14話 僕だ、
気配がした。
ここに来るまでに、僕はそれとなく分かっていた。
途中から、イチロウにつけ狙われていたことに。
街灯りから外れた河川敷。
昼間こそランニングや散歩でよく使われる場所であるが、
夜に近付くものはいない。
こういう場所こそ狙ってくるだろうと思っていた。
とにかく、僕の存在を知らせてやりたかった。
この体が散ることに、もはや何の抵抗も感じていなかった。
すぐそこに自分と息子の仇がいる。
冷静でいるつもりだったが、僕はきっと冷静ではなかった。
「……ヒヒヒ」
不気味な笑い声を細々と上げながら、イチロウがゆっくり近づいているのが分かった。
「中村イチロウ」
後ろを振り返って僕がそう言うと、イチロウがピタッと止まった。
「なに?」
「僕だ。覚えているか」
イチロウは、街の人さえロクに知らない自分の名を言い当てられたからか
焦りの色を浮かべていたが、ちょっとすると、また元の気味の悪い笑顔を浮かべた。
「幽霊になって乗り移りでもしたのか?アンタ」
「ああ、恨みがあるからな。2人分」
「バレちゃってたんだぁ、幽霊って警察よりすごいね」
「ふざけるなよ、お前も地獄に叩き落してやる」
「子供に言われてもねぇ、グフフフ」
そう言うとイチロウは懐からナイフを取り出そうとした。
しかし、いくらゴソゴソと探ってもナイフは出てこない。
「また忘れちゃった。この前もやっちゃったのに」
僕が2度目に殺されたとき、ああもねちっこく殺されたのは、
イチロウがナイフを忘れたからだったようだ。
「お前が忘れるせいであの時最悪な死に方をした」
「んん?あれもアンタだったのか。
じゃあおっさん犯してたことになるじゃん。うえぇ」
「お前に犯される方がよっぽど気持ち悪かったさ」
「もう一回やってやるよ!」
イチロウが向かってきた。
身を守るべく、川べりの背の高い草むらへ逃げ込んだ。
ちょうど今の僕より頭2つ分大きいくらいの高さだ。
鋭い草が、肌を傷つけていく。
なるべく身を低くして、隠れるように逃げて行った。
いよいよ川の際までたどり着いて振り返ると、
イチロウは既に追うのをやめていた。
後ろの川は雨が降った後なのか、勢いよく流れている。
この体で入れば、あっという間にさらわれてしまいそうだ。
すると、人の声が聞こえた気がした。
やがて、それは確信に変わった。
父親だ。
僕のではなく、この体の持ち主の父親だ。
「お父さん!」
僕は大声をあげた。
河原は静寂に包まれているようだが、
その実、川がごうごうと流れているので、
子供の細い声はすぐに水底へ引きずり込まれていく。
「どこだ!」
しかし、遺伝子の絆は思うより強いようで、
すぐに返事が聞こえてきた。
普段はどうしようもないチンピラのような男だが、
この時ばかりは頼りになる。
すぐに父が河原まで降りてきた。
「おい!どこだ!ガキ!」
イチロウがすぐに父の元へ走っていく。
「なんだテメエ、殺されたくなかったら……」
後姿しか見えないが、イチロウはきっと笑っていた。
その手にはナイフがある。
それを見た途端、父の威勢はあっという間に急ブレーキがかかり、
体が少しづつ引いていく。
「俺の息子がここにいるんだ、殺したりしたら承知しねえからな」
そういうと父は逃げ出し、あっという間に姿を消した。
この子は、孤独だったのかもしれない。
いっそこのまま……
『ニュースです。本日未明、○○市内の○川沿いの河原で、男の子の遺体が……』




