クリスマス・クロス・オーバーステップ
フライング・メリークリスマス。
「知らなかった…人の心って、こんなに簡単に折れるんだね…」
矢折れ力尽き戦場に朽ちてゆく兵士のような表情で。
立ち上がるだけの力も残っておらぬとばかりに投げ出されたその細い手足は枯れ落ちた細枝の如く。
白いラグマットの上にまばらに広がる短めの黒髪と、少し涙を滲ませた黒目がちの瞳は冬の死を思わせるほどに儚く。
さながら悲劇のラストシーンであるかのように、千尋は光を宿さない目で天井を見上げながら呟いた。
しかして、その実態は。
「だから言ったでしょうに、二人でもワンホールは食べきれる訳無いって。
甘味は別腹とかベタな謳い文句で購入に踏み切ったあの気概は
どこにいったのかしら。」
「別腹でも同じ体内だったら、食べられる量は変わらないよね…」
単に欲を張って買いすぎたクリスマス料理が食べきれず
現実逃避しているだけであった。
「ハードルはね、飛び越えようとする意志そのものを讃えるためにあるんだよ…
例え飛び越せなかったとしても、挑むことそれ自体が美しいんだよ…」
何かそれっぽいけど訳の分からない事をのたくりながら、右に左に体をくねらせてゴロンゴロンする千尋。
そのまま少しずつずり上がり逃げようとするので、テーブルの下に手を伸ばして足首を掴み引きずり戻す。
千尋の部屋着である所の、中学時代の小豆色のジャージが床に擦れて捲れ上がる。
見るたびに中学時代の服がよく入るなと感心する。
私はというと、最初はデザインの可愛いルームウェアを気合入れて揃えていたものの、未だに私の体は成長を止めることがないのでその度買い換えるはめになり、
今やユニクロのスウェットである。
何か腹立たしくなったので脚を適当に四の字っぽく絡めて拘束した。
「うあーやめろーもう食べられないよー、これ以上食べたらおっぱい大きくなっちゃうよー」
「なる訳無いから安心なさいな」
「んだとコノヤロー!だったら自分の体についてるその二つの証拠はなんとするかー!」
「おのれ言うに事欠いて人を食い過ぎて肥えた豚のように」
体を適当に横に捻る。
「あだだだだだだ待って待ってこれ本当に痛い、食べます食べますからー!」
「別に無理に食べなくていいわよ、残りは冷蔵庫に入れておきましょう」
「だったらこれ早く外して、いーたーいー!」
まあ、こんな日にいつまでもキャットファイトを続けても仕方ない。
料理を載せたテーブルに当たらないようにゆっくりと脚を解く。
「はあ、はあ…ええと、じゃあご飯はこれで終わりだから次はなんだっけ…」
「借りてきた映画見るんでしょう?3本ほど。合計6時間オーバーね」
慣れない二人だけのクリスマスパーティーは、色んな事の分量が、どうにも少しずつおかしかった。
エミリア・エインズワース。
日本在住英国人の父母の間に生まれ、一度も国外に出たことのない私の名前。
有りえない程に希少ではないけれど、有りふれてもいない私の出自は私を孤立させるに十分で、私の幼少期における人格形成に大きく影響を与えた。
そしてそのまま、「純粋な英国人の容姿を持つ日本人」として遠巻きにされながら高校生になってしまった。
過去に出来た友達はたった一人だけ。
そしてその友達も家庭の事情で遠くに行ってしまい、私は投げやり気味にアンタッチャブルとして高校生活をやり過ごしていた。
生きていながらも進んでいない私。
過ぎゆく時間に身を委ねていながら停滞し続ける私。
そんな淀みと静止の世界から、唐突に私を引き上げてくれた私の二人目の友達。
高坂千尋。
私にとって忘れられない二つ目の名前となった彼女。
彼女が初めて声をかけてくれた時のあの勇敢さと、差し出された手の震えとぬくもりを、私は生涯心の支えにしていくだろう。
そうして私と彼女は友達になったのだけど、最初はぎこちないものだった。
快活で、やたらと人懐っこい彼女は、どちらかと言えば人見知りがちな私とは正反対で、戸惑い、気後れしてしまうことも度々あったのだけど、それでも彼女は私に飽きることなく構い続けてくれた。
高校三年間を通して続いたその友情は、お互いに欠けているものを補い合えるような良い関係性だった。
私はそう思っていたのだけど、彼女の方は純粋に友情だけでなく恋慕も混じっていたらしく、高三の夏に「告白」をされた。
一目惚れだったという。なるほど、最初の「勇気」の正体はそれだったのだ。
曰く、「女の子を好きになるのは生まれて初めてだ」とのこと。
「同性同士の恋愛」という後ろめたさと、それでも想いを捨てきれないという矛盾した感情をそのままぶつけるかのように、彼女は私を抱き締めながら泣いていた。
始まってもいない内から「捨てないで」と縋り付かれるような、甘えるような告白だった。
その熱があまりにも可愛らしくていじらしくて、手を離す気になど到底なれず、私はその告白を受け入れた。
思えば、私は千尋に引っ張られてばかりだ。
その告白から一年半。同じ大学に進学することが出来、表向きは「友達同士のルームシェア」という名目で「同棲」を初めてから最初に迎えるクリスマス。
「せっかく恋人になったんだから、それっぽいクリスマスの過ごし方をしよう!」と千尋も最初は意気込んでいたのだけど、クリスマスイブの夜に女同士で歩くのはなんとも居心地が悪そうで、冷静に企画を検討していった結果、結局こうして部屋に二人こもって恋人っぽく過ごそうということになったのだった。
「んぅー…んむ、あれ、この人さっき自爆しようとしてた悪者を道連れにして谷底に落ちてなかったっけ…」
「違うわ千尋、この人は確か、恋人の捕まってるマフィアのアジトに日本刀一本持って乗り込んでいった人よ、多分…」
最初は二人で座椅子に座りながら初めた映画鑑賞会だったが、一本目のアクション映画はノリで見終わることが出来たものの、二本目のラブロマンス物になると、寒さと姿勢の辛さから視聴の継続が困難になった。
それで二人でベッドに潜りこみながら眺めることにしたのだけど、そんな状態がまともに続くはずもなく。
眠気に襲われながらの鑑賞は、映画の内容をいたずらに混沌にするばかりだった。
いい加減見る気もなくなった映画から目を切り、私の胸を枕にするように頭と背中を預ける千尋を見る。
テレビに顔を向けるために二人横臥でベッドに入ると自然にこの体勢になるのだけど、千尋はこの形がお気に入りのようだった。
下手に顔を同じ高さに持ってくると、どうにも下半身の座りが二人揃って悪くなる。
顔の位置を合わせるよりも腰の位置を合わせたほうがバランスが良くなるため、結果この姿勢に落ち着くのだ。
覆い包むように腕の中に千尋を収めて抱いていると、なんとも言えず愛らしい気持ちが湧いてくる。
だからこの姿勢が嫌いなわけではないのだけど、たまには私も千尋に甘えてみたい。
しかし、このポジションを逆にすると千尋が冷蔵庫を抱えて運ぶ人みたいになってしまうので、申し訳無さのほうが勝ってしまう。
まあ不自然でない甘え方は今後の課題としよう。
そんなことを考えていると、千尋の首が揺れているのに気が付いた。
「ちょっと千尋、もう寝るの?まだ夜の11時なのだけど」
「えー大丈夫大丈夫、まだ起きてるし、明日もあるから…」
駄目だ完全に寝る気だわこの子。
おのれ何が恋人同士のクリスマスか。
こんな色気のないオチがあってなるものか。
思えば恋人として同棲を始めて数ヶ月間、こうして一緒に床を共にすることは幾度も有れど、「そういう関係」には未だになっていない。
けれど、恋人同士だし、初めてのクリスマスだし、いい機会だと思ってちょっと覚悟も決めていたというのにこの始末。
いい加減欲求も不満というものだ。
そう、告白してきたのは千尋の方で、私は惚れられた方で、流されるように始まったこの関係。
そんな馴れ初めでも、長く続けば情も欲も湧く。
私だってとっくに千尋に惚れているのだ。
昔からやたらと人懐っこくスキンシップ好きな千尋は、こういう関係となってから一層体を委ねたり絡めたり抱き着いたりの回数が増えた。
そうやって幾度も体を近づけられると、千尋の体の各部位を間近に見る機会も増えるわけで。
くるくると動き回る忙しない動作の最中に覗かせる
秘めた女性らしさを象徴するような華奢なうなじ。
短く切り揃えられた艶やかな黒髪から零れる
あどけない子供のように柔らかそうな耳。
元運動部の前歴を未だ物語る、繊細さと芯のある強さを矛盾なく内包する
引き締まった腰。
大きくはないがけして無い訳ではない、恥じらいと慎ましさの顕れのような
形の良い胸。
生命の瑞々しさを讃えるかのように張りのある太腿と
それに支えられた長い脚。
私もそれなりに女性的な体つきであることに自信はある方であり、千尋はそんな私と比べて体に多少コンプレックスを持っているような素振りを見せるのだけど、千尋とて十分にセクシャルな体の持ち主である。
少なくとも私にはそう思えた。
「すー…すー…」
腕の中に抱かれた千尋のセクシャルに想いを馳せている内に、当の本人はついに完全に寝てしまった。
クリスマスの夜に、恋人に抱かれながら、寝落ちしていた。
これが彼女の言う「恋人らしいクリスマス」の結末だというのか。
最早勘弁ならぬ、覚悟はできていような。
私は千尋にセクハラを敢行することを決心した。
千尋の体をくるむように抱きかかえている今の体勢が既ににセクハラなのだが、それ以上に挑もうと言うのだ。この私が。
まず手始めに、部屋の暖房を止める。これから行う行為の熱量から考えて、邪魔になると思ったからだ。
リモコンを放り投げると、顎の下にある千尋の頭に、顔を埋める。
洗い立ての髪のやわらかな感触と匂いを感じながら、少しの間目を閉じる。
これからする行為の成功と赦しを同時に願うように。
そして耳たぶに指を伸ばす。一度触ってみたかったのだ。
痛くないよう、親指の腹と人差し指の横に優しく挟み、ゆっくりと擦る。
感触だけで言えばただの柔らかい肉なのだが、好きな人の一部だというだけで、どうしてこんなにも官能的に思えるのか。
これで起きるかと思ったのだが、起きない。
よろしい、ならば更に前に進もう。
両腕を千尋のお腹で深く交差させ、抱き上げるようにして、より体を強く、近く重ねる。
さっきまで胸の上にあった千尋の顔は、今私の顔の横にある。
頬に口付けるのと、耳を噛むのと、どちらがより官能的で、より許されないだろうか。
耳の方が罪が重かろうと結論し、その結論に従って、私は唇で耳たぶを食む。
罪の重さは最早抑止力足りえず、ただ行為に甘美さを添えるのみ。
唇の感触で力の加減を計り、次は歯を、噛まない程度の弱さで触れさせる。
そしてそのまま舌先で耳をなぞる。
初めて知る、彼女の味。
最初に口付けるのが頬でも口でもなく、耳になってしまった。
遠回りのような気もするし、急ぎ過ぎているような気もする。
まあいい。急がば回れという言葉もある。
ならばより急ぎながら回るために手順を進めよう。
耳から口を離し、腰に回していた手をより深く下げ、ジャージのウエストから手を忍ばせる。そしてゆっくりと指先を太腿に這わせる。まずは外腿から。手順は大事だ。高校での陸上部活動によって養われたのであろう、しなやかさと弾力を兼ね備えた感触を手の平で感じる。そのまま膝上まで手を這わせ、腰まで戻す。何度か繰り返す。手の平に、己の内にその記憶が染みこむように。手の甲がジャージに掠れ、衣擦れの音が被った布団の中で篭もり、煩わしくも官能を掻き立てる。手を膝上まで這わせると、必然千尋の首元に顔を埋める事になる。そうだ、鎖骨を忘れていた。楽しみが一つ増えたが、今は手先に集中する。七度程往復させ、いよいよ内腿にかかる。布袋をかき混ぜるように、パンツの中で外腿から内腿へ手を移す。今度は腰からではなく、まず膝の内側に手を回し、少しずつ撫ぜ上げていく。両手を同時にではなく、まず右手から、左手は後を追うように、左右でそれぞれ違うルートで。味わっていない感触を一つも残さないために。張りのある外腿と対照的に、内腿は女性的な柔らかさに満ちている。故に、今度は手の平を這わせるのでなく、指全体で撫ぜるように、ゆっくりと。爪が当たらないように指の角度に細心の注意を払う。こんな事もあろうかと爪はきちんと処理してある。指で触れているのは私なのに、まるで包み込まれるように指が肌に沈む。股関節近くまで来たらまた膝上に戻す。膝上から股上に近づけるほど指が肌に沈み込む。秘所にはまだ触れない。それは最後だ。手順が大事なのだ。手順を進めるほどに千尋を抱く力が強くなる。私が溶け合おう、混ざり合おうとしているかのように、近く、近く。呼吸が荒くなる。私の内側で高まる熱を逃がすように。埋めた千尋の首元に口を付ける。声が漏れないように。心が伝わるように。機は熟した。ついに一大侵攻を開始しよう。手をウエストから抜き、上着の裾の中に入れてお腹に当てる。太腿の感触が惜しかったので、代わりに脚を千尋の脚に絡める。千尋の右脚を両脚で絡めとるように挟み込む。下半身を密着させた分、少し上半身が浮いたのでより密着するよう抱き寄せる。千尋の耳が私の頬に触れる。手をお臍から上に這わせてゆく。上着の裾が捲れてお臍が顕になる。肋骨を内側に感じながら撫で上げ、いよいよ胸に。指先が、少し乳房に触れる。私の、千尋の体に触れている全ての部分がじっとりとした熱を帯びている。千尋の両足を挟み込んだ内腿も、千尋の背中に押し付けられた胸も、私の意志の具現者と化した掌と指も、荒くなった鼓動に急かされる息遣いも、その熱を顔に伝える喉も、千尋の耳が触れている私の頬も。頬に触れた千尋の耳が熱い。その熱は僅かに湿り気も帯びて
千尋の耳が熱い。熱が加速度を増している、ような気がする。
熱い。あっつ。火傷しそう。いくら何でもこの熱さは不自然じゃないかしら。
そしてこの湿り気は一体何かしら。少し顔を離して、湿っている部分に指で触れてみる。
湿り気というよりこれは明確に水分だわ。すなわち水だわ。
ウォーター!ウォーター!耳から水って出るかしら。耳水?
シャワーの時に耳に水でも入っていたのかしら?それ以外に顔で水が出るような所ってあったかしら。
あった。目があった。目から水って出るわよね。涙という名の感情の水。
そして千尋と目が合った。
少し太めの、可愛らしい眉根を寄せて、涙目でこちらを睨んでいらっしゃる。
背中に一斉に冷汗をかく。情欲が放熱される。
鼓動は止まり、思考は凍り、世界がゼロへと加速する。
エントロピーの終焉。
罪の時間は終わり、これより罰が始まるのだ。
「えーと、いつから?」今出来る限りのにこやかな表情を作って、穏便に尋ねる。
「…耳、噛まれた所から。」あら、割と最初のほうだわね。
結構長く耐えていたことになる。それにしては声の一つも上げていなかったように思えるけど、私が気付いてないだけだったのかしら。
だったら惜しいことをした。
「言い訳くらいは、聞いてあげる。」
涙を浮かべたしかめっ面のまま、罪を告発する審問官のような口調で言う。
可愛い。その涙を指で掬ったら怒られるかしら。
「…千尋さんが、私を差し置いて寝てしまわれましたので、つい寂しいやらムラムラするやらで、行為に及んでしまいました。」
「寂しいなら!起こせばいいでしょーが!」
「クリスマスだったので、ムラムラするほうが優勢になりました。聖書にもそう書かれています」
「すけべ!エロブリティッシュ!エマニエル夫人!」
「千尋」
「なに!」
「エマニエル夫人はフランスよ。」
「…っ、がー!」
カカトでおもいっきりスネを蹴られる。痛い。
「…とにかく、一回離してよ。」
そういえば、脚も腕も絡めたままだった。しかし、このまま離してしまうと、もう二度と
「いいから。大丈夫だから。」
そう言われて恐る恐る離すと、千尋が羽毛布団を跳ね上げながら上半身を起こした。
少し距離の離れてしまった千尋の顔を見上げたまま、リアクションを起こせないでいると
千尋が体を正面に向けて、そのまま覆い被さってきた。私の背中に手を回し、胸に顔を埋めている。
そういえば、あの時もこの姿勢だったなと思い出す。
「あの、本当にごめんなさい」
「いいの。謝らないで。嫌とか駄目とかそういうんじゃないから。あの時もそう言ったもん」
そうだった。あの「告白」の時、彼女は言ったのだ。
女同士だけど、友情だけじゃなくて、色んな好きが沢山あって。
その中にはそういうものも含まれていると。
「でも、だからって、いきなりこういうのはおかしいよ。しかも寝てる時に一方的にさ。」
「…ええ、そうね。千尋の言う通り。だから」
「だってまだ、キスもしてない。」
こちらを見ないままに千尋が言う。
千尋の顔が熱い。胸にその熱が伝わってくる。
ああ、そうだった。さっき私も思ったのだ。
「千尋」
千尋の顔に右手を添える。
気付いて千尋が顔を上げるのと同時に上体を起こし、脚を折りたたむ。
膝の上に千尋を乗せる。
背中に手を回して抱き寄せる。
先程までの密着ですら遠く感じるほどに、千尋の顔が、眼が、唇が私に近づく。
そう。手順が大事なのだ。この手順を飛ばしてはいけなかった。
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朝、目を覚ますと、千尋が先に起きていた。
いつもは起こすまで起きないのに。
「…あっ、エミリ、おはよう。」
「おはよう、千尋。珍しく今日は早いのね」
「うん、まあ。えっと、朝ごはんもうすぐ出来るから、そのまま待ってて」
更に朝ごはんの支度まで。一体どういう風の吹き回しなのか。
そしてなにより、
「…ええ、ありがとう千尋。それで」
「朝、いっつもご飯だけど今日はパンでいいよね!たまにはね!」
「あ、ええ、構わないわ。それで昨日の」
「食パンだけど何付ける!?ジャムとバターとどっちがいいかなー!」
千尋が、こっちを見てくれない。こちらに後頭部を向けっぱなしである。
「千尋?」
「えーと、昨日、あの、汗かいてるよね?朝ごはんの前にシャワー浴びてきたら、どうかな?」
起き上がって近寄ると露骨に反応する。まるで小動物だ。
「いや、別に食べてからでも」
「あ、あの、私はちょっと気になるから、先に入ってくるよ!用意途中だけど後お願いね!」
そう言うとバスルームに飛び込んでいってしまった。
少しだけ見えた横顔が、笑えるほどに真っ赤だった。
快活で、人懐っこくて、スキンシップ好きなのに、いざこうなると途端に初心だ。
そういう所は、昔から何も変わってない。
やはり、昨夜は少し急ぎ過ぎてしまったらしい。
今まで私の前を歩いて手を引いてくれていた千尋が、恥ずかしそうに私の背中に隠れている。
追いついて、追い越して。
長い時間を同じに過ごしていれば、そういう時もあるだろう。
それも悪く無い。千尋は今まで散々私を引っ張って、ここまで連れて来てくれたのだ。
今度は私が手を引いて上げるだけのこと。
私に手を引かれて歩く千尋が、どんな表情で、どんな色で私を見上げてくれるのか。
それを思うだけで、足取りも軽くなろうというものだ。
宜しければこちらもご覧ください
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