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ゆづきは大きな目を細めて笑っている。言動や、服装はまだまだ子供っぽいところはあるが顔つきは少し大人びてきているようだ。
その素直で優しい性格で、同性にも異性にも好かれるらしい。
最近ゆづきから聞く学校の話しでは、男の子に告白されたという。小学生でも付き合うのはめずらしくないとはいえ、同級生の異性には魅力的なのだろう
しかし、ゆづき自身はそういうことには興味がないらしく、まだ付き合うということ自体他の人よりも仲良くするぐらいにしか思ってないらしい
「そういえば、お父さんがお母さんが帰ってきたら話があるって言ってたよ」
「はなし?どんな話?」
話があるなら、さっき部屋に来たときに話せばよかったのに。わざわざ母さんを待ってする話なのか
「ううん、なにもいってなかったよ。ただ大事なはなしって」
大事な話、か。
「わかった。じゃあそれまで少し寝るから、ゆづも宿題してきな」
いつもゆづきが家に帰ると、始めるリコーダーの練習が今日もあるはずだ。確か、イッツアスモールワールドだったか
ゆづきは、最後にもう一度心配そうに俺の顔を見ると、ゆっくり寝てねと襖を開けて出ていった。そしてすぐに、隣の部屋からランドセルを下ろす音や、ごそごそ音が聞こえる。
まだまだ下手くそな笛の音が聴こえてこないということは、俺に気を使って別の勉強でもしているのだろう。やはり、優しい妹だ。
妹のぬいぐるみがたくさんなファンシーな部屋とは違い、この部屋はすごくシンプルだ。
8畳に、小さいな円卓とタンスだけ。テレビもパソコンも本もない。
スマートフォンがあれば読書もニュースも、勉強もできるからだ。まったく、便利な世の中になったものだ。
俺が生まれたころには、もっと情報というものに価値があっただろう。より専門的なことを知っていることが重要なことだった。
なぜなら調べることができなかったし、それらを入手できる方法も限られていた。
その方法を知っている一部の人が得をしていた。
今は検索する内容などからAIが予想し、勝手に情報が入ってくる。
そして、なにかあればさっきのように簡単な言葉を検索すればとても上質なサイトに誘導してくれる。
素晴らしい、第4次産業革命。
手を開いて、閉じてを繰り返してみる。腕や足も伸ばしたり、曲げたりしてみる。
どうやら、痺れは完全に取れたようだ。
さて、少し寝ようか。
横になって目を閉じると、体が布団に沈むようだ。
結構疲れていたんだなと思っていると、いつの間にか眠っていた。
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ゆさゆさと体が揺れる。どうやらゆづきが起こしに来てくれたようだ。
「いっちゃん、そろそろ夜ごはんだよ?おきて。」
黒目がちな色素の薄い瞳をぱちぱちさせながら、ゆづきが俺の顔を覗いてくる。時計を見ると、19時23分。
「かなり寝てたみたいだな。ありがとな、起こしてくれて」
「ううん、じゃあ先に降りてるね」
嬉しそうに笑うと、くるっと反転して部屋を出て行く。
トントンとリズミカルに階段を降りる音にも、子供っぽさがうかがえる。
手で寝癖がないか軽くチェックして、俺も部屋を出る。
廊下にでると、6月のむっといた湿度が肌に当たる。
晩ごはんはソースを使った料理なのだろう。いい香りが2階の廊下にまで伝わってくる。
下に降りてみると案の定、今日はやきそばだ。
ゆづきはせっせと食器を並べている。
「おはよう、イツキ。今日畑でたおれてたんだって?もう大丈夫?」
仕事から帰ってきていた母さんが、料理を盛り付ける手を止めて聞いてくる。
いつもは、肩下くらいの髪を後ろに束ねていてコーヒーショップの制服のままだ。
「ああ、寝て起きたらよくなったよ」
そう言うと、母さんは心配したのよと笑う。
この笑った顔が、さっきのゆづきとそっくりで少し可笑しい。
息子である分俺にはわかりづらいが、美人といっていいだろう。
目鼻立ちがはっきりして、色素が薄い瞳や肌は繊細な印象をあたえる。
おそらく、ゆづきもあと5年もすればこんな感じになるだろう。
「おっ起きてきたか。母さんすごく心配してたぞ、それより」
母さんの制服めちゃくちゃ可愛いよな、と先に席についてテレビを見ていた父さんが言ってくる。
どうして、こんな親父と結婚しようと思ったのか。
「いっちゃん、座って座って」
とゆづきは席について、となりの椅子をひいてくれる。
俺が、腰をおろすと母さんも盛り付けを終えて席に座る。
自宅の庭にある50m四方ほどの畑から採ってきたのだろう、なすや、オクラ、トマトなどの鮮やかの野菜が食卓に並ぶ。
採れたての野菜をいうものをこっちに越してくる前は食べたことはなかったが、プラシーボ効果だけではないだろう、かなり美味しく感じる。
しばらく会話をしながら食べていると、さっきの大事な話とやらを話すのだろう。
父さんがコホン、と咳払いをする。
「ちょっと、いいか?イツキ、ゆづ」
母さんは、内容をもう知っているのだろう。父さんと目配せをして、なぜか少し申し訳なさそうな目線を俺とゆづきに向ける。