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無限死地獄  作者: 法将寿翔
地獄堕ち編
4/24

4話 道

目覚めると、僕は地獄に戻っていた。

相変わらず、真っ白なだだっ広い空間に一つの机が置かれ、閻魔が座っているだけだ。



先ほどのあの猟奇的な男とのあまりにも忌々しいワンナイトラブを一刻も早く忘れ去りたかったが、

僕の脳は不器用なようで、あの様子が克明に脳にこびりついていた。


体にしつこく残るあの男の舌の感触と肛門の違和感に僕が深く落ち込んでいると、閻魔が話しかけてきた。


「どうされたんですか、そんな浮かない顔をして」


「死んだ後に晴れやかな顔をする人がいると思いますか?」


「老衰で亡くなった方は大体晴れやかな顔をしていますよ」


「僕は一度たりとも老衰で死んだことはありません。今、最低な死に方をしたばかりなんですよ」


「どうしてですか?記録には単なる絞殺としか書かれていませんでしたが」


「いや、絞殺だって一般的に見れば十分最低な部類の死に方だとは思うんですけどね。今のはとにかく過程が最悪だったんですよ」


「興味があるので詳しく聞かせてください」


「今の言葉であなたが閻魔大王だと再認識できました」


「冗談ですよ。あなたの様子はずっと見ていました」


「見ていたならどうにかしてくれてもいいじゃないですか」


「そういう掟なので」



この閻魔は僕の死ぬざまを見て楽しんでいるのではないかと思った。

こんな真っ白で無機質な空間だ。

『無限死地獄』の受刑者の死に様を見て楽しむのがここにおける彼の唯一の楽しみなのかもしれないし、その方が閻魔という名前に負けていない残虐っぷりである。



「さあ、次が待っていますよ」


「もうですか」


「ええ、あなたが目覚めるまでに現世の時間は数日経っています。私からしたら大した長さじゃありませんが、どんどんやっていかないと刑の執行が留まるのです」



確かにここに居ても閻魔と話す以外に出来ることはない。

既に死んだ身だからだろうか、眠気も食欲も性欲もなく

前回の最悪な死に方が色濃く頭にある状態では、もはやそれらは今僕が人間として生き返ったって2度と戻ってこないのではないだろうか。

とっとと『無限死地獄』から抜け出す事以外の欲は僕の中にはなかった。



目の前が光に包まれる。

また始まるのだ。

『無限死地獄』が。



「おっと、やっぱやめます」


閻魔の声とともに、目の前に地獄の真っ白い空間が戻ってきた。


「失礼、憑依の対象者がたった今、死の運命を回避したんです」


「運命を回避することができるんですか?」


「ええ。運命とは流動的なもの。一挙手一投足で運命は常に変わり続けるのです」




「ところで、もしあのまま憑依してたらどうなってたんですか?」


「連続児童強姦殺人魔に襲われてました。さっきの男です」


背筋が凍りついてしまうようだった。

何度もあんな男に襲われる羽目には遭いたくない。



「連続、ということはもう既に何人も子供たちを?」


「ええ、第一被害者のあなたをやってしまってからタガが外れたかのように、

わずか数日であなたを含め3人を手にかけています」


これは、既に日本中で大きな騒ぎになっていることだろう。

強姦とあれば、証拠も多数残っていることだろうし、今の時代であれば逮捕も時間の問題ではないだろう。

だが僕は許せなかった。

個人的な恨みだけではなく、3人もの子供に性的暴力を振るった挙句殺すという

悪逆非道な手口を平気で行ったあの男が。


いずれ司法により裁かれ、

永久に刑務所に閉じ込められるか、

はたまた死をもって断罪されるかは分からないが、

それ相応の罰を受けることだろう。

だが、それでは足りない。

今僕が受けているような、『無限死地獄』で受けているような苦しみ、痛み、全てを奴に叩きつけてやりたい。

僕は強くそう思った。


まるで僕の頭の中を読み取ったかのように閻魔が話し始める。


「時間もあるので、ひとつ教えてあげましょう。

この地獄で最上位の苦しみが与えられるのが『無限死地獄』なのです。


私はここを地獄と言いましたが、この空間が全てではありません。

あなた方人間が思うような、溶岩だらけの地獄もまた存在しているのです。

いやまあ、溶岩に突き落とすなんて残虐な真似はしませんがね。


ですが、他の地獄は1度死ねば終わりなのです。

果てしなく長い時間苦しみ続ける、なんて説が現世では有力のようですが、

実は苦しみの先にある死にたどり着けば、地獄は終わってしまうのです。


もちろん筆舌に尽くしがたい苦しみが与えられますが、

せいぜい1日もしないほどで耐え切れずに死んでしまいます。


地獄の中でも特別なのがこの『無限死地獄』です。

生前の罪の大きさ、数は全く関係なく、

『無限死地獄』の亡者に憑依されて生き残った人間が次に『無限死地獄』へ堕ちていきます。


あなたは一度、死の運命から逃れたことがあるはずです。

そこであなたはここへ来る運命となったのです」



僕はやるせない気持ちになった。

彼が言う分には、生前の僕が1度死の運命に直面した時に今の僕と同じような『無限死地獄』の罪人に救われ、生き延びたのらしい。

もっとも、それに関する記憶は全くないのだが。


それで満足のいく人生を送れたのかは知らない。

でも今こんな苦しみを受けるのなら、

あの時、

いつかは知らないがあの時、死んでおけばよかったのに。

僕はそう思った。


それに、僕が無限死地獄を抜け出せたとして、

憑依していた人間が僕と同じ思いを味わうというのなら

そのまま死なせてやったほうがマシなのではないか。


いや、無限死地獄がふさわしい人間、同じ人間とも認めたくないが、それが1人いる。

アイツならば、僕と同じ目に遭っても同情の余地はない。

相手をする閻魔がかわいそうではあるが。





「良いニュースと悪いニュースがあります」


「なんですか、いきなりハリウッド映画みたいに」


「良いニュースはもうすぐあなたの記憶が戻ること。

悪いニュースはそのためにあと2回死ななければならないこと」


なんとも微妙なニュースだ。

確かに、記憶を取り戻せばこれから生き残るために役に立つような知識が頭の中に湧いてくるかもしれない。

だが、あと2回も死ぬのは勘弁だし、またあの男に思う存分嬲られて殺される可能性だってある。



そもそも、記憶を取り戻したところで僕は既に死んで地獄に堕ちている。

わざわざ記憶を取り戻す意味もない。


とにかく次での生き残りを目指すだけだ。



「先ほどの死に方があまりに酷かったので、親切心で1つ、勝手にヒントを出しておきます。

あなたが憑依するのは、生前に暮らしていた街とか、あなた自身に関係がある場所の人間のみです。

私にも何故そうなるかは分かりませんが、怨念がどうこうとか、生前の記憶が無意識に、とかいろいろ言われてます」



では、先ほどあの男に再び殺されるかもしれなかったというのは、奴が同じ地域でずっと犯行に及んでいた、ということか。

そう考えると、自分に思い入れのある場所であんな残虐極まりない男が好きに暴れているというのは余計に嫌な気分がした。



場所にばらつきはあるかもしれないが、

僕がこれまで何度も死んでいたのは僕に関係のある地域だったという事だ。

もし記憶を取り戻せれば、生き残りに活かせるかもしれない。



『無限死地獄』の脱出に、一筋の光が差した。


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