城内散歩③
「わぁ・・・」
図書館に足を踏み入れたハナは、ため息とともに言葉を漏らした。
厩舎からの抜け道をフラックスと一緒に通り、正面に大きな時計のある塔のような建物の前に来た。
食堂でカミールに書いてもらった地図を見たフラックスは、1本手前の道を進んでいたのだと教えてくれた。
フラックスと別れ、ハナはフィンネル王国王立図書館へと足を踏みいれた。
階段をのぼり、大きなドアを静かに開ける。するとそこには、カウンターや受付などがある広いロビーが目に入った。床は大理石だろうか。コツコツと足音が響いている。クリーム色の床や天井が、明るい雰囲気を出していた。
広いロビーの中央には、大きな螺旋階段があった。この螺旋階段の存在が、この場所にとてもぴったりだった。階段の右側の壁には、見た事もない機会の扉が2つほどある。「チン」と鳴っては、人が出たり入ったりしていた。
ロビーの奥には、吹き抜けになっている広い空間がある。天井まで高くそびえる本棚に、たくさんの本が並んでいる。館内は居心地のいい静かさだ。
「本をお探しですか?」
初めて見る図書館に、入り口で立ち止まって見入っていると、図書館の制服をビシッと着こなしているスタッフが近づいてきた。髪を後ろでおだんごにしている、すらっと背の高い女性だ。
「あ、えっと・・・図書館が初めてで・・・。」
ハナはようやくこれだけ口にすると、スタッフの女性は笑顔を見せた。
「そうですか。館内のご案内をいたしましょうか?」
「!お、お願いできますか?」
「もちろんです。」
スタッフの女性に導かれるまま、ハナはカウンターで図書館の案内を受ける事になった。
フィンネル王国王立図書館は、8階建て。図書館として使用できるのは7階までで、最上階は職員や関係者しか入れない。それぞれの階ごとに置いてある本の各分野の専門スタッフがいる。本の貸出し、検索、また、専門的な相談などにものってくれるようだ。
『こんなに図書館ってすごいのね・・・。』
初めて見る大量の本を前にして、ドキドキしない訳がない。
説明をしてくれたスタッフにお礼を言って、立ち上がったとき、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ハナちゃん?」
「あ!ジョラム!」
振り返ってみると、そこには数冊の本と、書類を持ったジョラムの姿があった。
「早速来たんだね?」
「はい。昨日の話しを聞いて、ずっと気になってて・・・。」
「そっか。ジャスからいろいろ聞いたなら間違いない。ハナ、このスタッフはジャス・タンジー。ここのロビーでの案内や、広報を担当しているんだ。」
「ジャス・タンジーです。よろしくお願いします。」
「あ、ハナ・オレガーです。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「あの、主任。もしかして、この方が噂の・・・。」
「そう。殿下のお気に入りちゃん。」
「・・・へ?」
「まぁ!そうなんですね。」
「え・・・あの、ち、違います!」
「ああ、お会いできて嬉しいです!これからも何かありましたら、なんなりと申してくださいね。」
「はい!・・・って、あの、殿下とは・・・。」
「ふふふ。わたくし、ハナさんのお話を主任からお聞きして、お会いしたいと思っておりましたの。」
「へ?私と?」
「ええ!」
心なしか、ジャスの笑顔がキラキラと輝いてくるのは気のせいだろうか・・・。
「ぜひ今度、ゆっくりとお話しさせてくださいませ!」
「も、もちろん。」
ハナは、引きつる笑顔でそう答えるしか出来なかった。
「おいおい、ジャス。ハナちゃんが驚いてるって・・・。」
「ハッ!!失礼いたしました。」
そう言って座り直したジャスは、最初に会ったようなジャスに戻ったと、ハナは心から安堵した。
「そうそう、ジャス。これをまわしておいてくれ。」
ジョラムは思い出したように持っていた本と書類をジャスに渡した。
「!かしこまりました。それではハナさま、失礼いたします。そうぞごゆっくり。」
一礼すると、ジャスは受け取った本と書類を持って、カウンターの奥へと行ってしまった。
ハナは今のやり取りに、少し違和感を感じたのだが、それを口に出していいか分からず、黙って奥へと消えるジャスを目で追っていた。
「カウンターで何してるの?」
突然背後から声をかけられて、驚いて振り向く。
「ジョラム、さてはあなた、ハナに変なこと言ってないでしょうね・・・。」
「人の顔を見るなりひどいなぁ、カミール。」
「カミールも図書館に用があったの?」
「ハナ、大丈夫だった?ジョラムなんてほっといて、こっちへおいで!」
カミールはハナをぎゅっと抱きしめて、ジョラムに舌をだした。
「こんなにかわいいハナを、ジョラムがほっとく訳ないのは分かっています。」
「・・・さすがだねぇ、カミールさん。」
「ふん!ハナ、こんなのほっといて、行きましょ!」
「え!?もう行っちゃうの?」
「そうです。ね、ハナ?」
「へ?」
カミールの腕の中で、早い展開に付いて行けないハナは、気の抜けた返事しか出来ない。
「今からグリーンハウスに行くから、ハナも一緒にどうかなと思って誘いにきたのよ?」
「・・・私もいいの?」
「もちろんよ!昨日、所長から『次に来る時はハナを連れてくるように』って言われたんだから!」
「リアンダーさまに?」
「げ!ハナちゃんってば、所長からも目をつけられてるの!?」
「・・・ジョラム、あんたちょっとだまってて。」
昨日この国に着いてから行ったグリーンハウスは、とても居心地がよかった。ハナはおずおずとカミールに向かって声をかける。
「カミール、一緒に行っていい?」
ハナは自分で気づいていない。
少し上目遣いで、控えめな声でハナにお願いされたら、誰だってコロッとOKしてしまう事を。
「・・・もちろんよ〜!!」
ハナのかわいさに一発でやられたカミールは、ハナをぎゅーーーーっと抱きしめる。
「ちょっ!カミール!くるしっ・・・」
「ハナちゃん、やっぱ俺、ディルと本気で戦おうかな・・・。」
真っ赤になってこちらを見ているジョラム。
「たっ戦う!?」
何がなんだか分からない。
「ジョラム、ハナはダメよ!」
「カミール、そっちこそくっつき過ぎ。」
「女の子同士だからいいの!」
「ハナちゃんには、俺みたいな男の腕の中が似合ってる!」
ピンポンパンポン♪
「・・・館内はお静かに願います。」
ぎゃーぎゃー騒ぐ2人の声にかぶせて、ホールに放送が響いたのであった。