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2016年/短編まとめ

お家へ帰る、時間だよ

作者: 文崎 美生

カンカンカンカン、しつこいくらいに、危険を示して、電車が来るので気をつけて下さいアピールをするその音が嫌い。

ガタンガタン、揺れる地面も嫌い。


好きなのは、電車の通る瞬間。

ゴオッ、なんて重たい重低音で突っ切っていく鉄の塊が、強い風を起こして、髪を巻き上げる。

その瞬間が好きで好きで――。


ザリザリ、コンクリートの地面で靴底を削るように歩いていた足を止めずに、もっと近く、と踏み出す。

黒と黄色が交互になった遮断機が行く手を阻む。

ガタンガタン、振動の伝わる地面から顔を上げて、やって来る鉄の塊に目を向けた。


移動手段として、こんな鉄の塊を作ってしまう人間は、怠惰なのか勤勉なのか。

移動を楽にしたいという、怠惰な気持ち。

手軽に使える移動手段を作ってしまう、勤勉さ。

あぁ、人間って、不思議。


迫る鉄の塊目掛けて、もう一歩――。




***




カンカンカン……と徐々に小さくなっていく警告音に合わせて、重たい腰でも上げるみたいにゆっくり持ち上がっていく遮断機。

髪を巻き上げた風のせいで前髪も後ろ髪も乱れてる。


後ろから聞こえる息切れと、変に前のめりになったボクの体。

あと一歩だったのに、それを妨げたのは、服を掴む手で、未だにしっかりと服が握られている。


首だけで振り向けば、深く息を吐き出している、ボクの進行を妨げた人物と目が合う。

長い前髪の隙間から覗く左目は、薄い淀んだ水色。

いつも通り見えている右目は、青みがかった黒。

浮かんだ汗に張り付く髪が鬱陶しそう。


「帰る時間だろ」


開口一番にそう言った目の前の人物――長年の付き合いの幼馴染み。

腐れ縁とも言うが、長年の付き合い過ぎて、最早腐り落ちているかも知れない。

そんな幼馴染みは過保護で、夕日が街を染めるくらいの時間なのに帰宅を促した。


ゆっくりとボクの服から手を離した幼馴染みは、その手で左目を隠すために前髪を整える。

それを見ながら、体ごと幼馴染みの方を向きながら「そうだっけ」と返す。

そうだろ、なんて返ってきても、帰宅時間なんて定められた覚えがないので分からない。


今日は他の幼馴染みも交えてご飯を食べるらしい、というか、既に作っているとか何とか。

軽く頷きながら、そっか、と呟けば、やっぱり返ってくる言葉は、そうだろ。

今日のご飯はなんだろう、次の電車が来るのは後どれくらいだろう。


緩く結い上げた髪を触りながら、どうしようかな、と視線を空へ投げた。

真っ赤な空が、街を染めている。

赤いなぁ、これが血だったらグロイんだろうなぁ。

酷くぼんやりとした、モヤでもかかったような思考は、再度掛けられた声で霧散する。


「引きこもりより、散歩してるだけいいけど。あんまり遠くに行くなよ」


溜息混じりに吐かれた言葉に、瞬きを二回。

目の前では、ガシガシ、居心地悪そうに髪を乱している幼馴染みの姿。


ボクもボクで、そんなに居心地は良くない。

だから、同じようにボクはボクの前髪を乱してから、幼馴染みの手を取った。

息切れをしていたのは、走って来たからで、体温も上がっていそうだなぁ、なんて思ったのに、手汗すら感じないサラサラした手の平。

それをぎゅむぎゅむ、強弱を付けて握る。


え、何、なんて不審そうな声を出す幼馴染みを無視して、ぎゅむぎゅむ。

何処からともなく焼き魚の匂いがして、先程の今日の晩ご飯は何だろう、という疑問が再浮上する。

そうすれば、今の今まで感じなかった空腹感が湧き上がってきて、ぐぅ、とか細い音。


異性だとしても、今更幼馴染みの前で恥ずかしがることもなければ、誤魔化すこともない。

人間の基本的欲求だから、その一言に尽きるものを、いちいち恥ずかしがったり、誤魔化したりする方が無駄だろう。


片手では幼馴染みの手を握り、もう片方の手では自分の胃の辺りを撫でる。

空っぽの胃はぐるぐる動きながら、胃液を増やしては無駄に粘膜を傷付けようとする。

意識をしたら胃が痛くなってきた。


「お腹空いたね」


「……そうかよ」


「お腹空いたから、帰ろうか」


自然な流れで幼馴染みの手を貝合わせに繋ぎ方を変える。

お魚食べたいなぁ、なんて言いながら歩き出せば、和食なら何でもいい、と返ってきて、気の抜けた笑い声が漏れた。


手を繋いで、二人、血みたいに真っ赤な街並みを見ながらお家へ帰る。

たまには悪くないかな、目を細めれば、隣で薄く笑う幼馴染みがいて、手に力を込めた。

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