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無限死地獄  作者: 法将寿翔
ある男の話
20/24

19話 お尋ね人

佐伯は大学時代の友人、吉村の開いている興信所を訪れていた。

「困るなあ、ヤクザと関わりあるって思われちゃ商売あがったりなんだけど」

吉村はくたびれた茶色いスーツを身にまとい、ソファにだらしなく座っている。

2人の間に置かれた灰皿には吸い殻の山ができているが、

その山の8割は吉村のものだ。


「調査してもらいたいだけさ。そもそも売り上げの殆どが筋ものからの依頼だってのに、

今更イメージもクソもないだろう」

佐伯はゆったりと煙草の煙を吐き出している。


「いやいや、最近警察の目が厳しくてね。

一応知り合いの警官に何とか目を逸らさせてもらえないかって頼んでるんだけど、

大した権力のあるやつじゃないから、少し大人しくしたいんだ」


「残念だったな、今回の対象も多分カタギじゃない。

その代わり報酬は弾ませる。しばらく雲隠れしておけばいい」


吉村は顧客の多くがヤクザということもあってか、

身の振る舞いがかなり慎重な男だ。

事務所の周囲200m程に満遍なく監視カメラをこっそり設置していて、

怪しい人影がある場合絶対に姿を見せない。


警察には要注意人物としてマークされているし、

協力したヤクザの敵対組織にも目の敵にされている。

しかし、そんな吉村がどうしてもヤクザとの縁を切るに切れないのは、

その金払いの良さであった。


「どういう男なんだ、そのナカムライチロウってのは」


「よく分からない。竹田が言っていただけだ。

ひょっとすると竹田が殺したヒットマンが適当に出した名前かもな」


「ほう。まあ、高村がそんな機転の利く男とも思えないが」


「どうしてそれを!?」


佐伯は吉村どころか、誰にも高村に竹田を暗殺させる計画を言った覚えはなかった。


「探偵舐めんなよ。あんたらの動きはこっちで読めてるんだ。

商売やるにはマーケティング調査が大事なの」


「もう一本追加しよう」


「あらら、脅すつもりはなかったんだけどね。

あんまりやると消されちゃうし。今回はありがたく受け取っとくよ」


吉村の事務所のある雑居ビルは繁華街の外れ、

ほとんど住宅地のような場所にある。

そんな場所にあるので一見の客はなかなか入ってこない。

そういった客を追い払いたいわけではないのだが、

ヤクザとそれ以外の客で報酬に天と地ほどの差があるので、

面倒な仕事を増やしたくない吉村は

敢えて人のあまり通らない、目立たない場所に事務所を構えているのだった。


そんな雑居ビルに、佐伯が不満げに階段を強く踏みつけながら降りていく音が響く。


「仕事が出来なきゃとっくに消してやってるんだが」


吉村はやり手だった。

それ故に多数の方面から恨みを買っているのだが、

その有能さのために消されることはなかった。

裏社会に肩まで浸かっているような男であるが、粗暴な男ではない。

しかし、どことなく薄暗い、陰にまみれたような男だった。


佐伯は吉村の調査を待つことにした。

そもそも実在するかも分からない男のために労することほど

馬鹿らしいことはない。


そもそも、敵の多い竹田の事とはいえ、

ヒットマンをよこしてくるような権力のある人間に

ナカムライチロウなんて名の人間は存在しなかった。

偽名という線も無くはないが、

ヤクザの世界で名を騙ることはかなり罪の重い行為である。


ナカムラ、漢字にすればまあ恐らくは中村なのだろうが……


知り合いに中村という名字の人間は何人もいるが、

裏の世界の人間に絞ってみても、

仮にも一つの組の頭である男と敵対するほどの男はいない。

どいつもこいつも半人前のチンピラばかりだった。


ナカムラ、ナカムラ……

存在するかも分からない、そんな比較的ポピュラーな日本の名字を

佐伯は無意識に暗唱するのだった。

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