パーティーの夜②
心地いい風が吹き抜ける。
星が瞬く夜空は、華やかに飾られたテラスを包んでいる。
噴水の水がはじける音と穏やかな音楽が重なって、1つのメロディーを奏でている。
ところどころに灯る明かりが、大広間とは違って落ち着いた雰囲気を演出している。
人がいないテラスに来て、ハナはようやく緊張が解けた気がした。
「はい。ハナ。」
「!」
突然目の前に、きれいな赤いドリンクのグラス。
ディルは自分の分のグラスも受け取ると、側にいたサーバーに下がるよう声をかけた。
「クランベリージュース。どう?」
そう言って、優しい笑顔でハナにグラスを渡した。
「クラン・・・ベリー?」
ハナはそっとグラスを受け取った。
「そう・・・って、初めて?」
「はい。」
「口に合うといいけど・・・。」
そう言って、そっとワインを口にするディルは、女性なら誰でも虜にしてしまいそうなほどの、とろける笑顔を見せた。
思わず顔が赤くなるハナは、ごまかすようにジュースを一口。
「!・・・おいしい!!」
思わず大きな声をあげてしまった。
初めて口にするクランベリージュースは、甘みと酸味がほどよいバランスで、とても飲みやすかった。
「殿下、おいしいです!!」
初めて口にするクランベリージュースに興奮して、ディルに声をかけると、ディルはハナに優しい笑顔を向けた。
「へ〜、この子が、噂の留学生?」
突然、後ろから聞き慣れない男性の声がした。
振り返ろうとすると、ディルがきれいな笑顔でハナに声をかける。
「ハナ、返事をしなくてもいいし、見る必要もないよ?向こうに行こうか。」
そう言って、グラスを受け取り、手を引く。
「え?え??」
何がなんだか分からない。
「おいおい!ディル〜!俺にも噂の留学生を紹介してくれよ!!」
ハナが振り向こうとした瞬間、
「きゃっ!!」
ディルに抱きしめられて、周りを見ることが出来なくなった。
「ジョラム、なんでここにいるんだ!」
「なんでって・・・2人がテラスに行くのが見えたから追ってきたんだよ?」
「来るんじゃねえ!あっちへ行け!」
「うわっ!ひっで〜!!俺、泣いちゃう・・・。」
「あっちで泣け。」
「あいさつくらい、いいだろ〜?」
「お前なんかにハナを見せたら、ハナの目が汚れる。」
「うわ、ますますひで〜!!おれ、これでも王立図書館の主任なのに・・・。」
「はいはい。」
2人の会話を頭の上で聞く。
『え・・・!?今、『王立図書館』って言った!?』
ハナはもぞもぞしながら、ディルに声をかけた。
「で、で殿下、フィンネルに・・・は、王立っと図書館があるのです・・・っか?」
もぞもぞ声をかけるハナのかわいらしさに、思わず顔を緩めたディルは笑顔で答えた。
「ああ。城の敷地内にあるよ。」
「そこは・・・わっ私も行けますか?」
「もちろん。」
すごい!
噂では聞いたことがあったけれど、ほんとに図書館ってあるんだ・・・。
ハナの国では、図書館という施設はない。どちらかというと、書庫という感じで、それこそ学者や限られた人が利用するような場所だ。
図書館がある国は、平和で国民の教育が行き届いている国だと聞いたことがある。さらには王立の図書館なのだから、そこの全ての責任者は、このディル本人なのだ。
やはりディルは、思っている以上にすごい人だ。
自分が側にいて、迷惑をかけてはいけない。
ハナのチョコレートブラウンの瞳が一瞬揺らいだのを、ディルは見逃さなかった。
「ハナ?」
「お〜い。ディル。過保護なのは分かったからさ〜。」
その言葉で、2人の間に流れていた雰囲気が、一層される。
「ハナちゃん?だっけ?早くあいさつさせろ!」
そう言うと、ジョラムと呼ばれた男は、ハナの肩をぐいっと引っ張って、ディルの腕からハナを引き抜いた。
「おい!!」
「噂には聞いてたけど、ほんと〜に、デルはこの子に過保護なんだな。コホン。はじめまして。俺は王立図書館の主任を務める、ジョラム・バーネット。よろしくね。留学生は、よくうちの図書館を利用しているから、分からないことがあれば、いつでもおいで。」
そう言うと、ジョラムは握手を求めて右手を差し出しながら、ハナにウインクを送ってきた。
「!!」
握手をしながら驚いてしまったハナは、ひと呼吸置いてから口を開いた。
「ハナ・オレガ―です。殿下の紹介で、フィンネル王国に留学することが出来ました。よろしくお願いします。」
素性を隠すために、名前を少し変えて名乗る。そして、留学に関しても、ディルの名前を出してしまえば、深い詮索はされにくい。軽く微笑んで、初めての自己紹介は、うまくいった・・・かのように思われたのだが・・・。
「ん?」
握手を離そうと思っても、ジョラムの手に力が入りなかなか離してくれない。
「おい、ジョラム。」
「あの・・・?」
隣でイライラしているディルをよそに、きょとんと上目遣いでジョラムを見上げるハナ。
「・・・ディル。」
「ああ??」
この上なく不機嫌な声で返事をするディル。
「・・・この子、俺にちょうだい?」
・・・ディルの怒りの琴線に触れたジョラムが、その後どうなったのかはいうまでもない
ハナの初めての留学生自己紹介は、前途多難に終わった。