城内散歩⑤
「ふ〜・・・ハナ、ありがと〜!助かった〜!!」
研究所でリアンダー、コフリー、リンと別れた後、ハナとカミールは植物研究所の第二温室「グリーンハウス」で野菜をたくさんもらってきた。自分の国でも育っていた野菜、見た事がない野菜、実に様々な野菜が、収穫されていた。カートいっぱいに積んだそれらの野菜を、カミールと一緒に食堂まで運んできたのだ。
「お昼はアルカが連れて行きたい所があるって言ってたわよ?だから、夜にまたね!」
時計を見ると、アルカと約束した時間まであと30分。
汗を拭いながら話すカミールは、このままランチに向けて食堂に入るらしい。
「うん!また夜に!」
重かったカートで息があがったハナは、汗を拭いながら笑顔でカミールにそう言うと、食堂を後にした。
廊下を抜けて外に出る。
吹き抜ける風が、火照る体を優しく包み込む。季節の花の香りが、風と一緒にやって来る。
午前中だけでも、たくさんの人と出会った。
たくさんの場所へ行った。
自分の国では考えられない。
遠くまで広がる、自分の国より青い青空を見上げながら、ハナは生まれて初めて感じるワクワクした気持ちを抱きならアルカと待ち合わせをした中央広場に向かった。
「痛っ!」
「きゃっ!!」
空の色を見ながら歩いていたから、目の前に人が横切ったことに気づくのが遅れ、ハナは男の人にぶつかってしまった。周りにはその人が持っていた書類や本が散らばっている。
「ご、ごめんなさい!私・・・」
慌てて拾いながら、ハナはその人にあやまった。
「いやいや、こちらこそ悪かった!手紙読みながら歩いてたから。」
その人も、一緒に拾い始める。ふと、相手の髪が風に揺れて目に映る。
漆黒。
ハナは、思わず手を止めた。
「あ、拾ってくれてありがとう。」
「いっいえ・・・。」
ようやく声を絞り出して、拾ったものを渡す。
覗いた瞳の色は、漆黒。
もしかして・・・。
「あの・・・あなたの・・・その髪・・・。」
「ん?あ、この色、この国じゃめずらしい?」
そう言いながら、その男の人は、短い髪に触れてみせた。
「俺、隣の小国の出身で、この国には留学で来てるんだ。俺の国ではみんな漆黒の髪に漆黒の瞳なんだよ。」
そう話す彼は、とびっきりの笑顔でハナに自国の話しをする。
「俺、留学生のセージ・サントナ。君は?」
優しい笑顔で、ハナに話しかけてくる。
この人は知らない。
ハナと同郷であることを。
ハナが、ふるさとの隠された姫であることを。
けれど、ハナにとってはちがう。たとえ自分が隠されていたとしても、疎まれていたとしても、この人は自分にとって大切な国民。
それを改めて気づいてしまった今、声がうまく出てこない。自分の名を名乗らなければ、相手に失礼だって分かっているのに、声の出し方を忘れてしまったように思える。
「・・・?どうしたの?」
ハナの代わりに、目の前のセージが声をかける。
「わ・・・わたし・・・」
「ハナ・オレガー。君と一緒の留学生だ。」
後ろから声がした。
低く、鋭い、けれど優しい声。
「!で、殿下!!」
セージが慌てて声の主に会釈をした。
「あはは、そんなにかしこまらなくていいよ。彼女は俺の知り合いなんだ。」
ようやくゆっくりと後ろを振り向く。
そこには、美しい笑顔の背が高い人が立っていた。
「ハナは、緊張しやすいんだ。」
「そ、そうだったんですか!」
「彼女も留学に来ているから、良ければこれからも仲良くしてくれると嬉しい。」
そう言って、ディルはハナの頭をポンポンと優しく叩いた。
「はい!!もちろんです!それでは、失礼します!!ハナ、また今度!」
そう言って元気に会釈をすると、黒髪をなびかせてセージは去っていった。
民族の衣装がアレンジされている。
ハナは見慣れた自国の民族衣装を思い出しながら、彼の後ろ姿を見送った。