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対話


 ポイント巡りは順調で、リアンとフィフィは予定していた8箇所の調査地点のうち既に半分を終えて5つ目の場所へと辿り着いていた。

 今までの調査では異変は見当たらず、今回の地点も特に目立った問題は無い。


 といってもリアンからすると周囲に魔の気配があるか無いか程度しか判別が付かない。そもそも森の中が魔物や魔獣に溢れている所為で、その気配すらどの程度正確に知覚出来ているか怪しい。

 基本的にはフィフィが先導し、何かを確かめるようにしているのを邪魔しない様に付き従う。

 ただし、ただそれだけという訳でもなかった。


「……何かある?」


 地に手を当てて何かを調べている様子だったフィフィが立ち上がって短く尋ねる。

 リアンは幾度目かになる同じ問いかけに少しだけ慣れながらも緊張を保って答える。


「いえ、特に今までと変わりはないです。強い魔力の溜まり場ですけど……まあ問題はないかと」


 フィフィは最初の世界樹の以外の調査では毎回リアンにも意見を求めた。

 リアンからすればフィフィが調べた以上のことを見つけられる筈もないと思わざるを得ない。

 しかし問われて答えない訳にもいかない。その為リアンは魔力的な反応に絞って意識を研ぎ澄ませ、思考した上で簡潔に評価を伝える。自分に唯一何か出来ることがあるとするならばその点だと思ったからだ。


 魔法使いでないとしてもフィフィほどのスカウトであれば魔力の察知は容易い。だとしても、魔術を実際に行使する者とそうでない者であれば感じ方は異なる可能性がある。

 だからこそ、その一点に己の価値を信じてリアンは質問に答える。


(多分……試されてるんだろうな)


 果たして自分は期待に応えられているのだろうか。そうリアンは不安に思う。

 ここまで何一つ異常らしい異常は見つけられていない。曲がりなりにも魔術師の端くれ、目の前の魔力の塊が自然なものかどうか程度は見分けられる自信がある。

 だがそれも絶対などとは言えない。目の前の女性(フィフィ)が実は何かを見抜いていて、それに気付けるかどうかを見ている可能性もあり得る。


 ちらりとリアンはフィフィの表情を窺うが、彼女は平時の無表情を張り付けたままだ。

 当然のことを確認しただけのようにも取れるし、失望しているようにも、この程度のことも分からないのかと怒りを内側に溜め込んでいるようにも見える。


「……ん、ならいい」


 小さくフィフィは頷いてそれだけ返す。

 その答えが正しいのか間違っているのか、満足できるだけのものだったのか、何も言わない。

 今までと変わらない反応にリアンは言葉にしがたいもどかしさを覚えるが、それ以上はどうしようもない。

 

 また次の場所にすぐに移動するのだろうとリアンが重たくなりつつ足をこっそりとほぐしていると、フィフィが背負っていた小さな荷物袋をその場に下ろす。

 今までにない行動にリアンがきょとんとしていると、フィフィは視線を向けてぽつりと言った。


「……ここで野営」



      ◇      ◇



「大丈夫ですかねえ、あの二人」


 ぼんやりとした、少しだけ眠そうな調子で女性が言う。

 独り言のようでもあるが、近くに座る偉丈夫は律義にそれに答える。


「問題ないだろう、フィフィがついている。それに彼も中々のものだ」

「実力的には全く心配してないですよ」


 言葉とは裏腹に憂いの表情を見せる女性――ルシャは小さくため息をつく。


「まあ、またリアン君が暴走するんじゃないかって心配が無いわけではないですけど……ちゃんとコミュニケーション取れてるかなって」

「……ああ」


 納得したのかルシャの隣に座るロッケンも低い声を漏らす。

 二人が居るのは宿屋ラスカネンの最上階に設えられたサロン。かなり限られた人間のみが利用できる特別な部屋なのだが、慣れた様子で柔らかな椅子に腰を落としている。

 豪奢な机には三人分のお茶が置かれているが、既に一人は去った後らしくその器だけが空になっていた。


「いや、しかしリアンはそれなりに社交的だろう。そう心配するほどではないのではないか?」

「うーん……リアン君は確かにいい子ですけど、どうも自己の評価が低くて悲観的過ぎるんですよねえ。私たちにもまだどこか気を使ってるというか、一線を引いてるというか……懐いてくれているとは思うんですけれど」

「……そう言われてみると、確かに心当たるところがあるな」


 ロッケンはリアンとの会話を思い出してみるが、彼が我を強く出しているような場面はなかったように思える。賢く聡く、周囲に合わせて動こうとする姿が殆どだ。


「元々人を優先するような性格なのかもしれないですけど、それにしても行き過ぎな面はありますね。フィフィさんもあの性格ですから……変な行き違いが起こらないといいですけど」

「……少し心配になってきてしまった」


 眉間に皺を寄せたロッケンが腕を組んで俯く。


「みんなガストさんくらい能天気だとこんな心配しなくてもいいんでしょうけどね」

「そんなチーム死んでも御免だ」


 ぽつりと呟いたルシャの言葉に、ロッケンは地獄を見たような苦々しい口調で返す。

 その言葉に苦笑しながらも「それもそうですね」と同意して、彼女は外を見る。


 窓の外ではイスカの街がオレンジ色に染まり、街を囲む城壁の向こうへゆっくりと夕陽が沈もうとしていた。


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