、大きなパーチーとかにはそれなりに参加するようになった私なのですが、社交界は雰囲気という意味でも清濁という意味でも空気が悪い。
おうちかえりたい──とは思いつつも、やることがあるので帰れないんですよね。
ええ、たとえば──
『まったく陛下の弱腰な対応には困ったものだ──』
『これだから戦争しか能の無い東の奴らは野蛮で──』
『アブソルートの小僧もナイトレイ小娘も、恥というものを知らんのか──』
──みたいな話をパーチー会場でしている輩がいるとしましょう。
まだ隅でコソッとやってくれれば良いのですが、ギリギリ周りに聞こえるような音量なわけですよ。これはもうわざとらしい。
しかし東側はそれに対し強く言えないし、あまり強く否定もできない。
こんなとき、どうすればいいのでしょう?
実はこれもそう難しくはありません。
なにせ種は既に、蒔いてあるのですから。
まずは輩の家と名前を確認。
次に私が招かれるのは基本的に子供向けのパーチーですから、必然彼らは自らの子息令嬢と共に来ているはずなので、その中でもご令嬢が会場の何処にいるかを把握します。
そして手元に硬貨を数枚用意。
事前の準備はそれだけです。
あとは硬貨を、陰口を叩いている貴族、その娘たち下へと転がしたり、すれ違いざまに落としたり、近くにテーブルの上にこっそりと置いたりするだけです。
ね、簡単でしょ?
『ひっ!?』
会場の各地で上がる、小さく短い悲鳴。
するとどうでしょう、あら不思議。
ご令嬢たちは父親たちにシュババっと駆け寄って必死の形相で訴えるのです。まるで恐ろしい魔王に追い立てられる幼子のように、お父さん、お父さんと。
『まあお父様! なんてことを言うの! 国王陛下はとても立派な方よ──』
『そんなことありませんわ! 見てくださいこの綺麗なブローチ、先日アブソルートの方から取り寄せたものなのですよ──』
『良いではありませんか! 家の都合で引き裂かれた二人が、数々の苦難を乗り越えて結ばれるなんてとてもロマンチックで素敵──』
──ってね?
え? 話してる内容と令嬢たちの表情が合ってない?
う~ん、不思議ですね。世界は不思議でいっぱいです。
そして可愛い愛娘から陰口を非難された父親たちは気まずくなって行いを改め、社交界はまた少し平和になるのでした。
めでたしめでたし。
協力してくれたご令嬢たちにはお礼としてこれで美味しいものでも食べてくださいという気持ちを込めて、硬貨を追加してみました。
今度はドレスの隙間やポケットにそっと挿し込んだり、気付かれないうちにさりげなく手に握らせたりと、ニンジャらしく早業を披露。
『ひぃいいいいいいいいい!?』
泣くほど嬉しかったみたいです。喜んでもらえたようでなにより。
ちなみに硬貨を扱う時は令嬢たちに姿を見せたり見せなかったりと不規則性を持たせておくと効果的ですよ。
フフフフフ……。
***
これまた後日。
そんな地道な努力を重ねていると、段々と社交界には東西を分断するような波風はあまり立たなくなりました。
西の人たちはなぜか異様に周囲を気にするようになり、随分と大人しくなったものです。
いやー、平和。
平和が一番。
というわけで、次。
今度は何をするかと言うと、相手はそう、国民感情です。
世論と言った方がわかりやすいかもしれません。
ある程度の情報操作は行われているとはいえ、ナイトレイとリットンの両家が裏切り王国を危険に晒したという事実は隠せるものではなく、一般国民は多かれ少なかれ、義姉上ら旧霊国の生き残りたちへ悪感情を抱いています。
当然ながら、これは望ましい状況ではありません。
悪感情はやがて嫌悪に変わり、軋轢を生み、そして差別へと姿を変えるでしょう。
また、同じようなことを繰り返すわけにはいかないのです。
「そこでエトピリカ商会の皆様にはお願いしたいことがあるのですよ」
「な、なんでしょう……?」
ということでやって来たのはエトピリカ商会本部。交渉相手は冴えない髭面の商会長です。
エトピリカ商会とはなんぞやという人に少し解説すると、第一話で言ってたアブソルート侯爵家領で麻薬がどうのこうのとかいう大変舐めたことしてくれやがった商会のことでありますね。
しばき倒したあと完全に潰しても良かったのですがそれなりの規模のそこそこの老舗で、ちょっと急に無くなるとなれば関係各所が可哀想だし勿体ないしで、とりあえず首を挿げ替えてから生かさず殺さず制御下に置いたりしていたのです。
あとはリッキー・ランバルトゥールくんを嵌める時に利用したりもしましたね。
リッキー・ランバルトゥールとはなんぞやという人は、まあ別にアレはどうでもいいので忘れてください。二度と出ませんので。
「そちらの商会では、以前本も取り扱っていましたよね?」
「え、ええ、確かに」
「その経験を活かして売ってもらいたい本があるのですよ。これなんですが──
ここで取り出すのはサツキお義姉ちゃんからお借りした皇国で話題の「路美夫と樹莉江と」という恋愛小説です。
内容としては敵対する二つの家に生まれた路美夫と樹莉江が大恋愛の末にすれ違い、結局お互い死ぬ感じの話です。らしいです。私は読んでないので知りませんが、代わりに読んでくれたリーとヘイリーが号泣してたので多分とても悲しい悲劇なのでしょう。
「これを、私たちに売れと?」
「そうです。ただし、アブソルート侯爵家領での話ではありません、王国全土で売ります。そして目指すはベストセラー。今まで培ったノウハウ、築き上げた人脈の数々、全てを動員してこの本を国中に行き渡らせることに全力を注ぎなさい」
全力、そう全力です。
商会に残ったほぼ全てのリソースをこの事業に注ぎ込んでもらいます。
まさに国を揺るがす一大プロジェクトですね。
「あの……もし売れなかったら……?」
「潔く商会ごと潰れたらよろしい」
「そんな殺生な──!?」
「シャラップ、立場を考えなさい。そも麻薬の密輸・製造・所持・売買、どれを取っても即席裁判で即日死罪レベルの重罪であったことを忘れているようですね? あなた方に拒否権はありません。売るか、死ぬかです」
市場に流通する直前で止めたからよいものを、もし一般市民の手に流れていたら確実に死罪でしたでしょうね。
商会長は渋面を作りましたが言い返す言葉もなく。
「……はい」
と、がっくりと頷きました。
「よろしい。不安になる気持ちは理解できますが、安心してください、内容のクオリティは保証しましょう。もちろん侯爵家でも相応の支援を約束します。……それに、成功の暁にはエトピリカ商会を侯爵家御用達に戻してあげることを考えることもやぶさかではありません」
「ほっ、本当ですか!?」
パッと顔を上げて目を輝かせる商会長。
「ええ、本当です」
それに私はニッコリと笑顔で答えます。
本当に、考えることもやぶさかではありませんとも。
「やります! やらせてください!」
「その言葉を待っていました、やる気があるのは良いことです」
そうして二人でがっちり握手。
よーし交渉成立、言質取ったり。
「あとで部下を寄越しますので詳しい話はそこで、期待していますよ」
「はい! 任せてください!」
「頑張ってベストセラーにしてくださいね」
「ええ! 必ずや!」
「十万部売るまで侯爵家領に帰ってきたら駄目ですからね」
「わかりました! …………って、え?」
呆けた表情をする商会長。
あれ、なにかおかしいこと言いました?
「ですから、十万売るまで帰れま10」
レッツ背水の陣。
「え、ちょ──」
「話は以上です。では、サヨウナラ」
また会える日を祈っていますよ。いつになるかは知りませんが。
「ちょーーーーーーー!?」
バイビーベイビーサヨウナラ。
「お待ちください! せめて最後に一つお聞かせ願いたい!」
「む、なんです?」
「お嬢様は、この本を流行らせて何をするつもりなのでしょうか?」
真剣な表情の商会長。
ふむ、確かに自分がなんのために働いているのか理解するのは仕事に対するモチベーションアップにつながりますから一応、説明しておきましょうか。
「……あくまでも、目的を達成するための手段の一つでしかありませんが──」
そうですね、一言で言うのなら。
「世論を作り変えます」
正確に言えば視点をずらす。
国民の話題の中枢をナイトレイ・リットンの裏切りから、アブソルート・ナイトレイ両家の子息令嬢の大恋愛へと強引にでも移し替えるためです。
実はこの「路美夫と樹莉江と」は兄上と義姉上の話に少しだけ似ています。ですが前者は悲劇、後者の結末はこれから次第です。
まずは「路美夫と樹莉江と」を流行させることで悲恋に対する関心と憐憫を国民から誘い、次に現実に存在する二次創作として兄上と義姉上の艱難辛苦の大恋愛を吟遊詩人など雇って各地で吹聴してもらい、応援と支持によって喜劇へ押し上げてもらおうって寸法です。
まあ正直、そう上手くいくとは思っていません。
けど、私は。
「私は、ハッピーエンドが見たいんです」
やれることはなんでもやりますよ。
裏工作こそニンジャの本分ですからね。
・次回、ほんとのほんとに最終回。