第3話【楽園】
大変長らくお待たせした挙げ句、「こっちかよ」と思って頂ければ幸いです。
文字数もちょっと多くなっていますが、ストーリー的にはほとんど進んでません。いつも通りです。
不安のあまり挙動不審に見えなくもない僕は、それでも勇気を奮い起こし、門に立つ人々に声を掛けた。
「あ、あのう──」
「はい? あ、避難されて来た方──」
絵に描いた様な二度見。
その男性──恐らくは僕より若い──は、僕から目を逸らした拍子に、更に僕の後ろにスタンバイしている妖怪三匹を見たのであろう──固まってしまった。
僕の背後から聞こえたのは──
ぐふふ、これはまたなかなか⋅⋅⋅⋅⋅⋅
ほほほ、若くてピチピチですわねぇ⋅⋅⋅⋅⋅⋅
じゅるる、ふしゅるるる⋅⋅⋅⋅⋅⋅
もはや本物の妖怪が紛れ込んでいる。
僕は慌ててその場を取り繕う。
「あ、あの、僕達は──いや少なくとも僕はマトモです。本当に。一般市民です」
一応あの三人もですと付け加えた。
「そ、そうなんですか。しかし──私の一存では何とも⋅⋅⋅⋅··」
その男性が額の汗を拭い、対応に困ったと言わんばかりに周囲の人々を見回す。いくら何でも失礼過ぎやしませんか?
「一応て何やねん一応て。失礼しちゃうわ、ねえ?」
母ちゃんが男性に向かって同意を求める。同意を求める相手を間違えてるぞ母ちゃん。その人はもっと失礼な事を言ってるんだ。
「は、はあ。そうですよね、ちょっと、その──度肝を抜かれまして。ははは······」
あらま、ハートを射抜いてしもたらしいわ、と母ちゃんが微笑みながら龍造寺さんと大友さんに言った。
どうやら母ちゃんは、かなり間違った感じで都合の良い様に脳内変換したらしい。
「で、では、どうぞお入り下さい。混雑していると思いますが、空いているスペースならご自由にお使い下さい」
「あらご親切にどうもぉ。そんならまぁ、お言葉に甘えて失礼させて頂きますわん」
「お世話になりますわん」
「ふしゅるるる⋅⋅⋅⋅⋅⋅ふっ、しゅうぅ」
母ちゃんと龍造寺さんの語尾からは色気ではなく寒気を感じ、大友さんに至っては正気を失っている。
「だ! 大丈夫ですから! 僕が責任を持ってこの人達を扱いますから」
ここで追い返される訳にはいかない。
いや別に追い返されても良いんだけど。
その場合、母ちゃん達から何を言われるか分かったものではない。
男性の顔には明らかに不自然な笑みが貼り付いている。
「ほ! 本当に大丈夫ですから! この人達、無闇矢鱈と餌を与えたりしなければ人を襲うような事は──」
──スパァン!
「痛い」
僕の頭を叩く為に脱いだサンダルを再び履き直しながら母ちゃんが言う。
「人を猛獣みたいに言うなこのハゲ達磨──ってあらいやだ、はしたない所をお見せしてしまったやないの」
普段はこんな事せぇへんのよほほほほ、と母ちゃんが恥じらう。
男性が僕を見つめる。その目は──大いに憐れみを含んでいた。
わかりました──と男性が頷いた。
「但し──ここには沢山の方が避難されていますので、余り騒いだりなさいません様に」
「勿の論ですわ。私からも良う言うておきますわこの出来の悪い息子に」
諸悪の根源がいけしゃあしゃあと。もう──何も言う気になれない。
ほな、行きましょか、と母ちゃんに促され、龍造寺さんと大友さんが愛想を振り撒きながら続く。僕も微妙に距離を取りながら追う。
「さあて、どこに陣取る?」
母ちゃんがキョロキョロしながら尋ねた。そうねぇ、と龍造寺さんが思案し、
「密着性を求めるなら断然、教室ですわ」
何を求めているんだ。
「でもそれは賭けの要素が大きくってよ龍造寺さん。それだったら質より量──体育館にすべきですわよ」
大友さんの意見になるほどな、と納得してしまった自分を恥じる。納得している場合ではない。こんな、目的の定かならぬ猛獣の如き三人を体育館なんぞに放り込んだら──いや、それは教室とて一緒か。いや、むしろ大きな空間で大勢の人が居る体育館の方が少しは目立たなくなるのではないか。木を隠すなら森に、だ。
スタスタと歩きながら母ちゃんが腕を組み、己の顎なのか喉なのか──恐らくは顎である──を片方の手で擦りながらうぬぬ、と唸り、
「うむ! 大友殿の策を採用! 体育館に布陣せい!」
はっ、と大友氏が頭を下げる。策ってなんだよ。
「まだまだ詰めが甘いぞ龍造寺殿。目先の利のみを追わば、いずれ大局を見誤ろうぞ」
ははっ、と龍造寺氏が頭を下げた。大局ってなんだよ。これは何の軍議だ。
ってな訳でな武──と母ちゃんが急に僕を呼んだ。
「そんな訳でな、仕方なしにやな。仕方なしにやで? 仕方なしに──体育館に避難場所を確保しに行くで」
何故、仕方なしにを三回も言ったのかは甚だ疑問だ。疑問だが──こちらの思い通りの展開ではある。
僕は少し考える振りをして、
「いいよ。体育館でも国技館でも。母ちゃんの好きな場所で」
僕がそう答えた瞬間、母ちゃん達が立ち止まった。
国技館にはお前一人で行け、と母ちゃんが心ここにあらずといった感じで投げ遣りに言いながら大友、龍造寺両氏に向かい合う。
──ん? なにそのリアクション。
三人は互いの肩に手を回し、円陣を組んだ。
僕は耳を澄ます。
──その方ら、ぬかるでないぞ。
──お任せあれ。大島津殿。
──キシャア⋅⋅⋅⋅⋅⋅ウギギギ。
──ダメだ。この三人を体育館に行かせたら。ナンとかウィルスによって生み出された生物兵器みたいなのも紛れ込んでるし。
「あ、あのさ母ちゃん。やっぱりグラウンドの隅っこの方とか──」
「えい、えい、おう!」
僕の提案は三人の気合いで掻き消された。
──い、戦は既に始まっている、のか──!
進めい、という母ちゃんの号令を聞き終えずして、龍造寺、大友は我先にと駆け出す。
「おお、栄誉ある一番乗りは我が龍造寺が頂くぞ!」
「己、猪口才な! この韋駄天の大友に勝とうなど十年早いわ!」
二人は、信じられないスピードで体育館へと向かった。その後を、母ちゃんが笑いながら追う。
「わはは、競うが良い競うが良い! それでこそ我が軍の二枚看板」
歩きながらふ、と母ちゃんが僕を見た。
「おい、そこな頼りない、不甲斐ない、だらしない体型の男。名は──何という?」
「へ? あ、僕? やだなぁ。僕はあなたの息子の──」
「やかましわボケぇ! そんな所で好き勝手禿げ散らかしとかんと、さっさと行かンかい!」
もう、無茶苦茶だ。
今に始まったことじゃないけど。
はいはい、と僕は仕方なく体育館があると思われる方へと向かった。先陣を争う二人の姿は既に見えない。
おうい、大島津殿ぅ早うお越し下されぃ、という叫びが聞こえた。
おう、と母ちゃんが応じる。
「ほな、母ちゃん先に行くで」
腕が鳴るわい、と母ちゃんが右腕をブンブン回しながら体育館があると思われる方へと向かった。僕も少し後れて母ちゃんを追う。
程なくして体育館の出入口が見えてきた。小学校とは言え、体育館の出入口ともなると結構な大きさだ。
その出入口の前に、大友さんと龍造寺さんが立っていた。
二人は──自分達が呼んでおきながら──母ちゃんが来た事にも気付かず、体育館の中の様子に見入っている。
「ええぇ、というか、ええぇ? 呼んどいて気付けへんとかどないやねんお二人さん⋅⋅⋅⋅⋅⋅おおう!」
因みに今のおおう! は母ちゃんが体育館の中を見た瞬間のリアクションだ。
龍造寺さんは口をパクパクとさせ、まさに絶句している。大友さんは全身をワナワナと震わせていた。
ここは──と、母ちゃんが唾を飲み、
「ここは! 天国? ねえ天国なん? ウチら、気付かん内に死んでもうたん? なぁ! 嫌や! まだ死にたない! 否、死んでも──ええ⋅⋅⋅⋅⋅⋅」
語尾は既に涙声になっていた。もう意味が分からん。
──否!
僕が思考停止に陥ってはダメだ!
考えろ。今、僕がすべきは──
自分の目で体育館の中を確かめる事、か。
「はっ⋅⋅⋅⋅⋅⋅!」
体育館の中には、当然と言えば当然だが沢山の人が居た。地域住民が避難しているんだろう。
それこそ、老若男女問わず、沢山の人が──
「見渡す限り──男だらけやないか⋅⋅⋅⋅⋅⋅!」
母ちゃんの頭では老若男、で止まっているようだ。女、は受け入れていないらしい。
龍造寺さんがようやく母ちゃんの方へ振り返ったと同時に何故か──敬礼した。
「ゆ、夢ではありません! 此処こそが、我々が追い求めてきた──楽園であります······!」
おおうおうおう、と龍造寺さんが声を上げて──泣いた。
母ちゃんは龍造寺さんの肩を抱き、
「泣くな! 貴様、それでも日本男児か! だが、今日のところは許す。存分に──泣くが良い!」
おおいおいおい、と母ちゃんも──泣いた。
「泣いてる場合か──貴様ら!」
大友さんが急に、龍造寺さんと母ちゃんを平手打ちする──振りをした。龍造寺さんと母ちゃんは、当たってもいないのに、大袈裟に倒れた。
「大友、貴様──上官に向かって何て事を──」
「そんな事を言ってる場合ではないと何度言えば分かるんだ!」
大友さんがまたもや二人を平手打ちする──振りをした。龍造寺さんと母ちゃんが再び派手に倒れた。
「我々が此処に! 何をしに来たのか! 分かっているのか!」
大友さんが平手打ちの振りを連発する。龍造寺さんと母ちゃんはわーきゃー言いながら倒れては起き上がる、を繰り返す。
「この楽園を──支配する為じゃあないか!」
──いや。違いますけど。避難する為なんですけど。
何だかんだで思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪えていた僕は、そろそろ突っ込まないと周りの皆様から叱られると思い、割って入ろうとした。
──と、その時。僕のお尻に何かがぶつかった。
そのぶつかった何かは、僕のお尻に跳ね返され、僕のすぐ真後ろで尻餅をついた。
「痛たた······なんだコレ、こんな所にカベ? あ、違うお尻だ」
どうやら僕のお尻にぶつかったのは子供の様だ。男の子だ。
「あ、ごめんなさい、うちの子が······こらカズマ、ちゃんと謝りなさい──」
後から追い付いた、母親らしき女性が頭を下げた。僕は、いえいえ、大丈夫ですよそんな、元気なお子さんですね、と笑顔で返した──つもりだったけど、見ず知らずの女性とそんな風に話せる筈もなく、モゴモゴと、大丈夫です的なことを言ったと思う。
本当にすみません、とその女性が頭を上げた。
「······!」
──な、何と綺麗な······!
一瞬、凝視してしまった。慌てて顔を背け、手を振りながら、いやその、と必死にごまかす。
ごめんなさぁい、と男の子の声が聞こえて我に返る。
あ、え? と戸惑う僕に、女性は微笑みながら、少し不思議そうに首をかしげ、大丈夫ですか? と聞いてくれた。
「あ、はい全然大丈夫でっす」
──しまった。でっす、って言っちゃった。
女性は頷き、笑顔で、
「本当にすみません。じゃあ、失礼します」
待ちなさいカズマ、と男の子を追ってその女性は行ってしまった。
──はあ、びっくりした。いやはや、あんな美人がこの界隈に居るとは······
「アカンで武。どう見ても人妻や。道ならぬ恋はアカン」
「なな? 何言ってるんだ母ちゃん! 僕は別にそんな」
「そぉか? なら別にいいでっす」
うひゃひゃひゃ、でっすでっす、と母ちゃんが大爆笑している。
──いかんいかん。僕までがそんな不埒な考えを持ってしまったら僕達全員追い出し確定だ。第一僕はこの次元の女性には興味なんか無いんだ──いや、全く無い訳じゃない、かな──いや、無くはない──いや、あると言えばある──むしろある──
「何を難しい顔してブツブツ言っとんねん」
僕の顔を覗き込みながら母ちゃんが言う。
「しかも後半は若干気色悪い笑みまで浮かべとったがな」
気色悪い言うな。
僕が母ちゃんに反論しようとしたところで、龍造寺さんと大友さんが戻って来た。
「さて大島津さん、どの辺りに陣取りましょうか」
「私としてはもう、遠慮せずど真ん中に陣取っちゃうのも有りかと」
遠慮しろ。
「いえいえ違いますわ龍造寺さん。あちらの──ほら、殿方が密集しているあのエリアが宜しいと思いまふしゅるるぅ」
大友さんの語尾がまたもや不気味になり始めた。
母ちゃんは二人の意見を即座に却下した。
「ど真ん中もピンポイントも不採用。ここは冷静に、一旦隅っこに陣取って体育館内を物色いや観察いや──様子見やな」
何度言い直そうがしようとしている事は同じだった。要は焦らず、ターゲットを慎重に選びたいらしい。
なるほど、と龍造寺さんと大友さんが感心しながら頷く。
「そうと決まれば早速。善は急げと言いますからね」
龍造寺さんと大友さんが、それはもう風のように移動した。俊敏に、それでいて静かに動くその様はまるでハンターだ。
二人の動きを目で追い、母ちゃんは自分の頬を張った。
「よっしゃ! ほな──行こか」
気合いを入れるな。
母ちゃんの眼が怪しく光ったのを僕は見逃さなかった──
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
本編のキャラクターが出ることもありますが、本編にこっちのキャラクターが出ることはまず無いと思います。