始まり。
その少女は、病院が嫌いだった。
「ありがとうございました」
「はい、また何かあったらすぐに来てください」
もう二度と来たくない。そう思った。
信じられなかった。というより信じたく無かった。
どうして自分が?その気持ちでいっぱいだった。
ただでさえ病院という場所や雰囲気が大嫌いだというのに、さらに嫌な気分になった。
「秋菜、そんな落ち込まないで、今の医学は進化してるから、1年後に死ぬことなんてなくなるかもしれないのよ?だから…」
そこまで言いかけられたところで私はお母さんを生まれて始めてにらんだ。
「……ごめんね…」
なんで謝るんだよ…。そう思ってもう一度睨んだ。
別に落ち込んでなんかいない。それに自分が死ぬとも思えない。デタラメをいってるんじゃないかと医者に対する不信感と嫌悪感が溢れてしょうがないだけなのだ。
「こ、コンビニでなにか買って行こうか?秋菜あのオレンジのゼリー好きでしょ?あれ食べてちょっとでも元気だして…」
お母さんの方が元気が無いように思える。それなのに私にばっかり気を遣ってるからさらに私のイラつきを増加させる。
でも買ってもらえるのなら買ってもらおう。ゼリー好きだし。
「いらっしゃっせー」
崩れた挨拶を空気のように受け流し、コンビニのひんやりとした店内で私はオレンジのゼリーを真っ先に見つけ、手にとった。
そして昼ごはんの材料となるものをいくつか買って、車に戻った。
「お母さん。私別に明日から学校行ってもいいよね?いま全然左手とかしびれてないし、大丈夫だから、ね?」
そう言うとお母さんは少し暗い顔になったが、すぐ明るい顔を貼り付けて、頷いた。
「少しでも変だなって思ったら先生に言うんだよ?あと先生に病気のこと言わないと…」
「うん。先生には言おうと思う。真琴には言った方がいいのかな。別に言わなくていいかな。ていうか言いたくない」
「まあ、真琴はまだ10歳だから受け止めきれないっていうのがあるから言えないかもしれないけど、いずれは言わなきゃいけなくなるから、それだけはわかっておいてね」
「わかってるよ…」
真琴には元気な姿だけを見せていたい。だった一人のお姉ちゃんなんだから。
車の小さな窓から外に見える田んぼやいろんな見慣れたものを見ていた。すべて見飽きたはずなのになぜか愛しく思えてしまった。
これではまるで私が本当に病気で死んでしまうみたいじゃないか。
これでは私じゃないみたいだと思って、考えることをやめた。
家に帰るともう6時になり、この季節だともう真っ暗だった。
「お姉ちゃんおかえり!遅かったね、どうだったの?お姉ちゃんだからそんなに重い病気なわけないよね!」
妹の真琴のその明るい声が私の気分を悪化させる。
「そうだよ?お姉ちゃんがそんな重い病気になるわけなんてないんだから!」
そう、言うしかなかった。心配をかけたくないし、言ったところで真琴は受け入れることができないだろう。
「そりゃあそうだよね!バカは風邪ひかないって言うし、病気なんかするわけないもんね!」
「こら、どういう意味?」
「えへへ〜そのまんまの意味〜」
ばかにしたような笑顔で舌を出しているのでそれを引っ張ってやった。
「うあ、あえええ、あえええ、」
やめてと言っているのだろうが、全く言葉になっていない。ざまあみろ。
「あ、秋菜、ポストにこれが入ってたわよ」
多分ユキからのくだらない手紙だろう。
「え、なになにお姉ちゃん、ラブレター⁉︎」
「違うから。ちっちゃい子はすぐそういう発想に行くよね〜。やっぱり幼いなぁ」
そういうと真琴はすこしむっとして頬を膨らませた。
小学4年生にもなるとやっぱりそういう話題に興味がでてくるのだろう。
自分の部屋に戻り、ベッドに横になってユキからであろう手紙を開いた。
差出人はやっぱりユキで、いつものユキのノリでバカみたいな提案が図付きで書いてあった。
「さすがにこれはやばいでしょ」
と思わず口に出してしまうようなそんな内容だった。
そんな、バカみたいなことで笑うことができる幸せが、日常が、一年後も二年後も当たり前にやって来て欲しい。
人はいつかは死ぬ。それがすぐ近くまで迫って来ていることを知った今日からでも、小さい幸せを噛み締めて生きていかないと行けないと思った。
そんなことを思った11月21日だった。