読めない思惑①
出発したのは、まだ完全に夜が明けきる前だった。
うっすら星が光る中で、見送りもない馬車は静かに走り出した。
ディルが直々に用意したフィンネル王国の馬車は、中が広々としていて居心地がよかった。護衛をしてくれる兵士は、早い時間にもかかわらず、みんなハナに笑顔を向けてくれた。マロンブラウンの髪を隠すため頭から黒い布をかぶったハナは、その笑顔に控えめな笑顔で返すと、みな顔を赤らめていたのだが、そんなことは本人には気づくはずもない。
こんな早朝に出発したのは、父である王が出した条件が理由だった。
『ハナが出かけるところを、他人に見られては行けない』
ハナにとってはお城の外に出ること自体が、生まれて初めての経験である。正直、自分が隣国へ行けるなんて夢にも思っていなかったので、条件が出たところで、不満を言おうとも思わなかった。
一緒に馬車に乗ったアルカは、静かな寝息をたてている。アルカを起こさないよう、ハナは初めて見る城の外の風景を静かに窓越しに眺めていた。
どこまでも続く、一面の広がる小麦畑。遠くには山々が連なっていて、ほのかに明るい空の中、黒いシルエットのように見えていた。そのシルエットが、まるで今いる場所を囲んでいるようだった。点々と見える小さな家の屋根からは、白い煙がたち始めている。こんな景色を、今まで見たことがない。初めて見る城の外の景色は、開放感にあふれている。
景色を見ながら、ふと昨夜の記憶が蘇る。
「アルカ、あなたの生まれた国は、どういうところなの?」
昨日の夜は、日付が変わってもパーティーが終わることはなかった。アルカは適当に理由を言って仕事を抜け出してきて、ハナと一緒に荷造りをしていた。
「そうですね・・・。大きい国なので、地域ごとに風習や週間が違います。城下は活気があふれていて、たくさんの商店がありますよ。それから、気候がいいので植物がよく育ちます。この国では見られない野菜や果物もたくさんありますね。それに・・・陽気な人が多いです。」
アルカはぱっと顔を上げて、笑顔で答えた。
「すてきな国ね・・・。」
まだ見ぬ隣国に想いを馳せていると
「きっとハナ様も気に入ると思いますよ。」
と、とびきりの笑顔で優しくハナに言葉をかけた。
アルカは荷造りをしながら、今までハナに黙っていたことを全て話してくれた。
元々フィンネル王国の出身であるということ。ディルの側近、ラムズの従姉妹で、ディルの命令により、ハナの侍女になったこと。そして、あの侵略についても、全て知っていたこと。
最初は驚くばかりだったが、ハナはアルカに怒りを感じることはなかった。どんな理由であれ、アルカがいたから、今の自分がいると、ハナは感謝していたのだから。
「アルカ・・・、フィンネル王国に行っても、もし近くにいられるのなら、私はアルカと一緒にいたい。それが出来なくても、たまに私に会ってくれる?」
荷造りをしながら、ハナは自分の想いを正直に伝えた。
「ハナ様・・・・。」
アルカは小さくつぶやいて、ハナを抱きしめた。
今回のフィンネル王国訪問は、アルカにとって里帰りとなる。全てを知った今、ハナは、この国にアルカが戻ってくることは、二度とないような気がしていた。
『もしかしたら、この国で一緒に過ごすのは、今日が最後かもしれない・・・』
胸の奥にこみ上げる淋しさと戦いながら、ハナは手を動かしていた。