読めない思惑④
「・・・・・・どういうことなのでしょうか。」
ハナは口にしていた温かい紅茶を、思わず吹き出しそうになった。
相変わらす、美しさと気品を兼ね備えているディルは、謁見の間で見せていた威厳ある態度を少し崩し、微笑みながら足を組んでハナの隣に座っている。そんな彼を見ながら、ハナは頭にクエッションマークを並べていた。
「ディル、残念ながら今の説明じゃ、全く分からないよ。」
白々しい営業スマイルを貼付けたラムズが声をかけた。
それもそのはず。
ディルの説明は、『留学ってことにした』の一言だったのだから。
「はあ〜・・・。ハナ様、私が説明いたします。」
しびれを切らしたアルカが説明をしてくれた。
アルカは、ディルとの約束で「ハナの侍女」として、国を発っていた。けれど、様々な問題を考え、フィンネル王国では、両国間で盛んに行われている「留学」ということにしていたらしい。
今回のハナの来国も、「留学」ということでディルが手を回してくれたようだ。
フィンネル王国において、ハナの素性を知るのは、あの「謁見の間」にいたごく少数の人物だけ。そう、この大国のトップの人物だけだ。あちらの王が、ハナが出るところを見られたくなかったというところを考えると、何か思惑があるのだろう。
今後、ハナを紹介する場合は、『ディルの友人がフィンネル王国に留学に来た』ということにするらしい。どこから来たのかなどは、全て伏せられるそうだ。
あまりにも手の込んだ話しに、ハナはぽかんとしていた。
いつの間に、そんな手はずが踏まれていたのだろう・・・。
やはり、ここにいるディルをはじめ、ラムズ、アルカは、このフィンネル王国では、とても力のある人達なんだと思わずにはいられない。
なんとも言えない表情で3人を見つめるハナに、アルカは優しい笑顔を向けた。
「ハナ様、そんな顔しないでください。私たちは、ハナ様とこの国で過ごすのを楽しみにしていたんですよ?」
そう言ってハナの手をとった。
「そうそう。それに、このグリーンハウスってハナ姫的には、どう?」
にやにやしながら、今度はラムズが口を開いた。
「ちょっ・・・おい!ラムズ!」
そんなラムズに、鋭いにらみを利かせるディル。
笑いをこらえきれず、小刻みに震えるアルカ。
3人のやり取りの意味が理解できず、ハナは首を傾げた。
「あのね、ハナ姫。アルカの報告で、あなたが温室にいるのが好きだということを知って、ディルはこの『グリーンハウス』を作ったんだよ?」
「えっ・・・・?」
思わずディルに顔を向ける。
ディルは少し顔を赤くして、困った表情で口元を隠した。
「ラムズ・・・おまえなぁ・・・。」
「いいじゃないの、ディル。ハナ様、ディルは私の報告後、すぐにこの『グリーンハウス』をたてたんです。もちろん、このフィンネルでハナ様と一緒に過ごしたいと思っていた私たちも大賛成でした。今ではここは、研究所の第二温室としても使用されているんですよ。」
アルカにそう言われ、ハナはもう一度ゆっくりこの『グリーンハウス』と呼ばれる温室を見渡した。
広さは、ハナが自分の国で育てていた温室の3倍はあるだろうか。とにかく広々としていた。植えてある植物の種類や特性に合わせて、きちんと区画がされている。水路が張り巡らされていたり、地下から水を汲んでいたりと、その植物にあった環境も整っていた。
いま、4人がお茶をしているようなスペースがいくつかあり、とても落ち着いた雰囲気の温室だ。
『グリーンハウス』と呼ばれているだけあって、ここで育てられている植物たちにとって、居心地のよい家のように感じる。
アルカは、ハナの手をぎゅっと握りしめた。
「ここでは、いろんなことが出来ます。今まで出来なかったことを、おもいっきりしてください!」
アルカの強いまなざしに、ハナは熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
「アルカ・・・・。」
アルカと見つめ合っていると、肩をぐいっと引き寄せられた。
「アルカ、もう終わり。」
そう頭の上から声がすると思った時には、ディルの胸に抱き寄せられていた。
「わわわっ・・・!」
びっくりして、変な声が出てしまった。
「ちょっと、ディル!ハナ様が困っているじゃないの!」
「ディル・・・。これからはいつでもハナ姫に会えるんだから、ガマンしろって・・・。」
アルカとラムズに引きはなされる。
以前にも同じようなことがあったのを思い出し、ハナは思わず笑ってしまった。
「ふふふ・・・。殿下は人に抱きつく癖がおありなのですか?」
その発言を聞いて固まる3人。
「「 あーーーはっはっはっはっはっは!!! 」」
次の瞬間、おなかを抱えて笑い出すアルカとラムズ。
明らかに不機嫌になるディル。
ハナは何がなんだか分からない。
「いや〜ディル、こっっこれは大変だね〜。」
笑いが止まらず、呼吸を乱しながらラムズが言う。
「・・・これからは、マジで行く。」
そのディルの言葉に、アルカは涙をこすりながら手をひらひら振って答えた。
3人のことはなんだか分からないけれど、今、ハナは最初にこの国に降り立ったときと同じ気持ちが、胸いっぱいに広がっている。これからの毎日が楽しみで仕方ない。
ハナは、居座り直すと、姿勢をただし、3人をしっかりと見た。
突然のハナの様子の変化に、3人は言葉を発するのも忘れ、ハナを見つめ返す。
「ふつつか者ですが、これからよろしくお願いします。」
ハナは3人にゆっくりと頭を下げた。