第2話【不安】
人間、たまには息抜きが必要です。
息抜きで書いた結果がこの有り様です。
本当に、すみません、としか……
「ま、待ってよ母ちゃん」
遥か遠くに居る妖怪3匹が各々身振り手振りで僕を呼んでいる。まるで、彼岸から生者を手招きする亡者の様に。
──命懸けで走った先に待つのがあの3人か……全力で嬉しくないな。
だがそうも言っていられない。先程、十字路を横切って行った人物は間違いなく危険だ。手に斧の様な物を持っていたし。
僕は再び前方を見る。
妖怪トリオは相変わらずクネクネと、奇妙な異様な不気味な動きをしている。ある意味、あの3人も危険な気がする。
──ええい! 行くか!
僕は大きく息を吸い込み──吐き出した。
そしてまた大きく息を吸い込み、吐き出した。
念のため、もう一度息を──
「もうええっちゅうねん! ここら辺の酸素が薄ぅなっとるやないかこの風船デブ!」
それともなにか、吸引力業界No.1なんか、と──母ちゃんが……
「どこの業界だよ、って言うかいつの間に戻って来たんだ母ちゃん」
母ちゃんは、オラ瞬間移動が出来るようになったンだ、と意味不明な事を宣った。
「ハイハイ、それは凄いですねー。分かったからもう行くよ。母ちゃん、僕のスピードを見て腰を抜かさないでね」
「おお? 言うやないか。お前、走るより転がった方が速いんと違う?」
チッチッチと、僕は人差し指を数回横に振り否定した。
「甘く見ないでほしいな。僕はあの人──ミュウに出逢ってからこっち、毎日欠かさず俊敏さを養うトレーニングを続けて来たんだ。勿論──脳内でね」
バコッ。
「痛い。わざわざ履いてたサンダルを脱いで殴らなくても」
というか、サンダル履きであのスピードなのか。
「うっさいわ! 偉そうにぬかしとるから聞いてたら結局頭ン中だけやないか!」
「当たり前じゃないか。脳内以外のどこで体を動かすのさ!」
「そこまで開き直られると逆に気持ちええな。そこまで言うなら走ってみぃ。ほれほれ」
やってやろうじゃないの。
(脳内)トレーニングの成果を見せてやる!
──ダッ
僕はスタートを切った。
周りの景色が風のように後ろへと流れてゆく。
いや、僕が風になったのか──
このスピード──
風になびく髪──
躍動する四肢──
まるで──そう、獲物を追う気高き肉食獣のように
「──って、うるさいよ母ちゃん! 人のイメージにツッコミ入れるとかなんなんだよ」
なんかカッコええやろ、こういうツッコミも、と母ちゃんがしたり顔で言う。
「そんな事より武。もう終わりか? まだ20メートル位しか走ってへんけど」
──な、なに?
「ンなカッコよく驚いてもアカン。お前がなんや気色悪い表情で走っとるから、ちょっとおもろかったけどな」
めっさ遅いしな、と母ちゃんが笑う。
「分かった、分かったから早く逃げよう」
「あ、もう別に急がんでもええで。お前にツッコミ入れに戻って来た時に見たらもう居らんかった」
さっきの変なヤツ、と母ちゃんが指差しながら言った。
「早く──そういう事は早く言ってもらえるかな。母ちゃん」
「アホやなぁお前。お前の為やないの。この先本気で走らなアカン時があるかも知れへんやんか。その時の為の練習や練習」
ほんのり殺意を抱きつつ、僕は髪をかきあげる。
ミス! 髪をかきあげられない!
「なんや、遂に地の文にまでいじられる様になったンかい! わはははは。どないなっとんねん」
「僕が知りたいよ」
無茶苦茶すぎるだろう。大丈夫なのか色んな意味で。
不安を隠しきれない僕をよそに、母ちゃんは軽い足取りで先へ進んで、
「あー、面白かった。ほな、はよ行くで武」
はいはい、と僕は心底適当に返事をし、母ちゃんの後を追った。
母ちゃんと僕は、妖怪二匹と合流した。
「武ちゃん、最高だったわよ、あなたの走りっぷりひひひひ」
「そうねぇ。鬼気迫る走りっぷりでしたわねぇ。追われる落武者感が半端じゃなかったわははは。あら失礼おほほ」
やんわり殺意を抱きつつ、僕は無視した。
母ちゃんはわざと自分の髪を掻き乱し、
「申し訳ござらん。拙者ぁ、切腹つかまつるぅ」
なんの真似だ。
「直れぃ、そこへ直れえぃ」
龍造寺さんが刀を振り上げる素振りをした。
「殿ぅ、殿中でござる、殿中でござるぅ」
大友さんが龍造寺さんを止める。
もはや意味が解らん。
「もう、良いかな? お三方」
「なんや、折角乗って下さったのに。そこはお前、火付盗賊改、長谷川平蔵であぁる、ぐらい言うて入って来いや」
ますます意味が解らん。
「……良いから早く先へ進もうよ。これじゃ全然話が進まないし」
かッ、と母ちゃんが唾を吐く真似をした。
「話が進まないとか、そういう作り手側の意見みたいな事言うたらあかん」
作り手ってなんだ。
「それにな、こんなんでもせな、すぐ本編に追い付いてまうからな」
本編ってなんだ。
「なんだその言い種。人を番外編みたいに言わないでよ母ちゃん」
「……!」
僕の一言で、三人の動きが止まった。
「た、武──お前……」
え? なに?
「い、今頃気付いたんか! お前はほんま幸せ者やのう」
「……!」
僕の動きが止まった。いや──世界が止まった。
さ、行こか、と母ちゃんはさらっと言った。
「ちょ、ちょっと母ちゃん! なにをそんなにさらっと言ってるんだ! 物凄い事実がいま発覚したんだよ?」
「アホ。ここはさらっと流すのが基本や」
流せるか!
……
いや、流した方が良い、か。
うん、そうします。
「さ、さあ──張り切って行こう。避難場所の小学校へ」
台詞が棒読みだが許す、と母ちゃんが頷いた。
再び僕らは歩き出す。
エエ男が仰山居るとええなぁ、と母ちゃんが遠い目をしながら龍造寺さんと大友さんに言った。
大丈夫よ大島津さん、絶対居るわ、なんせそこいら中の男共が避難しているんですもの、と龍造寺さんが身をくねらせる。男共、って……
私は興味ございませんわ、と大友さん。
ちょっとはまともなのかな、と思って大友さんを見たら──
思いっきりメイクを始めていた。
顔面をこれでもかというぐらい白く塗りたくっている。
まるであの、有名な、お馬鹿さんな殿様みたいだ。
あれ? 他の二人がやけに静かだなと思って二人を見たら──
殿様が二人増えた。
──し、正気ですか?
この際、深く考えるのはやめよう。
どうせ考えたってこの人達の境地には到達できない。
「見とれてる場合と違うで武。キリキリ歩かんかい」
言葉を失っていただけだ。断じて見とれてなんかいない。
いざ、楽園へ──!
今のは勿論、妖怪共の掛け声だ。
──このまま、この人達を小学校に避難させて良いのだろうか……。
今のところ、この人達が一番危険人物である。まぁ最悪の場合、入場を拒否されて終わる可能性もあるけど。
「しかしアレやな。気色悪いTシャツ着た気色悪い落武者な男が避難しに来たら速攻で追い返すわなウチやったら」
「…………はあ?」
怒りを込めた「はあ?」だった。
「大丈夫ですわよ大島津さん。私達が一緒ですもの」
「…………はあ?」
どの口でほざいているのかという疑問を込めた「はあ?」だった。
「もしかしたら逆かも知れなくってよ。私達三人を見たら、若い男性達には刺激が強すぎます、みたいな事を言われて──」
特に大島津さんなんかもの凄いセクシイですもの、と大友さん。
あら、そうかしらん、と母ちゃんが立ち止まってポーズを決めた。
「…………はあ」
魂が抜けてしまう程の溜め息だった。
「なんやお前さっきからはあはあ気色悪い。まぁええわ。そういう訳やから武、お前先に行って小学校にお伺いを立てといてくれんか? 僕はこんなですけど、後から来る三人娘は絶世の、いやさ傾国傾城の美女なんですが大丈夫でしょうかぁ言うて」
別の意味で大丈夫ではないと思うけど。
僕は首を振った。
「母ちゃん言うところの気色悪い僕が先に行って、その後に母ちゃん達が来たら、時間差のダブルショックで余計に衝撃がデカイと思うよ。だったら一緒に行って一度で済ませた方がまだマシだと思う」
自分で認めよった、と母ちゃんが盛大に拍手した。
「せやなぁ。そこまで言うんやったら一緒に行こか」
いざ、楽園へ──!
妖怪共が再び気合いを入れ、僕達は小学校へと歩き出した。
わいわいガヤガヤと相変わらず緊張感の無いおばちゃん達と僕は、途中、危険人物とやらに出会うこともなく、無事に避難場所である小学校に到着した。
「着いたでぇ! 男共の巣窟、酒池肉林の小学校へ!」
もはや避難するという目的を忘れている。男性しか避難していないと思っているのか。しかも巣窟って──
「はしたなくってよ大島津さんあらヨダレが」
じゅるる、と音を立ててヨダレを拭う龍造寺さん。
「お二人ともみっともなくってよ。ご主人が見たら泣きますわよ」
さっきよりもより一層顔が白くなっている大友さん。おまけに真っ赤な口紅が追加されている。
「お、武! あれ見てみい。門の所に何人か立っとる。声掛けて中入れてもらお」
ぐふふ、と笑う母ちゃんの眼は、まさに肉食獣のソレだった。
──もう、僕の中には不安しかありませんが。
最後までお読み頂き、本当に本当にありがとうございます。
次に投稿できるのはいつになる事やら……
また忘れた頃にひっそり投稿致します(笑)