密約の手紙⑤
「っつ!」
誰かに左腕を強く掴まれた。
黒い布の影になり、人が近づいてきたことに、気づくのが遅れてしまったのだ。
「よく気づきましたね。フィンネルの若き王よ。」
次の瞬間、誰かが自分に向かってナイフを突きつけていた。
頭の上から、ドスの利いた、男の声が響く。
「「キャーーーーー!!!!!!」」
「「逃げろーーーーーーーーーーーーー!」」
周囲は部屋の隅にいたハナから、遠く離れた場所へ、走って逃げていく。
自分のまわりには、誰もいない。
遠くのディルが、一瞬こちらを驚いたように見たあと、射るような目でにらんでいる。
「祭司殿・・・。あなたが・・・。」
玉座の方から、王の声が聞こえる。
けれどハナは、突きつけられたナイフで、顔を向けることができなかった。
「よく分かりましたね。でもねディル殿下、1つだけ忠告します。私を捉えたところで、この組織は何も変わりません。あなた方が考えているよりも、はるかに崩れにくい組織なんですよ。」
祭司はそう言うと、ハナの前にあるナイフを、ユラユラと動かした。
「ですが、私も簡単に捕まるのも、なんですからね・・・。この王の間に、王族でも生まれながらにして忌まわしい姫の血を、流してご覧に差し上げますよ。」
そう言うと、祭司は、ナイフをハナに近づけてきた。
ピッと、黒い布がわずかに切られた音がする。
声を出そうとも、声の出し方が分からない。
逃げようとも、体に力が入らない。
ハナは、黒い布の中で、きつく瞳を閉ることしかできなかった。