3話 異常者
かなり汚い描写が入ってしまいました。
あれから、僕は何度も死んだ。
あるときは車に轢かれ、
あるときは甲高い声で叫ぶ中年の女に包丁で刺され、
あるときは病院のベッドで何が原因かも分からず苦しみながら死んだ。
「なかなか終わりませんね」
「相変わらず他人事みたいに言いますね、他人事ですけど」
閻魔大王は退屈そうに書類に目を通している。
「いったい、何の書類ですか?」
「地獄に関するものですよ。誰を堕とすべきかとか、どのような罰を与えるか、とかです」
「重い役割ですね」
「私が何年このポストにいると思ってるんですか?私としては流れ作業のようなものですよ」
僕もその流れ作業の中の1つなのかと思うと悲しくなった。
「そろそろ次の時間ですよ」
僕はこの真っ白な地獄に落ちてから幾度となく死に続けている。
最初の、あのレース場での死こそ一瞬で、痛みや苦しみを感じる間もなく死んでしまったが、
それからは痛み、苦しみを気が狂うほど受け続けた。
この地獄では全くやることがないので、
次なるチャンスにかけて様々な生き残りのための方法とか、この無限死地獄から解放される別の方法を考えていた。
例えば、そもそも閻魔を殺してしまえば解放されるのではないか、とか。
地獄の王たる閻魔大王の暗殺を謀る罪人など、これまでにいたのだろうか。
『自分の行わんとする新しいことは、とっくに誰かがやっているか、意味がないので行われなかっただけだ』
という言葉が脳裏によぎり不安になってしまったので、まずは閻魔に対し腕相撲での勝負を仕掛けることにした。
結果を言えば、惨敗だった。
手を握られた瞬間にもうダメだ、と思った。
地獄の罪人らしく、何の合図もなしに勝負を仕掛けたのだが、
閻魔の腕はビクとも動かず、あっという間に机に手を叩きつけられた。
これはもしやと思い、泣きの一回を請うた。
今度は両手で挑んだのだが、これまたビクとも動かず、瞬く間に机に叩きつけられた。
これはもう、筋肉がどうとか力がどうとかいう問題ではない。
人間と閻魔の差なのだろう。
きっと、本気で暗殺を狙って後ろから首を絞めたところで簡単に振りほどかれ、地獄の炎で焼き殺されるだろう。
地獄にいる全ての亡者に知ってほしいのだが、閻魔とは絶対に敵わない存在なのである。
取りあえずは、素直に生き残ることに尽力しようと決心した。
しかし、僕はもう死にたくなかった。
閻魔曰く、痛みや恐怖はこれでも軽減されているらしいのだが、それでも嫌なものは嫌だ。
でも、まだ死に続けないといけない。
なんとなく、そんな気がした。
視界が光で包まれる。
また始まるのか。
目覚めると、僕は暗い夜道にいた。
住宅街だろうか、辺りはひっそりとしていて、家の明かりと街灯がぽつぽつと光っているだけだ。
それにしても、この辺の家はやけに大きい。
高級住宅街というやつだろうか?
それにしては見た目は普通の一軒家ばかりだ。
電柱だって、妙にのっぽに見える。
……違う。周りが大きいのではなく、僕が小さいのだ。
先ほどから背中が妙にずっしりと重いと思ったが、これは懐かしい、ランドセルだ。
では、今僕はある小学生の体に乗り移っている、ということなのだろうか。
詳しい今の時間は分からないが、なんでこんな暗い中を小学生が1人で歩いているのだろうか?
塾帰り?家出?
とにかく、こんなところにいては危ない。
僕が憑依している時点で、とっくにこの子に死の危険は迫っているのは明白なのだから。
こんな静かな住宅街でどんな危険が待ち構えているというのだろう。
なるべく、簡単に避けられるようなものがいい。
チェーンソーで襲いかかってくる寝たきりの老人とか。
しかし、今は小さな子供に憑依してしまっている。運動能力にはあまり期待ができない。
変な大人になんて襲われたら、きっとひとたまりもない。
「あれ?君、1人かなぁ?」
言ったそばからか。
「うふ、僕はねぇ、君みたいな小さい男の子、だーいすきなんだぁ、うふふ、うひゅ」
大柄の猫背の男が、気持ち悪い猫撫で声で迫ってくる。
猫、猫と続いたが、この男に猫のような愛くるしさなどは微塵も感じられない。
こんな大柄の男に力づくで襲われれば、この体ではどうにもできない。
地獄という非現実的な場所へ堕ちはしたものの、非現実的な能力が備わった様子もない。
いや、まだ諦めてはいけない。なんとか逃げ延びなければ。
体格を見るに、こいつは運動なんてできないタチだ。きっと。
小さい頃に運動が出来ずにいじめられて、その復讐心でこのような性癖に目覚めたのだろう。
そんな妄想をしながらも、僕は期待していた。
小学生の脚力は大人より弱いが、その分スタミナがある。
この男からなら逃げ切れるかもしれない。
背負っていたランドセルを男に向かって投げ捨て、
背を向けて一目散に逃げ出した。
僕は向かい風を切りながら懸命に走る。
最初のF1で死んだ時も、風がすごかったなあ。
いよいよ僕の無限死地獄が終わる。
もう、何度も苦しんだり、痛い思いをしたりせずに済む。
終わりだ。終わりだ。
しかし心に引っかかるものがあった。
このまま逃げ切ってはいけない。
本能、勘が、そう告げているような気がした。
僕の頭はどうしてしまったのだろうか。
まさか死ぬことに快感を覚えてしまったのか。
いや違う。僕はそんなマゾヒストなどではない。
重要な、大切な何かが・・・
「ダメだよぉ、逃げちゃ」
寒気がした。逃げ切れただろう、と思っていたあの男が僕の耳元で、あの猫撫で声で囁いた。
その直後、男は僕の髪を思いっきり掴んだ。
痛い。何だコイツは。
こんな大柄のくせして速かったのか。
「ふぅ……、ふふふ、うふっ」
気持ち悪い吐息が僕の耳に掛かる。
鳥肌が立った。
そして、視界が眩んだ。
この男に顔を殴られたのだ。
こいつはきっと異常者だ。
小学生の顔をこんな力で殴るなど、普通の神経の人間にはできるはずがない。
殴られた衝撃で地面に倒れ込んだ僕の手を男が紐で縛り上げる。
手つきは荒く、思いっきり締め上げられ、うめき声を上げてしまう。
僕がうめき声を出したからか、口にガムテープを貼られた。
最後に止めとばかりに足まで縛られた。
こうなったらもう無駄だと思い、抵抗はしなかったのだが、やけに手こずっていた。
もしかして、手馴れていないのだろうか。
人を縛り上げるのに手馴れていたらそれはそれでもっと恐ろしいのだが。
それから僕は大きい袋に入れられ、男の肩に担がれた。
歩くたびにゆさゆさと振動が押し寄せてくるので、視界がきかないのも相まって少し気持ち悪い。
しばらく歩いたあと、スライドドア特有の音が聞こえた。
車だ。多分ワンボックスだろう。
そのまま車は動き出し、2,30分ほど走ると
車がバックする音が聞こえて、その後エンジンが止まった。どこかに駐車したのだろう。
僕は袋から出された。
そのまま後部座席で男と相対する形となった。
先程は薄暗い中であったので男の姿をはっきりとは見ていなかったのだが、
車内の電気がつけられていて、男の全体像がよく分かる。
髪はボサボサで、なおかつ風呂にまだ入ってなかったのか脂ぎった様子だ。
眉毛の手入れもロクにしていないようで、ゲジ眉という言葉がよく似合う。
肌は全体的に吹き出物が多い。
黒いシャツを着ているが、肩周りはフケだらけだった。
顔の作りは別として、全体的に不潔な男だ。
「うふ……我慢できなくなっちゃったなぁ」
男があの猫撫で声で話しかける。
息もひどく臭い。この男は身なりというものに全く気を遣わないタイプの人間なのだろう。
そう思っているといきなり抱きしめられた。
つんと鼻を突く男の脂っぽい体臭がたまらなく嫌だった。
男はまるでペットを身勝手に扱う無神経な飼い主のように僕の頭を撫で回す。
「好き……好きだよぉ……」
興奮しているのか、ハアハアと息遣いが激しい。
男は興奮のあまりか、僕の服をめくり、僕の全身を舐め回し始めた。
気持ち悪い。
人生で一番最悪な気分だ。
男はひとしきり舐めまわしたあと落ち着いたかのように見えた。
だが、それも束の間、僕のズボンとパンツを下ろし、僕のペニスを口に咥えた。
舌で舐め回しているのが分かる。
いっそ殺してくれ……
そう思っていると、男がいきなり僕の口のガムテープを剥がした。
荒々しく剥がされたので痛みで顔が歪む。
「あっ……ゴメンね?」
今更謝られてもお前のことはいつまでも恨み続けてやる。
地獄に落ちて、死ね。僕の100倍死んでしまえ。
「あの……えっと……そのぉ……うふふっ、あは……」
「ボクのこと、好き?」
今更何を言っているんだ。
思いっきり顔を殴って、誘拐して、縛ったまま舐め回した相手が自分を好いてくれると思っているのか。
「大嫌いに決まってるだろ、このキモ男」
「あ……あ……」
男は信じられないというような顔をしていた。
息遣いがだんだん荒くなり、
体が小刻みに震え出し、二つの目がギリっと僕を睨みつける。
「……じゃえ」
「死んじゃえよ!このクソガキ!」
キレさせてしまったか。
でも僕は、もうこれでよかった。
こんな汚い男にこれ以上愛撫されるくらいなら殺されてしまったほうがマシだから。
男が僕の首に手をかける。そのまま思いっきり締め始めた。
いい。これでいい。苦しいがすぐに逝けるはずだ。
しかし、急に男の手が緩んだ。
「ボク、まだ気持ちよくなってなかったや……」
僕は死を決意するほど気持ち悪い思いをしたのに自分はまだ性的快感を得ようというのか。
自分本位にも程がある。
二重の意味で反吐が出そうだ。
それから僕はアナルにペニスを挿入された。
生前の僕がこのような性行為に及んでいたかは別問題として、とにかく痛かった。屈辱だった。
今すぐ発作で死んでしまえと強く願ったが、縛られたままの僕にはどうにもできなかった。
しばらく僕のアナルの中をペニスで荒らしまわって満足したのか、
本来繁殖のために使われるべき液体をまったくもって見当違いの場所に出された。
そして、奴はそのまま後ろから首に腕をかけ、僕を絞め殺した。
顔は見えなかったが、息遣いから察するに、かなり興奮している様子だった。