途中報告
主だった戦況をここでまとめなおすと。
皇帝軍は一時半島中腹まで攻め込んだものの、元帥の急な招集により北部まで撤退、二人の元帥が抜け、兵もいくらか離反したものの進軍再開。
サイガードはそんな皇帝軍に疑問を向けつつ、待遇がよくなった事を事実として受け止め多少は精力的に皇帝に従う。
エクシェルは正式な兵科となった『異兵』としてこれまでどおり従軍、アンリアルもそれに従う。エヅは人質兼皇帝相談役としてシルテファシスと共にワンベルの傍に控える。
ダグラスは今まで通り斥候を送りつつ情報を担当、ゴラプスはクレムルームの中で半島と大陸本土の武器や糧秣を配分するため残り、ベルモンドは考え中。
一方インヴェーダはほとんどの兵が撤退するか玉砕するかを考えている。
そんな中アグジスだけはワンベルを打倒せんと北のクレムルームに一直線、途中出会った騎馬斥候と砲弓馬部隊計十九人を全て殺害。
デッドマンはプライムリザルツのアカミとナクサを連れ、本拠地である南の端の方まで戻ってしまっている。
不死身のドロルは泳いで再びリドック半島に上陸。
すっかり忘れ去られただろう謎の能力者ナールはふらふらと敵どころか誰にも会わないでいる。
最後にプライムリザルツの方、アークスはアグジスとの合流を夢見て南下、クレムルーム付近にまで辿り着いたソワルも、人質にした捕虜をものともしない皇帝軍の攻撃を受け、それを捨てて南に逃げ始めた、というところであろうか。
新たに生まれたケイネ・ゴード連合が撤退命令を聞かなかった部隊のいくらかをケイネとゴードが率い軍を興し始めている。だが、皆の目はどこか虚ろである。
そしてプライムリザルツ最後の一人にして重鎮であるドレイブは、半島北部でうまいことやり過ごしていた。
(なんじゃなんじゃこの状況は?)
二メートル近い身長に、甲冑を脱ぎ兜だけ被った老人である彼は、軽快にも木の上に身を潜めていた。
森自体が鬱蒼としているために、多少の兵が上を向いても気付かれないのは便利であるが、老体には少し厳しい状況である。
敵は明らかに無能力者で皇帝軍、そしてアナザーを引き連れアナザーを殺している、状況は火を見るより明らか。
(エクシェルよ、ついに狂ったか)
それとも皇帝が狂ったのか。とにもかくにもプライムリザルツとしてアナザーも結局は人間であるという思想を持っているドレイブには、この状況は虐殺でしかない。
残念なのはドレイブの力を振るっても敵を一人倒すのがやっと、集団相手ではどうしようもないということだ。
ことの始まりは、ナクサとアカミの二人が腹が空いたと駄々をこね始めたので食料を探しに外へ出たところ、荒くれインヴェーダと出会い、そいつと穏便にお別れしたあと改めて尾行したところ、そいつが殺されたのである。
ドレイブの能力は持続時間は一瞬にして、疲労は甚大。そして出来ることは不意討ち。命をなげうって敵を殺すよりかは誰かに保護を求めるのが一番である。
(一度本拠地に戻るか)
と移動を始める前に見知った鎧が下にあった。
黒塗りの鎧を馬に載せたそれはまさしく騎元帥ダグラスその人である。
(この老体、最後に華々しく散るのも悪くはない)
ドレイブは武器こそ持っていないが、その肉体はいまだ若々しいほど隆々としている。敵方の防具にも拠るが、ダグラスの装備なら首を折るくらいは可能だろう。
周りに騎兵が八、加えて馬だけでも六頭いる。ダグラスが真下に来てくれればことは容易いがそこまで近づかれると自分の命もなくなったも同然である。
決断しかねる事態であるが、既に距離は詰めている。ここで逃げ出す方が姿を見られ、犬死する可能性が高い。
もうドレイブはダグラスがこちらへ近づくのを待つことしかできない。自分の利を考えないようにして、ただ敵を殺す状況についてのみ考え実行するだけである。
ダグラスの元に何度も騎兵が訪れては、様々な情報を伝えていく。
「なるほどぉ、そうですかぁ、と、えっくしょん!」
ダグラスが大きなくしゃみをすると、場が静まる。
すると、誰も次の言葉を出さなくなってしまった。
これは別にダグラスがくしゃみをすると性格が鬼のようになるとかいう話ではなく、兵が格上の存在にどう対処すればいいかわからないだけである。
それに、部下に対しては饒舌なダグラスが妙に黙っていることもその原因である。
「ああぁ、いますねぇ」
「な、何がですか?」
「人です」
直後ダグラスは二本の木を移動しダグラスの真上まで行くとそのまま飛び降り暗殺を実行しようとした。
しかしその直前ダグラスは最寄の馬から投げ槍を引っ張り出し、その木に投げた。
「ぬおっ!?」
降りる直前に衝撃の所為でバランスを崩し、ドレイブは無様に落ちることは耐えたが、木の枝を懸垂のようにぶら下がってしまいその姿を兵達にも曝してしまった。
「何者だ!」
一斉に十本ほどの槍がドレイブを狙う。
「待ちなさい皆さん。もうアナザーはもう保護対象ですよ?」
「……なんじゃと?」
とにもかくにも、プライムリザルツは三人が捕虜になった。
ついにアグジスはクレムルームに辿り着いた。
今までは兵力差のために直接戦闘を避けていたものの、ここならもうその必要はない。皇帝を探して殺す、それだけである。
「我が身より溢れる憎悪と怒りよ、漆黒のオーラとなりて全てを食らい尽くせ!!」
この場に一人でも気分は将軍、お決まりの口上というものは意外と士気を高める。ただこの場においてもしこれを誰かに聞かれていたら、アグジスは素直に赤面する。
だが効果は絶大なのか、クレムルームの一部の壁はすっかり黒のオーラに削り取られていく。
「さぁて、皇帝様はどこかな?」
切り開いた場所は廊下になっていて、ちょうど四人組のアナザーがいた。
「なあ、道案内してくれや」
しかし道案内することなく、短い時間叫び声を上げ、四人は食われた。
そして侵略者は大要塞を蹂躙する。
「これで全員ですか」
木を切り開き草原となったその場所は、半島の中心。
コヌトルの前にはケイネとゴードが敬礼し、その後ろには同じポーズをとった兵が数十人いる。
皆、目は虚ろである。
「少ないですね、少なすぎる。これでは供物にもできない、戦争もできない」
表情の変わらない人形のようなコヌトルは、しかし悩んだように言う。
「どうしましょうか、どうしたらいいでしょうか。何か意見はありますか、何か言いたいことはありますか?」
と二人の元帥に声をかける。
するとまずゴードが。
「数は小といえど、帝国兵の質は充分。北へ攻め込みクレムルームを拠点にしましょう」
次にケイネが。
「ここで歩を止めても、帝国とインヴェーダに潰されるのみ。南に逃げてもいずれ追い詰められます。ここはゴードの言う通り玉砕覚悟の突撃をするしかないと思われます」
「武器がないし、兵も少ない。成功するのか、成功できるのか?」
「帝国の加護を受けた私めになら」
「運に任せる他ないかと」
対照的な答えが返り、コヌトルは考え、決めた。
「では北に、北進しよう。我らが神の発現まで、創神の出現まで暴れればよいだけ」
そして一団は北上を開始した。
ソワルもアークスもデッドマンも、奇妙な軍隊を見た。
奇妙な動く人形を先頭に元帥二人が並び、一糸乱れぬ長方形の陣形で一心に北に進む軍隊である。
武器は一番後ろにまとめて運ばれ、武器を持った人間はその最後尾の数列のみ。
戦略も常識もまるで欠けているこの集団は、まさしくゾンビのようだった。
常軌を逸した集団を目にソワルは隠れ見るだけで、そのままやり過ごし洞穴本拠に戻りつつある。
アークスも何かの能力や危機的状況を察知したものの、仲間との再会を優先しそれを放置した。
が、しかしデッドマンは違った。
「ナクサ、起きろ」
軽く頬を叩くとナクサは程なく目を覚まし、改めて驚愕した。
「デッドマン!? ててててて、テメェ、お、俺が相手になってやる!」
震えながら勇ましく吠えるナクサにデッドマンは頬を緩め、しかし真面目に言った。
「今はそれどころではない。お前はこの嬢ちゃん連れてどこにでも逃げろ」
と言っても、半島中帝国軍の騎兵が走っている。逃げ場などはどこにもないのかもしれない。
そんなことも露知らず、ナクサは顔を緩める。
「おっさん、いいのか?」
「正直、お前達は邪魔で面倒臭い。どこにでも行け」
言われるがまま、ナクサはいまだ気を失っているアカミをつれ洞穴に戻った。
そしてデッドマンはその進軍を注視した。
まるで常識がなっていない。相手が子供のような拙い知能で考え進んでいるとしたのなら、先頭を一人歩く人形が将であろう。
しかしそうなると、なぜ二人の元帥が平然とその後ろを歩いているのか。デッドマンはケイネの顔は知らないが、ゴードはクレム時代にも活躍した兵であり元帥になったことも耳に入っていた。
あれだけ我が強く権力欲も強く、実力もある人間が、アナザーじみた人形のいう事を素直に聞くとは思えない。
なら先頭のあれは恐らく洗脳など人心掌握の術を持っているに違いない。
まずデッドマンは、後尾の兵を何人か殺した。
武器を置いて進むことすら軍は気付かない。これほど致命的な集団はないだろう。
次にデッドマンは後ろから兵を順々に失神させていった。持ち帰ることも手当てすることもせず、ただ失神させた。
兵がばたばたと地に伏し置いていかれるが、それすら先頭は気にせず、すぐ近くにいる兵も前しか見えていない。
十ほど倒した後、デッドマンはその集団の後をつけるだけで、行動はしなくなった。
迂闊に行動をとって洗脳されるのはごめんである。なるべく長い時間はりついて情報を知り、来るべき時に殺す。それが目的だ。




