表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/106

侯爵閣下の最近の悩み

前書き

・この小説は短編「お嬢様、どうか忍者はおやめください!」の連載版小説です。

・一話目は短編冒頭部分の書き直しになっております。

・小説前半では恋愛要素が松永久秀の忠誠心ぐらい薄いです。

・タイトルを忍者からニンジャに変更しております。



 お話を始める前に、言っておきたいことがある。

 かなり意味のわからない話をするかもだけど、ワシの悩みを聞いて欲しい。

 そう、ワシことドゥーリンダナ王国東方侯爵アレクサンダー・アブソルートは悩んでいる。

 それはもう、悩みに悩みまくっている。ワシの人生史上二番目の難問。またワシだけでなくこれまでの人類史で数多の男たちが解を求めて挑戦し、砕け散っていった永遠の謎について。


 体調が悪い? 残念、体は絶好調。


 奥さんと喧嘩した? いえいえ、先日も二人で湯治に行きました。


 息子がやらかした? それも大丈夫。三人とも貴族の位に驕った様子はないし、色ボケの兆しもなし。公の場で理不尽な婚約破棄とかもしてない。


 家庭が円満なので総じて屋敷の雰囲気は明るい。使用人たちの顔色も良く、自然な笑顔を見せてくれている。従業員満足度には自信のある侯爵家なのだ。


 であれば領地経営にトラブルが? ご心配には及びません、これも異常ナシ。税率は低いし、反乱も戦争も起きていない。自分で言うのもなんだけど善政を敷けていると思う。

 加えて海向こうの皇国との交易路を再開拓したところこれが大当たり、多額の利益を上げると共に斬新かつ画期的な技術や文化を取り入れることに成功、ここ最近の領内は王国でも他に類を見ない発展を遂げている。


 また財政の余裕は領地全体の余裕に繋がり、十年前に比べ街は人で賑わい、経済は活気に溢れている。社会保障の充実も図り、犯罪や貧困の発生率も低い水準を維持。

 ちょっと視察に足を運べば愛すべき民草は笑顔で歓迎してくれる。

 なんかこう、満足。


 ならば仕事環境が劣悪? いやね、それが最近快適なのよ。宮廷では面倒な政敵がちょっかいを出してこなくなったし、敵対派閥からの嫌がらせも減った。

 なんだか宰相は妙に優しいし、陛下は会う度に褒めてくださる。

 嬉しい。


 じゃあ何が不満なんだ⁉ ええ、そういう意見も尤もだろう。

 順調で好調で快調だ、これ以上何かを望むべくもないほどに贅沢な環境にいる。

 ゆえに悩みと言えばそれはもちろん幸せ太──すみません嘘です。殴らないで。卵投げないで。


 と、冗談はさておき。いや冗談ってことにしておきたいのだけど。

 とりあえず今の状況を説明しておこう。時刻は良い子が寝る時間、月の無い夜。場所は小さな山の中腹に立つ侯爵家の屋敷。カンテラの淡いオレンジ色の光が幽かに照らす薄暗い一室でのこと。

 そこにワシを含め三人の人間がいる。


「お館様、続いての報告ですが」

「ああ、うん、続けて?」

「こちらはアンダーソン伯爵家の脱税の証拠となります。実に巧妙に隠していたようですが彼の地の商人を締め上げたところ白状いたしました。行き遅れの御息女の贅沢三昧で家計が困窮し、その補填が目的らしく特に何かを企んでいるということはないようです。ただ、どうやら数年前からの常習犯らしく合計するとそれなりの金額に。アンダーソン伯爵は敵対派閥の人間、煩い時はこの件をちらつかせれば大人しくなるのではないかと。どうかご留意ください」


 そう語るのは忍装束に身を包んだまだ幼い娘。

 どこから持ってきたのか極秘資料を片手に「ククク……」と黒い笑みを浮かべている。

 聞いて聞いて。この娘ね、侯爵令嬢なの。ワシの娘なの。

 愛人の隠し子とかそんな事情は一切ないよ。正真正銘正妻の子供だよ。

 どうしてこんなことになってるんだろうね。意味わかんない。

 うっ、頭が……。

 なんてことをしていると、また新しい資料が出てきた。


「続きまして……」


 続かないで。


「領内への禁止薬物の密輸を画策していた商会がありましたので、事前に潰しておきました。ポーションの材料にするつもりだったらしく『皇国の輸入品にシェアを奪われてむしゃくしゃしてやった。生活が苦しく仕方がなかった。今は反省している』などと供述していますが、怠慢の言いわけにしても聞き苦しいかと。急を要する案件でしたので事後報告になってしまい、申し訳ございません」


 謝るところはそこじゃないと思う。いや凄いよ? 凄いんだけどね。大手柄だけどね。

 なんで領主のワシより領内の不祥事に詳しいんだろう。令嬢なのに。

 というかどうやって潰したのかな、兵を動かした記録とかないよね。不思議。


「次は、えっと……あ、そうだ、お館様もお会いになったことがあるとは思いますが新入り侍女のメーテル、どうやら帝国の特殊部隊所属のスパイだったようです」

「……パードゥン?」


 思わず聞き返してしまった。

 今さらりとすごい爆弾が投げられた気がするけど気のせい?


「先月入った侍女のメーテルですが帝国のスパイだったので捕まえときました」

「まんじぃ?」


 嘘でしょ。あの愛想が良くて仕事の早い娘だよね。

 えー、ショック……。で済む話ではない。スパイに屋敷の中に完全に潜り込まれていたってことでしょう? やばない?

 もー帝国さん怖いわー。最近大人しいと思ってたのにー。


「ご安心を、情報漏洩は一切しておりません。あと良い感じに洗脳して二重スパイとして使えるように仕上げておきました‼」


 怖いわー。愛娘の方が一国を相手取るより怖いわー。

 良い笑顔でサムズアップしても騙されないからね。仮にも侯爵令嬢なのに洗脳って言葉を遣うのは駄目じゃないかな。

 というか何したの、帝国の特殊部隊を寝返らせる洗脳って何したの?


「それは、お耳汚しになりますので控えさせていただきたく……」


 気まずそうに顔逸らすじゃん。

 なんかこう「キャーお父様のえっちー」という感じではなく、どちらかというと子供から「赤ちゃんは何処から来るの?」と聞かれた親みたいな顔。

 おかしい。こんなの絶対おかしい。本当に何をしたんだろう? でも多分聞かない方が身のためだと思う。だって怖いもん。


「そういうの普通逆じゃない? ワシ、父親だよ?」

「いえ、今の私はお館様に使える一人のシノビ。令嬢としての過去は捨てました」

「誰もそんなこと許可してないから。現在進行形で侯爵令嬢だから」

「ふっ……侯爵令嬢は世を忍ぶ仮の姿……」

「仮でもない」

「そんなことより次の報告に移っていいですか?」

「まだあるの……?」


 どこにそんな調べる時間があるんだろう。家庭教師も付けているし暇なはずはないんだけど。

 やっぱり社交界デビューさせるべきかなぁ……。もう十三歳だしなぁ……。

 ……………?

 なんで十三歳の貴族の娘がニンジャやってるんだろう。

 どうしよう、自分でも何を言ってるのかわかんなくなってきた。


「お館様、かねてから不審な動きのあったリットン子爵ですが、どうやら帝国の間者と接近しているようです。まだ決定的な証拠はありませんが、これはメーテルから聞き出した情報とも合致します。一応、詳しく調べようと潜入を試みたのですが……途中で宰相の手の者と鉢合わせてしまいまして……協議の結果、大変不本意ながらあちらにお任せすることになりました。宰相殿なら下手を打つことはないでしょうが、リットン子爵には要警戒をお願いします」


 あー。だから最近宰相優しかったのね。そっかぁ。

 それはそれとして勝手に領地を抜け出して潜入任務に従事したことに関してツッコミを入れた方が良いのかな。今更な気がする。うん。

 いやしかし、リットン子爵がねぇ。

 領地も近いし極力仲良くしていたつもりだったんだけども、溝は埋まらなかったか。

 まあ確かに話は合わなかったけれど、毎年義理で送られてくるワインの味は良かったよ。

 ……つらい。


「残りの細々とした緊急性のない報告は後で執事長が書類にまとめて持ってきますので省略いたしまして、これが最後になるのですが……」

「最後……最後かぁ……聞きたくないなぁ……」


 つい口に出てしまう。表情にも出てたかも。

 いやね、わかってるんだよ。

 だって最初から左手に掴んでいたもの。

 何をかって?

 髪をだよ。

 この部屋にいる人間の最後の一人。力なく倒れている黒い装いの見知らぬ男のそれを。


「これ、お館様の暗殺に来ていたのでしばいときました」


 どうということもない軽い口調で娘はずいっと左手のそれを掲げて見せる。

 自慢気に鼻を鳴らし、見るからに褒めてほしそうなそのドヤ顔は歳相応の幼さを感じさせる。

 けど正直そんな気軽な話ではないと思うんだ。暗殺者だよ?

 ネズミ捕ったネコじゃないんだから。

 いやある意味ネズミ捕ったネコだけど。


「うぐぁ……くっ……」


 呻いてる呻いてる。ちょっと顔怖いよこっち見ないで。

 きっしょ。


「中々見上げた根性の持ち主で、軽く尋問してみましたが口を割りませんでした」

「本当に軽く?」


 めっちゃボロボロなんだけど。

 腕とか変な方向に曲がってるし、体中あざだらけで鼻もひしゃげている。

 よく見ると目には泣き腫らした痕もあり、涙どころか血も涸れ果てましたって感じで顔も真っ青。

 尋問怖い。あとその髪を掴んで引っ張り上げるの、禿げるからやめてあげて。


「ク、ククク……グレイゴーストであるこの俺をまさかここまで追い詰めるとは……」


 え、自分で正体言っちゃうのね、いいのそれ?

 うちの娘の方がプロ意識高くない? 高くても困るんだけど。

 いやでも激痛に耐えているのだろう、脂汗を流しながら強気に笑う匿名希望・グレイゴースト(仮)さん。その努力には涙を禁じ得ない。

 まあ王手じゃなくてチェックメイトだけどね、現状。

 それにしてもグレイゴースト? はてどこかで聞いたことがあるような……。

 はっ⁉


「グレイゴースト……帝国の伝承に残る暗殺者と、その彼が率いたとされる暗殺集団の名前じゃないか⁉ まさか実在したのか……⁉」

「ククッ、知っていたか。……そうとも、俺こそが伝説のアサシン、グレ──」

「いえ、クソ雑魚だったのでこれはグレイゴーストではありません」

「「………………」」


 バッサリと。何の抑揚もなく。事務的に斬って捨てた。

 あの、このタイミングでそれ言う?

 グレイゴースト(仮)さん、涙目で口を噤んでプルプルしちゃってるよ。

 我が娘ながら他人のメンタルさらっと壊すのすごい得意ね。


「いや、あの、その俺、ほんとうにグレ──」

「黙れカトンボ」

「「はい」」


 震えながら弱々しくも抗議するその声を遮断する。ついワシも一緒に返事しちゃった。てへっ。

 もしかして怒ってる? 綺麗な顔が台無しだよー。笑顔笑顔。とジェスチャーを送る。

 しかし、そんな願いは儚くも届かず虚空に消える。

 娘はグレイゴースト(仮)さんの頭を自分の眼前まで引き上げると、まるで部屋に出現した衛生害虫でも見るような敵意と軽蔑を含んだ瞳で射抜くのだった。


「そのような嘘でいつまでも誤魔化し続けることができるとでも思っているのか? 人を謀るのも大概にしろカトンボ」

「だっだから、嘘なんかじゃ──へぶっ⁉」


 あ、叩いた。痛そう。ワシも娘に張り手されたら泣くと思う。

 それはそうと『中々口を割らない』ってもしかして……あっ……。


「カトンボ。こっちを見ろカトンボ。人と話すときは相手の目を見るものだ、そんなこともわからんのかカトンボ。まさか本当に脳味噌までカトンボということはあるまいな? 私は貴様をグレイゴーストとは認めない。絶対にだ。そもそも齢十三の小娘に対し不覚を取っている時点で暗殺者を名乗ることすらも烏滸がましいと何故気づかない? 羽虫の類の方がまだ侵入者として優秀だという自覚はあるのか? なあカトンボ、厚かましいとは思わんか。そこのところ、どう考えている?」


 娘はグレゴ(仮)さんの顎を右手で掴んで固定すると無理矢理に視線を合わせます。


「いいかよく聞け、グレイゴーストとは暗殺者の始祖とも言うべき存在だ。金の為、仕事とあらば親すら殺す畜生にも劣る外道でありながらその腕は超一流。一度は帝国を主と仰いだかと思えば面子の為なら皇帝暗殺すら厭わぬ反骨心を持った生粋のアウトロー。そしてかの大戦では我が太祖ルクシア・アブソルートと覇を競い合った生涯の好敵手‼ 到底、羽虫風情が名乗ってよい名前ではない。貴様の発言はグレイゴーストだけでなくルクシア様の品位すらも貶めることをわかっているのか? 墜ちる時は一人で墜ちろ……カトンボがっ‼」


 声どっっっっっっすっ⁉

 ビックリしたわ。……ああもう、グレゴ(仮)さん泣いちゃったよ、かわいそうでしょ。

 ……ごめんやっぱキモい。


「でっ、でも……ぼ、ぼくは……‼」

「ほう? ここまで言っても世迷言を述べるとは……もしや全て理解した上での発言だったか? ならばその作戦は成功だ、私はいま非常に怒っている。それ程にももう一度あの部屋に行きたいと言うなら連れて行ってやろう。なに、私も尋問は得意ではないが共に学んでいこうじゃないか。とりあえず、片端から色々な器具を試してみよう」

「はっ……ひっ……ははっ……ひゅ……」


 過呼吸になっちゃってるよグ(仮)さん。

 娘よ、その顔よその人に見せちゃ駄目よ。罠に掛かった獲物を眺める肉食獣の目をしているからね。笑顔ってそういう意味じゃないんだ。


「お館様、報告は以上です。私はこれから分不相応にもグレイゴーストを騙る身の程知らずの愚か者に現実の厳しさと罪の重さを叩きこんでやります」

「え、あっ、そう。……あ、殺しちゃ駄目よ。そういうのは執事長に任せなさいね」


 スッとワシの方を振り返った娘に対し、一瞬ビクッってなったのは内緒。


「承知しております。不殺の誓いは決して違えませんので。では、御免」


 そうして、何も言えなくなったグ(仮)さんを引きずりながら、娘──サクラ・アブソルートは部屋を出ていった。

 扉がバタンと大きく音を立てて閉じるのと同時に、ワシは頭を抱える。

 ワシ、アレクサンダー・アブソルートは悩んでいる。

 それはもう悩みに悩みまくっている。

 帝国がきな臭い? 知らんよそんなの。

 それは、全ての父親の魂の難題。


「育て方、間違ったかなぁ……」


 年頃の娘の考えてることがわかりません。



第一話のみ書籍版と差し替えました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ここ一年の中で1番含み笑いして親を心配させてしまったかもしれないと思ってしまったのであった…… ぶっちゃけ面白すぎです、下地も完璧、配分なんて人外すぎる、最早神ですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ