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嫉妬

 何故俺は初めて会った少女に問い詰められているのだろうか。


 あれから場所を変えて近くの軽食店に入ったリアンと少女は、店内の片隅のテーブルに向かい合って座っていた。

 リアンとしては正直、全く状況が掴めていないので心中でフィフィを恨むしかない。

 せめて説明だけでもしていってくれればよかったのに、と。


 リアンが少女の支払いで運ばれてきた飲み物に視線を落としながら気まずさを感じていると、少女がようやく重たい口を開いた。


「……遅くなったけど名乗らせてもらうわ。私はヤーナ=リヴェ=ユグノアル」


 冷静になってきたのか、先程までの様子とは違う落ち着いた口調で少女は言う。

 名乗りの声は鈴のように可愛らしいがしっかりと芯が通り、先程までの取り乱していた少女とは全く違う印象を受けた。


 確かリヴェというのは王国貴族の名に付く称号だったはずだ。

 とすると、この少女はかなり高貴な身分ということになるのだろうか。

 リアンは記憶の中の知識からそう推察する。


 改めて見れば少女の着ている純白のドレスローブは一見簡素で冒険者が着るような種類の物に見えるが、生地の目が細かく非常に美しく仕立てられているのが分かる。

 汚れもほとんど無く、上質なそれは衣服店でも中々目にかかれないような逸品だった。


「俺はリアンといいます。ええと、ユグノアル様は……」

「ヤーナでいいわ。敬語も必要ないわよ、多分年はそんなに離れてないでしょう?」


 きっぱりと言われてリアンは戸惑う。

 貴族と話したことなど生まれてこの方一度もないが、普通初対面の人間に名前で、しかも呼び捨てで呼ばせるなどあり得ないのではないだろうか。

 ただ、少女――ヤーナの言葉に強い意志を感じて、ひとまず従うことにする。


「じゃあ……えっと、ヤーナは俺に何か用なのかな」


 少しの躊躇いを感じつつも言われた通り、敬語を辞めて呼び捨てにする。

 内心は「なんて無礼な」などと怒られるのではないかと恐々としていたが、ヤーナがそれについて何か言うことはなかった。


「私はね、ずっと『ジャッククラウン』に憧れてるの。あの人達の中に加わりたいと、ずっと願い続けてた。そこで突然、しかも自分と同じくらいの子供が入ってきたとなれば……話くらい聞きたくもなるでしょう?」


 口調こそ穏やかで何とも貴族の令嬢らしい静かな語り口であったが、その裏に明らかに怒りの感情があることはリアンにも分かった。

 いや、嫉妬というべきだろうか。



 その席は私が狙っていたのに。



 ヤーナがある程度の礼節を示しているのはそれが理不尽な怒りだと彼女自身が理解しているからだろう。

 それでも彼女は納得がしたいのだ。何故、自分ではなく目の前の少年が選ばれたのか。


「まあ、話せることなら話すけど……」


 リアンは彼女の事情を知らない。

 だが、その余りに純粋な憧れの一端はこの短い時間の中で感じ取っていた。

 なら、当事者として答えられることならば答えて上げてもいいのではないかと考える。


「じゃあ、聞かせて。あなたはどうして『ジャッククラウン』に入れたの?」


 その質問にリアンは言いよどむ。

 彼自身、何故誘われたのか分かっていないのだ。少女に満足な答えを出せるとは思えなかった。


 仕方なく、『ジャッククラウン』と出会った数日前の出来事を掻い摘んで話していく。

 トラルエイプの討伐。巨大なボスの出現。返り討ちにされたところを助けられ、誘われたこと。


 やはりあれほどの人々に認められるようなものではないよな、とリアンは話しながら思う。

 トラルエイプは確かに厄介な魔獣だが、冒険者が討伐する対象としては一般的な部類だ。

 それを一人で成し遂げられたからといって、讃えられるような功績にはならないだろう。


 実際『ジャッククラウン』の面々であれば、恐らく一人で倍の数を相手しても苦戦すらしないのではないだろうか。

 口を挟むことなく、ただ静かに話を聞いていたヤーナが二つ目の質問をする。


「リアンは冒険者を始めてどれくらい?」

「ええと……冒険者の登録は10月くらい前だったかな。旅はもう4年くらい続けてるけど」


 指折り数えるリアンを見て、ヤーナは「4年……」と小さく呟く。

 その声にリアンがヤーナの方を見ると彼女は少し俯き、カップを握る手は強く握りしめられているのが分かった。


 怒りか、嫉妬か、悔しさか、落胆か。

 いかなる感情によるものか、明らかに尋常ではない少女の様子にリアンは困惑する。


 だがそれも一瞬。ヤーナは意を決したように正面のリアンを見据えると口を開いた。


「――リアン、私と戦って」

「……えっ?」


 一瞬、少女の言った言葉が理解できずにリアンは戸惑いの声を上げる。


「重ね重ねの無礼は承知よ……貴方からしたら、ただ理不尽な迷惑だと思う。でも、お願い。私と戦って欲しいの」

「そ、そう言われても……」


 突然のことにリアンは理解が追いつかない。

 如何なる理由からか、正面の少女が自分との戦闘を望んでいるのは分かる。


 だが、その意図が余りに掴めなかった。

 恨みによる果し合いか、どちらが本当に相応しいかの決闘か、リアンの力がどの程度かの見極めか。


 幾つかの候補が思い浮かぶが、今までのヤーナの様子を見ているとどれも違う気がする。

 改めてヤーナの瞳をリアンは見る。小さな宝石のような蒼い瞳は少し震えているようにも見えるが、その奥には何か強い意志が見える気がする。


 縋るような視線を正面から受け止めること数秒。

 リアンは断ることは出来無さそうだと悟る。

 こんな目で頼まれては、仕方がない。


「じゃあ、ある程度の安全を前提にした模擬戦形式なら」


 それくらいなら、セーフですよね。とリアンは心の中でルシャに謝る。

 多分、実際にそれを言ったら「アウトです!」とプリプリと叱られるだろうが。


「……ええ!! それでも構わないわ!!」


 嬉しそうな明るい声は思った以上に店内に響く。

 周囲から視線を集めたことに気付き、ヤーナは少し恥ずかしそうにコホンとわざとらしく咳をして座り直した。


 リアンはそんな彼女の振る舞いに思わず笑みを浮かべそうになるが、恐らくそうすると怒られるだろうなと思い、なんとか無表情を保つ。


「じゃ、じゃあ出ましょうか。……あ、でもその前にその果実水は飲んでおきなさい。ここのは絶品よ?」


 いつの間に飲んでいたのか、既にヤーナのグラスは空だ。

 言われて恐る恐る薄く色付いたそれを口に含んでみる。


 確かにとても美味かった。


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