明子と私と、檻の中の桜
明子の怒鳴り声で目が覚める。時計に目をやると、まだ六時三十分。起きるにはまだ早い時間だ。まだ眠っていたい時間だが、あんなヒステリックな叫び声を聞いた後では二度寝もままならない。私は重たい体を起こし、声のするリビングへ向かった。
私は三人家族の一員。私と明子と、そして桜で二人と犬一匹の家族構成だ。
先ほどの声の原因がリビングに向かうとすぐに分かった。どうやら、桜がトイレを失敗したようだ。
『どうしてこんなにママを困らせるの?』
涙をためて明子が桜に吐き捨てる。明子は最愛の人を亡くしてから変わってしまった。
思い通りにいかないことがあるとすぐに手をあげるようになった。檻の中で、桜は体を丸め震えている。
どのタイミングで姿を見せるべきか…八つ当たりを避けるべく私は思案した。
「あら、起こしっちゃた?すぐにご飯を用意するわね。」
私に気づいた明子が微笑みながら言葉をかける。不意を突かれた私はどうしていいかわからず、不器用な愛想笑いを浮かべた。檻の中に目をやると、ひどく痩せ細った桜と目があった。ごめん、私には桜をかばうことができない。母に逆らうと生きていけないことがわかっている私は、桜から視線を逸らした。
「大好物をすぐに用意してあげるわね…けど、いい子じゃないあなたにはあげない。」
わが子と犬に向ける視線の温度差に、何とも言えない居心地の悪さを感じた。桜はもう何日も食べ物を口にしていない。明らかに弱り切っていて、今はもう生気の欠片さえ感じ取ることができない。このままでは桜が死んでしまうことは容易に想像できた。
だが、私は自分が死なないために明子の顔色を伺うしかないのだ。そして今日も、明子が用意した大好物のドッグフードを食べた。
毛並みのいい自慢の尻尾を振りながら。