われらの主クレアト・リドック半島に来たれり
アンリアルはエクシェルより早くクレムルームに戻った。
別に帝国の者に義理があるわけなく、本拠地であるクレムルームを守りたいわけでもない。
彼女にあるのは二つ、強者と戦い殺すこと、そして仲間を守ることである。彼女にとっての仲間はエクシェルとエヅしかいないが。
既にインヴェーダ兵を二人捕え殺した。
弱い者ではなかったといいたいが、アンリアルに比べればそれは弱かった。
ともかく、アグジスに出会った。
どちらも血に染まり、邪悪な顔をしていた。
「お前、女か?」
血に濡れ、歯を見せて笑うアンリアルに対した言葉は、心からの疑問である。今のアンリアルは女男より人間かどうかも疑わしい。
「お前がアグジスかぁぁっ!?」
音量では遥かにアンリアルが勝っていて、アグジスは思わず耳に指をつっこんだ。
「アンリアルか。サイガードにとんでもない奴がいるとは聞いていたが、こりゃ想像以上にとんでもねえな」
「きえへへへッ!! ブッコロだブッコロ!! ぶっ殺す!!」
どうやら先ほどのインヴェーダ兵との戦いが最高に楽しかったらしく、テンションも最高潮に達しているらしい。何より敵はインヴェーダの頭領アグジス、楽しくないわけがない。
斥力を真後ろ、真下、そしてバランス調整のため自分の周りところどころに発生させ、彼女は真正面、アグジスの方へ飛んだ。
アンリアルの突進は、狭い廊下の中、普通なら逃げ場は後ろしかなく、逃げようとしてもすぐ追いつかれる。だがアグジスはオーラでどこにでも穴を作れる。
だが、それを作る必要もない。オーラで敵を包めばそれで死ぬのだから。
黒い霧のような物が噴出し、アンリアルはすぐ停止し、その場で注視した。
「アグジスの黒いオーラ、エクシェルと同じタイプだな」
そして彼女は思う。この間戦ったアークスもそうだった。
ならば同じ手段が通じる。短刀を真正面に構え、腕を伸ばし彼女は突撃しなおした。
「しゃあああああ!!」
オーラとナイフの接触まで、二十センチほどの地点でアグジスの足元に強い斥力を発声させる。するとアグジスの体は浮かび上がる。
「っ、なんだ!?」
そして、真上へ、伸ばした手の下に斥力を出現させ肩を支点に腕を半月を描くように振るう。
しかも今回は敵を浮かべた後も斥力を使いアグジス体を半回転、頭が下に来るよう工夫した。
アークスの時のように行けば、アグジスの首が切れたり顔がずたずたになっているはずだった。
だが、アグジスのオーラはアークスより多かった。
短刀は消えてなくなり、手まで半分ほど消失している。
痛みもなく消え、すっかりアグジスを通り過ぎた時、アンリアルの体は随分減っていた。
能力を一度解除してみると、彼女は前に倒れた。
脛から下の足がない。右手の先がない。髪が減ったし、服もところどころ破けている。
「な、にぃ」
どろどろと血が出た。
「いや驚いたぜ。女のくせによくやるもんだ」
アグジスは能力のオーラで華麗に着地、そしてアンリアルを見下した。
「お前はなんでエクシェルなんかの下で働いてんだ? その性格ならインヴェーダでもやっていけるだろうに」
「く、くくく、そんなもの決まっている」
アンリアルは、いつ殺されるかもしれない状況でも笑った。
「ここにいれば、楽しい」
どんな意図の言葉か、理解はアンリアルにしかできないだろう。
「そりゃまた随分、大したもんだ」
そして、アグジスはアンリアルを放置した。
「殺さねえのか!?」
「俺は気に入った奴は殺さねえ」
そしてアグジスは再び暴虐を振るう。
アンリアルはその中、悔しさと悲しみに暮れ、密かに泣いた。
アグジスはアンリアルを見逃した。それは愚かな行為である。
敵の勇猛な将を殺すことは、敵の士気を下げ味方の士気を上げることに繋がる。有能なものが一人減るか増えるかするだけで戦争の様相は大きく変わるのだ。
だが、アグジスはどこまでも我侭で、自らの我を通す。
そんな味方のことを一切考えないのは、彼が名だたる王に匹敵するような気位の持ち主で、インヴェーダが小さな組織だからなのだろう。
リドック半島の西北、ドロルは今度エクシェルと対面した。
「おいおい、今度はお姫様が相手か?」
「えっと、インヴェーダのドロル、だったっけ? ザコはあんまり覚えられないのよね」
「はっ! なら俺は強いから覚えているわけだ!」
エクシェルは、ドロルの本名をドロールと思っていたので挑発になると思ったのだが、まあ彼女は自分の言葉が真実になっただけだと割り切った。
ドロルが棍棒を振り下ろしエクシェルに危害を加えようとしたが、エクシェルを包む桃色のオーラがそれを防いだ。
「なんだぁ?」
「回復だけがとりえじゃないのよ。なんだって出来る上に回復までできる。それが私の能力」
能力を懇切丁寧に説明するのは、圧倒的な自信の表れであり力に歴然の差を感じているから。何よりアグジスには既にバレているからである。
「ぬううううう!! ならこれで……どうだああああああっ!!」
棍棒をオーラから引っこ抜き、精一杯の数十センチジャンプをして振り下ろした。
しかしエクシェルは一歩も動かない。
オーラを伸ばし棍棒にくっつけながら動きを共にするように下っていく。
そしてエクシェルに触れる頃にはその勢いを失っていた。それはまるで粘度の高い液体に指を突っ込むような。
「ぬう……」
「面倒臭いわ。あなたはいくらでも回復できるんでしょ?」
「は、そうだ! そう、俺は不死身、だから負けることはない!」
自分の能力を忘れるほどエクシェルの能力は太刀打ちし難いものに思えた。事実ドロルでは一生かかってもエクシェルを倒すことはできないだろう。
なら、エクシェルはどうやってドロルを倒すのか。アークスのように遠くに飛ばすことは彼女にはできない。真似してみても十メートルほどが限度だろう。
だが、エクシェルは纏ったピンクのオーラを針千本のようにして、それを一本ずつ伸ばした。
そして、突く。
「いてっ!」
二本、三本、四本……。
「いてっ、いていていてえな!!」
数はまだまだある。そのうちエクシェルは目や脳にも容赦なく突きたて始めた。
これ以上ドロルの悲鳴を記すことはない。ただ彼はまっすぐ南に逃げ走った。
「さて、私も早く戻らないと」
エクシェルは、何事もなかったかのようにクレムルームに向かった。
空だったプライムリザルツの本拠地に、久しぶりに人影が見えた。
「あっ、ソワルさん!!」
「ナクサじゃない! 無事だったの……ってアカミ!! どうしたの!?」
二人が状況を話し合ううち、ドレイブも戻ってきた。
「おお、皆揃っているか! 今なんども大変なことに……」
二人に軽く睨まれ、ドレイブは言葉を濁らせた。
「もう知っておるか……」
そしてアカミも目を覚まし、アークスがいないが四人はこの場で待つことにした。
情報を集めたところ、インヴェーダは怪しげな侵攻を続け、皇帝軍はアナザーを正式に軍に参入させるという事が分かった。
インヴェーダが攻め込む状況、帝国軍に襲われたソワルや捕まったドレイブの話なので間違いはないが、問題はこれからの身の振り方である。
帝国の言う正式というのが、どれほどのものかが問題である。
「なんでもアナザーの兵隊を『異兵』と呼ぶそうじゃ」
「『異』ってついてる時点で、もう差別的よね」
とソワルが言うが、ナクサとアカミは大人についていくだけで話に入る気はない。
「それより兄貴はどこに行ったんだ?」
ナクサの言う兄貴とはアークスである。元々インヴェーダで荒れていたナクサを保護し正したのがアークスであり、それ以来アークスは彼の兄貴分なのだ。
プライムリザルツのメンバーが恐る恐る外を眺め敵が来ないかアークスが来ないかと悩んでいると、雷が鳴り響き、突然天を突く巨人が現れた。
既に夜の闇に包まれていたはずのリドック半島、突然光柱が立ち昼のように輝いた。
アルカイックスマイルを浮かべるそれは腕のような物が八本生えているが、手から先がない。
目は薄く開かれ、黄金に輝くそれは美しい女性であり、神々しかった。
「なんだあれ! でっけえ!!」
「おっきい! 何メートルあるんだろう?」
「ナクサとアカミは奥に隠れろ。ソワルは二人についていてくれ。わしが少し見てくる」
「待って、私も!」
ソワルが言ったがドレイブは振り返り、鬼のような形相で言った。
「ならん! あのようなもの、どう考えても危険すぎる。わしとて生きて帰れる保証はない。わしは戦いを挑みに行くのではなく、近くに誰か居たらここに避難するよう言いに行くのじゃ」
それが何なのか、それはナールにしか分からない。だが夜の闇を一瞬で照らしてしまうそれのエネルギーの凄まじさは、少し良識があれば誰にでも分かる。
「けど、アークスは……」
「奴の力なら、あるいは大丈夫じゃろうて。心配はするな」
そういい、少し笑いながらドレイブは行った。
しかし、そうなるとソワルはいても経ってもいられない。
「アカミ、ナクサ、二人ともここで待っているのよ。いい? 絶対外に出たら駄目だからね?」
といい、ドレイブとは別の方へ行ってしまった。
二人残された少年と少女はどういう行動に出るか、ソワルは少し子供心に対する理解が足りなかったのだろう。
「なあアカミ、ソワルさん、行っちゃったな」
「そうだね」
「どうする?」
「どうするって、分かってるくせに、ナクサらしくないなぁ」
「だって、あれはちょっとやばくないか? ブルっちまったよ」
「大丈夫、今までだって大丈夫だったんだから」
そして二人で駆け出した。
少年少女の今までなど、どれほど頼りなくもろいものか、二人は痛いほど知る事になる。
時を少し遡る。
デッドマンはクレムルーム目前で軍が動きを止めたことに注目した。
デッドマンが観察して知った情報は、軍は全て帝国兵で出来ている事だけである。
クレムルームに止まったので、この軍は帝国に反旗を翻したものと判断した。もしくはインヴェーダかサイガードの知られざる能力者が敵の重鎮まで捕え利用していると。
しかし、いまやクレムルームの中にはインヴェーダの戦士もいる。そしてその一人を彼らは素手で容赦なく攻撃を始めた。
恐ろしい事は、敵が剣を持っていようと弓を持っていようと銃を持っていようと能力者だろうと、身を焼かれようと切られようと千切れようと、血が出ようと骨が折れようと涙が出ようと、彼らは一切動きを止めなかったことだ。
「洗脳とはここまで出来るものなのか?」
不思議に思い呟くも、そんなこと、デッドマンにとって問題ではなかった。
先頭の人形を殺して帝国兵が皆元通りになるとしたら、ケイネとゴードだけでも殺してから人形を壊すべきだと考えた。
しかしその隙に洗脳される可能性もあるし、何より洗脳状態で一層狂気地味たゴードなどいくらデッドマンほどの戦士でも絶対に戦いたくなかった。
よって、彼は静かにコヌトルに近づいた。
誰にも気付かれず近づき、誰にも気付かれず一瞬で首を落とした。
「やはり、戦術も戦略も知らぬ将はこの程度か」
軍の動かし方を見れば、デッドマンでもコヌトルが戦いの素人だと分かる。そうはいっても叫び声をあげる暇もなく殺すことができたのはデッドマンの腕にも拠る。
だがもう一つ理由をあげるならば、コヌトルが実際には大したことのない存在だったからでもある。
首を落とされた胴体が光輝き、その光がどんどんあふれ出す。
「ん?」
洗脳されていた兵士達は次々と正気に戻り違和感を気味悪がり状況を知りたがる。
しかしデッドマンはその光を注視した。それはどんどん膨らみ、肉体を持ち、更に大きくなっていった。
気がつけばデッドマンは首を最大に動かし空を見上げていた。
それは黄金で出来た女子のようであり、微笑みはわずかながら何か安心させるようなものだった。
それこそが創神クレアト。
夜の闇は照り渡り、リドック半島を光が包む。
『操られし神よ、その苦労を労います』
コヌトルの役目は、終わったのだ。
『我が力を振るい、この地を浄化しましょう』
そして、光の雨が半島に降り出した。




