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プロローグ
「はずしなよ!もったいない!!」
霞がかる遠い記憶の中で、その一瞬を何度も、何度も、思い出す。
お気に入りの温室。
育て始めたハーブの様子を見に行った時だと思う。
夢中になっていたから、いつの間にか「黒い布」が落ちていたのに気づかなかった。
声がしたのは、布を拾ってかぶろうとした、その時。
相手は自分と同じくらいの男の子。
顔ははっきりと覚えていない。
彼の姿を見るなり、走って逃げてしまったから。
後ろから彼の声が聞こえていたけれど、そんなこと構わなかった。
張り裂けそうなほどの鼓動で、自分が呼吸をしているのか、分からなくなる。
誰も通らない、長く伸びる冷たい廊下。
足がもつれて、転びそうになりながらも走る、私の足音だけが響く。
幼い胸に大きくのしかかる影。
分かっていたから、頭からかぶった「黒い布」をギュッと握りしめた。
もう、二度と彼には会えない・・・と。