一択男との決別
瞬くと、神社の並木の隙間から顔を出した月が辺りを照らし出していた。
うっすらと影を作るくらいの強い白光を見上げていると、自分の吐息がゆらゆらと白く立ち上る。
身震いして僕は初詣を待つ行列に目を向ける。
有名どころの神社ではなく、土地に根付いた小さな神社だったが、境内に入るまでの階段には長い行列が成していた。
三年前、大学4年の時から毎年、必ずここを訪れている。
車の乗れない母のお願いを断れず、自転車で来れる距離を車で送るのが恒例となっているのだ。
当時の僕は就職先も決まらずふて腐れて帰郷していたから、今ならかえってそれが母の思いやりだったのだと気付けたのだが、その時の自分にはそんな余裕はなかった。
その時の自分は何事にもネガティブで、つまらない事ばかりに目を向けていた。
例えばパラレルワールドについて。
もしもあの時、ああしていたなら今とは別の世界が広がっていただろうに。
そんなたらればを僕は何度も何度も考えていた。
そしてこの神社でも、後悔の出来事があったのだった。
もしもここでまた君に会えたら。
大晦日の夜、神社へ初詣に行くと僕は必ずそう考えずにいられない。
なぜなら、一度、本当に一度だけだけど、そこで偶然彼女と会えたことがあったから。
「―――三木くん?」
境内へ入る前の階段で初詣の行列に並んでいた僕に、突然彼女は声をかけてきた。
高校を卒業して以来、別々の土地の大学に進学して、全く会うこともなかった。
「ああ、関さんか」
しばらく会わなかった彼女はすっかり大人びていた。
綺麗になっていた。
「初詣?」
僕の決まりきった質問に彼女は楽しそうに頷く。
何かを期待したようなしぐさを感じたが、それにどう応えていいかわからず、僕はただ次の言葉を待っていた。
「・・・じゃあ私、行くね?」
しばらく変な間ができた後、彼女は苦笑いしてそう告げた。
それでも彼女はほんのわずかな時間そこに居続けた。
どうやら何かを言うべきだとは気付いたのだが、何かを言わねばと思いを巡らせた挙句、何も思い浮かばない自分がいた。
踵を返す彼女の横顔に少し寂しそうな笑みが湛えられていた気がした。
初詣の賑わいの中、僕は遠ざかる君の背中を追うことしかできなかった。
もしもあの時、僕がもっとうまく話せていたら、もっと彼女と親しくなれただろうか。
例えば、連絡先を聞いたりできたら、例えば、遠ざかる背中を呼び止めることができたなら・・・。
でも僕は、そんな光景を思い浮かべて苦笑してしまう。
もし今日、本当に彼女に出会えたとしても、果たして僕は本当にうまく話をすることなんてできるのだろうか。
人生には岐路が絶え間なく続いている。
でも僕が取る選択肢は、いつも限られている。
一択男。
なんとなくそんな言葉が思い浮かんで、思わず自嘲してしまった。
そうこうしている内に日付が変わった。
ゆっくりと行列が進み始める。
歩を進める前に僕は振り返り、そこに彼女がいないかチラと確かめてみる。
―――が、その姿を見つけることはできなかった。
見上げると、お焚き上げの煙が上がっている。
ぼんやりとその灯火の欠片を追いかけていると、初詣客が次々と境内から吐き出されてきた。
階段を上がる途中、何通かメールが来た。
その何通かに返信を済ませたとき、お焚き上げの竹が爆ぜる音が響き、僕は顔を上げた。
―――その時、階段の脇を抜ける駐車場へ抜ける小道を下る彼女の姿を見つけた。
反射的に上げたと思っていた手は申し訳程度の高さでしかなく、呼び止めたかった声はカスレて力なかった。
彼女はどんどんこちらに近づいてくる。
「あ、あの・・・」
精一杯出した声も、力なく寒空に吸い込まれた。
彼女は一瞬こちらを見た気がしたが、気のせいだったのか間もなく僕の傍を通りすぎた。
振り返ってその姿を見守った。
「関さん・・・」
その声に彼女は立ち止まって振り返った。
僕はやはり控えめに手を上げて気付くのを待つ。
しかし彼女はしばらく辺りを見回した後、再び歩み始めてしまった。
きっとこの人出の中から僕のことを見つけられなかったのだろう。
僕はそう自分の中で納得してしまった。
遠ざかる背中を三年前のそれと重ね合わせてしまった。
今までの自分だったらそのままその後ろ姿を見送っただろう。
―――でも、今までの自分だったら、彼女の姿を見て手を挙げられただろうか。
消え入るように頼りなくとも、声をあげられただろうか。
三年前の今日、僕はその場に立ち尽くした。
今も最有力な選択肢は変わりない。
でも僕は後悔したんだ。
そして、次は君と笑って話すのだと心に決めた。
僕はそんなことを思う前に行列を一歩抜け出していた。
「―――関さん!」
僕の呼ぶ声に彼女は振り返った。
振り返った彼女は、笑っていた。
僕はその時、一択男との決別に成功したのだった。
拙いながらも話す自分を僕はどこか客観的に楽しんでいた。
これが無双モードってやつか。
そんなことを思いながら、元いた行列の辺りを振り返る。
そこには突っ立っている男などどこにもいなかった。
過去の自分は僕とともにいる。
過去の自分も、自分は自分。
未来の自分に引き継がれていくんだ。
一年の終わりと始まり。
過去と未来の一瞬。
ここにいる人々は少なくとも、どこか希望を抱いた顔をしている。
彼女も笑ってくれている。
僕は思う。
悪くない一年になりそうだ。




