17話 伝言係
目の前の男は、敵ではなかったようだ。
僕は呆然と立ち尽くしていたが、男は笑顔で話し始める。
「おいおい高村、そこまで入り込まなくていいんだぜ?」
「え?」
「え?じゃねえよ、今しか無いんだから、早く行くぞ」
竹田組の裏口の扉を開けた先にいた男は、
一目でその筋の人間と分かるような見た目だった。
「ほら、あの先が竹田の部屋だ。
今日はお前を探して下っ端は出払ってる。
あのおっさん、呑気に酒でも飲んでんじゃねえか?」
「あの先?」
「バカ、とぼけてる暇はないんだよ。
いつ下っ端が戻って来るか分からねえ。バカばっかりだからな。
ちゃんと銃は持ってるだろうな?」
「あ、ああ」
左のポケットから銃を取り出し、見せつける。
「なんて無防備な仕舞い方してんだ、太ももに穴開いちまうぞ。
まあ、安全装置があるんだけどな。きっちり外せよ?お前バカだからな」
「安全装置?」
「これだよこれ!普段ケンカばっかりやってるから
銃の使い方も知らねえのか、呆れるな。
お前がしっかり竹田のタマ取ってくれねえと
俺もお前もヤバいんだから、しっかりやれよ?」
「分かってるよ」
「一応と思って2丁渡したけど、意味なかったみたいだな。
本当に竹田しかいないし」
何の事か分からないが、この男は竹田を暗殺するつもりらしい。
殴ってやりたいとは思ったが、銃で撃ちたいとは思っていない。
しかし、取りあえずこの中にあの男がいるならば話は早い。
一発殴ってやろう。
そんな決意と共に、ドアを勢いよく開けた。
中では竹田が豪華なイスに座ってウイスキーをあおっていた。
「動くな」
銃を突きつけ、言った。
「分かった、言うとおりにする。だから、命だけは」
竹田は突きつけられた銃を見るやいなや顔を青くして、
命乞いの言葉を漏らす。
竹田はあっさり両手を上げて降伏した。
「お前、息子をあっさり見捨てたようだな」
「クソ、やっぱお前らの組がやったのか」
「組?違うな、やったのは素人だよ。
最も、その辺のヤクザより頭はいかれてるだろうが」
「お前らが雇ったんだろうが」
「違う、あいつは自発的に動いてる。
本物の変態で、キチガイで、狂った野郎だ」
「ふざけるな、こんな暗殺仕掛けてくる奴の言うことなんざ聞くか」
苛立って、僕は天井に向けて数発銃を撃った。
そのつもりだった。
僕の指は何度もトリガーを引いたが、
何も起こらない。
どうしてだ。安全装置も外してあるのに。
何故弾が出ない。
僕が慌てているうちに、竹田がどこから取り出したのか、
同じような拳銃を僕に向けていた。
「おいおい、いくらステゴロの高村なんて呼ばれてるからって、
銃に弾も入れないとはこりゃただのマヌケだな」
竹田はニヤニヤと笑っていた。
形勢は完全に逆転した。
諦めた僕が言う。
「最期に一言言わせてくれ」
「やだね」
竹田はその嫌らしい笑顔のままトリガーを引いた。
弾けるような音が聞こえ、胸元に鋭い衝撃が走った。
熱い。痛い。息が出来ない。
僕は倒れこんだ。
もう死ぬだろうと悟った。
視界が霞みゆく中で、僕は必死に
「ナカムライチロウ」という名を絞り出した。
「何だそれは!?お前らのボスか!?」
竹田が焦ったように問いただしてくるが、
それに答える余力はなく、僕はもう物言わぬ体となりゆくだけだった。
その直後、
「どうしたんですか、組長!」と
さっきの男が入ってきた。
すると、銃を取り出し、僕に向けて何発も銃を発射した。
そのまま、僕の意識が途絶えた。




