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第1話【起床】

こんな哲学者は居ません。一応、念の為。

──この世に生きる総ての者達の中に

  脇役等存在しない。

  誰もが、主人公なのだ。


    ──哲学者・ハラデトル──


──だが、どうしたって主人公にはなれない

  奴は居る。

  私はむしろ──そっちの方が好きだ。


    ──作者・島津鷹司──




「いつまで寝とんねん、このバカ息子!」



 最悪の朝だ。

 僕の唯一の幸せタイム──単なる二度寝──は、いつも通りあのうるさい女性によってぶち壊された。


「──良いじゃないか! 今日は休みなんだから!」


「そういう問題違うんじゃこのバカ息子!」


 二度も言うか。自分の息子に向かってバカバカと。


「もう……なんだよ朝から。今日、何か用事あったっけ?」


 早く支度せんかこのバカ息子、と階下から三度バカ呼ばわりされた。

 言われるままに布団から這い出し、欠伸をする。


「……ったく、貴重な休日をなんだと思ってるんだ」


 取り敢えず鏡に向かい、寝癖を直す。


「起きたんか? 早ぅせぇ!」


「今、寝癖を直してんだよ母ちゃん」


「直す程の毛ぇはあれへんやんけこのハゲ息子!」


 ひどい。ようやくバカ呼ばわりしなくなったと思いきや、今度はハゲ息子ときた。


「有るよ! ちょっと寂しくなってるだけじゃないか」


 何がちょっとだ焼畑農業みたいな頭しやがって、と母ちゃんが言った。

 どんな頭なんだそれは。


「じゃなきゃ落武者や落武者! 成仏させたろか?」


「うるさいな、まったく……」


 僕は本当にあの人の息子なんだろうか。

 確かに、風の強い日なんかは恨めしい感じになるけど……


 寝癖を直し、お気に入りのシャツとジーンズを履く。


「今、行くよ!」


 階段をドタドタと降りる。


「やっと降りて来たか(たけし)。早く避難するで」


「はあ? 何? 避難って」


「避難も知らんのか。難を避けて別の場所に移動する事やないの」


 いや、言葉の意味じゃなくて。


「難、って何?」


「ナンも知らんのか。インドとかあっちの方のパンみたいなやつでな、ツボ形のかまどの内側にペタペタっと貼る──」


「違う。母ちゃん、頼むからそういうベタなボケはやめてくれよ」


 はあ……と母ちゃんが溜め息を吐く。


「ボケと分かっとるなら突っ込まんかい。つまらん奴やなぁ」


「あのさ……まあ、良いや。何があったの?」


 よう分からんけど、と母ちゃんは言った。


「何か、危険人物が一杯居るらしいから逃げろ言うてたわ。テレビで」


 はあ……と今度は僕が溜め息を吐く。


「危険人物が一杯居るんだー。すごいなー。じゃあ僕はもう一回寝てくるね」


──ドカっ


「痛い」


 部屋に戻ろうと反転した僕の背中を母ちゃんが蹴った。

 振り向くと、母ちゃんが親指をクイクイっと自分の後方に向けてやっていた。テレビが映っている。

 画面には人は映っておらず、文字だけが表示されていた。


「何これ。こんなの初めて見た」


「映像が無いってのが余計リアルやろ? 良う見てみぃ」


「なになに……へええ──本当なんだ」


 確かに、詳細ははっきりしないものの「政府発表」「危険人物多数」「避難場所に」と言った文字が書いてあった。


「相変わらずリアクションのうっすい奴やのぉ。見た目は濃いのに」


 薄いのは頭だけにせぇ、と母ちゃんが言った。

 無視する。


「で、どこに避難するの?」


「ほぉ、無視か。まあ、ええわ。避難場所は、すぐそこの──小学校やて」


 小学校か。歩いて10分くらいだ。


「取り敢えず──朝飯は?」


「はあ? お前、この期に及んで飯食う気か」


「うん。腹が減っては避難は出来ぬ、ってね」


「呆れた……まあ、お前らしいがな。よし、ちぃと待っとれ」


 母ちゃんは台所に行き、すぐに戻って来た。

 手には皿を持ち、その上には──ソフトボール大の握り飯が三つあった。


 デカイよ。しかも三つ。

 でも──食べた。


「ギャグで三つも作ったのに全部平らげよった」


「ごちそうさま。ゲフッ」


 しかし本当に避難しなきゃいけないとは。

 そうなると──

 僕は部屋に戻ろうと反転した。


「待て、どこ行く武」


「え? 決まってるじゃん。ゲッファウ……僕の大事なコレクションも持って行かなきゃ──」


「ゲップしながら喋るなこのガスタンク。しかも何やて? コレクションてまさかあの──気色悪い『ふぃぎあ』とか言うのを持って行く気か?」


「フィギュア、ね。気色悪いとか言わない。僕の宝物なんだから」


 かあぁっ、と母ちゃんが呆れたように唸る。


「大体そのシャツの絵ぇも気色悪いっちゅうねん。あり得へん色の髪したケッタイなオナゴやなぁ。しかも何やその水着みたいな服。乳丸出しやないか。ワイセツ物陳列罪で逮捕されるで」


「僕の『ミュウ』ちゃんを馬鹿にするな。それにこの娘が着ている服は水着なんかじゃない。これはミュウちゃんが悪の集団、漆黒(しっこく)鴉団(からすだん)と闘う時の装甲服(バトルスーツ)だ。これを装着している時の彼女はハッキリ言って──無敵だ」


「ハッキリ言うな。何をお前がカッコつけて言うとんねん気色悪い。そんなんやからお前はいつまで経っても──せや、お前、今、いくつや」


「はあ、おかげさまで、40になります」


 母ちゃんのコメカミに、血管が浮いた。


不惑(四十)にもなって何がミュウちゃんや。ブウちゃんみたいな面しくさってからに。ホンマにワシの子か? 母ちゃんが若い頃はなぁ、誰もが振り向く、それはそれは──」


「振り向くんじゃなくて皆、2度見するんでしょ?」


 絶対そうだ。現在からして最早怪獣の様な出で立ちなんだから、若い頃だって精々──珍獣だ。


「何やら不快な思考の波動を感じるで武」


「大体、僕がこう(・・)なのは父ちゃんと母ちゃんのせいでしょ? 遺伝だよ」


──スパァン。


「痛い」


 母ちゃんは、履いていたスリッパで僕の頭を叩いた。


「母ちゃんの事はともかく──父ちゃんの悪口は許さへんで武! 父ちゃん……草葉の陰で泣いとるわ」


 はあ、と僕は溜め息を吐く。


「父ちゃん、まだ死んでないじゃん。単身赴任してるだけじゃん」


 母ちゃんは片目を瞑り、舌をペロッと出し、エヘッと言った。


 寒気がした。


「もうええわ。お前と下らん漫才してる場合と違う。避難せな。とにかく──ふぃぎあは置いてけ」


 仕方ない、か。


「分かったよ。ただ──僕の部屋に鍵だけは掛けて来て良いかな」


 そんなモン誰も盗りゃあせん、と母ちゃんが呟くのが聞こえたが、構わず2階に上がる。

 僕の部屋のドアを開け、室内に飾ってある大量のフィギュアを眺める。


「──大島津(おおしまづ)武、只今より、少しの間、外出致します。ミュウ・ハートレイ隊長、暫し──お別れです」


 僕は、飾ってある隊長達に向けて敬礼し、別れを告げた。


 ──お気をつけて。必ず──無事に戻るのよ、武──さん(と、言われた様な気がした)。


「分かっています……いや、二人の時は敬語は使うな、でしたね。分かってるよ、ミュウ。僕は──」


「早ぉせい言うとんのじゃハゲぇ!」


 うう……


「わ、分かったよ母ちゃん」


 最後にもう一度敬礼し、僕の部屋に鍵を掛けた。

 再びドタドタと階段を降りる。


「よっしゃ、行こか──」


「待って。このリュックに必要な物を」


 珍しく気が利くやんけ、と母ちゃんが驚いた。


「一言余計だよ。えっと……これと、これと」


 僕はリュックに、ありったけの──食料を詰め込む。


「──ま、待て待て武。お前、どんだけ持って行く気ぃや」


「え? これでもかなり控え目にしてるんだけど」


 母ちゃんは僕のリュックを奪い、中身を確認し始めた。


「カップ麺、チンするご飯、冷凍食品、スナック菓子、チョコレート、プリン……」


「あ、バナナ入れ忘れた。バナナはおやつに入るのかな」


 母ちゃんが、せやなぁ、と言い、考える。


「そこは難しいところやなぁ……ってどアホ! 遠足違うわボケ。しかもどんだけ食うねん。ブクブク肥えやがってホンマに」


 新弟子検査はいつや、と母ちゃんが言った。


「受けないよ。分かったよ、プリンは我慢する」


 仕方なくプリンは冷蔵庫に戻した。


「もう行くで武。やり忘れたボケはないな?」


「何の確認だよ。大丈夫、行こう」


 僕はリュックを背負い、玄関に向かう。

 廊下の壁にリュックをボソンボソンぶつけながら。


「はあふう。狭いな、ウチ」


 先に靴を履いていた母ちゃんが、僕を見ながら呆れた。


「お前の幅が規格外なんじゃ。先、行くで」


 母ちゃんはさっさと玄関から出て行った。

 あら大島津さんちもこれから? と、いう声が聞こえた。どうやらお隣さんのようだ。

 漸く靴を履き終え、僕も家を出た。


「あら、武ちゃん。相変わらずの落武者っぷりねぇ」


 いきなり失礼なご挨拶だった。

 声の主はやはりお隣さんの龍造寺(りゅうぞうじ)さんだった。

 はあ、どうも、としか返せなかった。


「つまらん切り返しやなぁまったく。無念でござる、ぐらい言われへんのかい」


 あなたの息子である事が無念だ。

 とは言えなかった。


「さ、つまらんハゲなんぞ構わず早う行きまひょか龍造寺の奥さん」


 そうですわねぇ、と龍造寺さんが同意した。

 先が思いやられる。

 母ちゃんと龍造寺さんはべらべら喋りながら歩く。ちょっとしたお散歩気分のようだ。


「あら、あらあら見て大島津さん。これ、凄くない?」


 おおホンマや見てみぃ武、と母ちゃんに呼ばれた。


「何が凄いのさ……おお?」


 建ち並ぶ住宅や電柱、生け垣やら車やら……あちこちにキズがある。

 しかも切れ味が尋常じゃない。


「誰がやったんだろ」


「さあなぁ。ひょっとしたら……落武者狩りやっとるんと違うか? 武! 早ぅ逃げな」


 うひゃひゃひゃひゃ、と母ちゃんが笑った。

 笑い方がどことなく妖怪じみている。

 というか、まるで緊張感がないな、この人。


「武ちゃん、大丈夫よ。私、絶対……あなたの事、告げ口したりしないから! 落武者狩りの皆さんに!」


 おひょひょひょひょ、と龍造寺さんが笑った。

 新手の妖怪が出現した。

 というか、本当に緊張感がないな、この人達は。


「もうちょっと真面目に考えようよ。これ、人間業じゃないよ。どうやったらこんな風に斬れるんだ?」


 機械を使ったとしてもこんな事出来るかどうか……いや、出来たとしても、わざわざこんな事をする必要がないだろう。


「あ、もしかしたら大友(おおとも)さんのご主人がやったんじゃないかしら。あの人、結構な達人らしいわよ?」


 龍造寺さんが真顔で言った。


「達人? 何の……まさか居合とか?」


 僕が龍造寺さんに問う。


「違うわよう武ちゃん。大友さんのご主人が極めているのは──アッチ(・・・)の方よ」


 アッチ、ってどっちだ。

 まさかとは思うが……


「あら、ピンと来ない? ウブねぇ武ちゃん」


 そのまさかだった……。


「──全然関係無いじゃん」


 縦しんばソッチが達人だったとしても、電柱や車を切り裂く事なんか出来ないじゃないか。


「残念やけど、武の言う通りや龍造寺さん。まったく関係あらへん」


 そぅお? と龍造寺さんが首を傾げた。


「ウチの主人はそんな事しませんわよ龍造寺さん!」


 振り向くと、仁王立ちになってこちらを見ているご婦人が居た。


「確かにウチの主人は凄いですわ」


 と言って、大友さんの奥さんと思しきオバチャンは頬を赤らめた。


「自分で言うて照れんなや大友さんの奥さん。こっちが恥ずかしなるやん」


 やはり大友さんだった。

 厄介なのがもう一人増えた。


「とにかく、大友さんも一緒に避難しまひょ」


 やっぱり誘うんだ、母ちゃん。


「そこの落武者……あら、武君じゃない。元気だった?」


 はあ、元気です、と答えた。


「学習能力の無いバカ息子は放っといて行こ行こ龍造寺さんと大友さん」


 妖怪三匹が連れ立って歩き始めた。

 あら大島津さんその服カワイイ、と大友さんが言う。

 ヒョウ柄のロングTシャツにパッツンパッツンのスパッツ……


 ──どこがカワイイんだ。


「せやろ? でもなぁ、ウチももうちょっと痩せなアカンかなぁ思て」


 ──どうでもいいよ。


「あら、そんな事ないわよ大島津さん。それぐらいグラマーな方が」


 ──はいはい。


 心の底からどうでもいい。

 そんな事を思っていると──


「おんやぁ? なんか──変なの居るで」


 ほれ、アッチ、と母ちゃんが遠くを指差す。


 進行方向にある十字路を、横切って行く人影が見えた。

 フラフラとゆっくり歩く、どうやら男性の様だ。

 手には何か──斧のような物を持っている?


「なんですの? あれは。もしかしてあれが──危険人物?」


 龍造寺さんが呟いた。

 大友さんが頷き、言った。


「ウチの主人じゃない事は確かよ」


 見てみたいな。大友さんのご主人。


「どないする? 張り倒しとく?」


 母ちゃんが拳骨にはぁっ、と息を吐く。


「いやいや、やめてくれよ母ちゃん! 確かに母ちゃんなら勝てるかもしれないけど」


「冗談に決まっとるがなバカたれ。ウチみたいな可憐な乙女に出来る訳ないやないの」


 僕の中で(入力時に)『可憐な』は『枯れんな』、と真っ先に変換された。

 枯れてる……。


 「ぷぷっ……」


 思わず吹き出しそうになったが堪える。


「なんや武。思い出し笑いか気色悪い」


 何とでも言ってくれ。


「とりあえず逃げようよ母ちゃん」


 ま、せやろな、と母ちゃんは同意した。


「ほな……久々に本気出したろかな。なぁ、龍造寺さん大友さん」


 負けませんわよ、と龍造寺さんが言った。

 上等ですわよ、と大友さんが言った。


 ──何だ。


 三匹、いや三人は各々、屈伸やら何やら、ストレッチを始めた。


 「え? え? ちょっと。何──」


 何だか嫌な予感がした。


「──行くで!」


 母ちゃんの合図で──三人は猛ダッシュした。


「──超速ぇ!」


 あっと言う間に三人は十字路の遥か先まで走り抜けた……


 果たして、僕は──小学校に無事、辿り着けるのだろうか……。

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