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「おい!どうした!」
とても大きな声が聞こえる
ああ、親父の声だな。その焦りが声を通して伝わる
腕に力を入れようとするが、うまく入らない
親父の方を借りてなんとか起き上がる
「大丈夫か?なにがあったんだ?熱中症か?」
とりあえず気絶する前にみたことを話して聞かせよう
そう思い、話そうとした
「──っ!?」
ない、記憶が。まったく思い出せない
自分が畑の様子を見に来たことはわかるが、そのあとになにがあったか思い出せない
「本当に大丈夫か?この季節でも熱中症になることはあるからな、ほら」
親父は心配そうにそういい、水筒を渡す
「いや、そうじゃないんだ!だけど、なんでここに倒れてたか思い出せない…」
そう、確かにそういう理由ではないことはわかるがなにかははっきりわからない
喉まで出掛かっていることが出ないそんな感じだ
「…まあ、いい。とにかく一旦家に帰るぞ。歩けるか?」
「ああ…」
俺は、肩を借りて少し離れたところに停めてある軽トラに乗った
足をもつれさせながら、一歩一歩、という感じで歩く
「お前、畑に少し手をいれてたのか?」
父の目線の先には、少し粗めに土がならされた跡があった
ただ、その必要はなさそうな場所に不自然に
「そう、なのかな?記憶にないけど」
軽トラに着くと親父は俺を、助手席に乗せる
そして、親父はエンジンをかけながら、
「まあ、怪我はなさそうでよかったよ。俺マジ死んでるかと思ったよ、おまえどんだけ労働苦手なんだよって思ったよ。」
と軽口をたたく
後方に遠ざかる、ぶどう農園を振り返る
水筒の冷たい麦茶を飲みながら
なぜか、本当に死んでてもおかしくなかったなと思っていた
家に着くと、とりあえず体の汚れを拭いて横になった
この時間に母さんとゆずきがいないのは、不幸中の幸いだな
もしいれば、すごく心配をかけただろう
おそらく、母さんは仕事にいっているのだろう。ここに引っ越して来たときにすぐに近所にあるコーヒーショップにパートとして応募した
この田舎ではめずらしいのか、コーヒーが美味しいのか、とにかく繁盛しているらしく、母も忙しそうにしている
ゆずきは小学校だ。あいつはとても明るい性格なので、すぐに仲良しの友達ができたらしく、学校はとても楽しく行っているようだ
「大丈夫かー?食べれるようなら食べとけよ、しびれは取れたか?」
そう言いながら親父が部屋に入ってきた
どうやら、昼ごはんを持ってきてくれたらしい。うどんだ
親父もこっちに引っ越して来てからは、忙しそうだ。
ワイナリーのための資金集めや、国の規定の製造量をクリアできる施設を作るための土地の確保。美味しいワインを作るための品種や醸造の勉強。
他にもいろいろな人へ接触を取って、この土地でワイナリーを作ることがいかに素晴らしいことかを伝えている
そういう目標への真っ直ぐな努力は、尊敬できる
「ありがとう、だいぶ良くなってきた」
「イツキが倒れるなんてな、昔から怪我も全然しなかったのに」
親父はそういうと、しまったと言うような顔をした。
俺のコンプレックスに触れたと思ったのだ
俺は、昔から怪我をしなかった。それはどんなことからも逃げるからだ
幼稚園のころには、友達がみんな木登りをしていても危ないから近づかない
小学生では、かけっこでコケそうになると手を抜く
さらに、中学生の時には友達が不良に絡まれても見てみぬふり
今でも、その逃げグセが治らず高校で暴力を受けそうになったから登校拒否
俺の人生は逃げてばっかりだった
自分でも勇気を出そうとするのだが、いざやろうとするとどうしてもできない。
まるで、体がそうプログラムされた機械のように足が止まる
そんな情けない自分が嫌で、昔親父に何度か相談したことを覚えていたのだろう
つまらないことを覚えてたな、今は、逆に開き直ってきている
これが、自分だと。どうしようもないと。