離反
日が暮れようとしていた。
夜は個人で動くインヴェーダの圧倒的有利な状況である。
個人ということは統率の必要なく、休息を周りに合わせる必要もない、奇襲夜襲急襲、全てが自由に可能だった。
しかし最強と称されるデッドマンは子供二人を抱えて南に奔走、いい加減アグジスはいないだろうと悟っても、座るところと食料があるので捕虜はそこに運ぶことにした。
頭領のアグジスも、移動速度をソワルに合わせ、複雑な気持ちでクレムルームにと歩いている。
「アグジスくんも随分悪くなったもんね」
「ああ? うっせーな」
挙句、自分がいると困った様子で居辛そうにしているアグジスを見るとソワルは昔を思い出し、すっかり油断した。
立場の上ではアグジスがインヴェーダの首領であるが、クレム・ルゥが頭領をやっていた組織リベレーターズではソワルの方が先輩である。
実力は程なくアグジスが勝ったが、性格的にも知性もアグジスに勝ち目はなく、今もこうして穏やかなソワルに一種敬意を感じている。
が、今は仮にも戦争中なのだ。付き合ってやる義理はあっても時間が無い。
アグジスはこうしている間にも中立同然の領地は奪い取られ部下の何名もが死んでいると予想していたし、事実そうである。これほどもどかしいこともない。
「アグジスくん、いい加減インヴェーダなんて辞めてこっち来ない?」
「はっ、そんなどうしようもねぇ組織に入ってたまるかよ」
「どうしようもなくなんかない! 私達は、アナザーと人なんていうしがらみを……」
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ソワルの怒声にアグジスが耳を閉じようとした途端、上を何かが飛んでいった。
「ドロル!?」
まっすぐ北から南に、とんでもない勢いで飛んでいった。
「ちっ、助けにいってくらぁ!」
「あ、ちょっと!」
すぐさま踵を返し、能力を使ってまで南にアグジスが移動し、結局ソワルは一人で人質を帰しにいくことになった。
が。
「けっ、誰があんな奴を助けるかよ」
森に身を隠したアグジスは、ソワルから離れるとすぐ方向を変え北に向かいなおした。
ドロルはどこから落ちようがどうなろうが死ぬ事はないと思える。まあ全身が同時に吹き飛べばどうなるかはわからないが。
「待ってやがれ皇帝様よぉ、それに、エクシェル!」
黒いオーラを身に纏い、アグジスは邪悪に笑った。
アークスがプライムリザルツの拠点たる洞穴に戻った時、いるはずのナクサもアカミもソワルもいない。
予定では謎の敵軍捕虜ともう一人、最高齢メンバーのドレイブがいるはずなのだが、その五人が五人全員いないとは一体どういうことなのか。
奥にいるかと思い、声を出しながら進んでみた。
「ソワル! ナクサ! アカミ! ドレイブさん! みんなーっ!!」
返事はないし、現に誰もいない。
「ええー、なんでだ? ど、どうしようか?」
と、誰もいないのに独り言。
真っ先にアークスの頭に浮かんだのは、先ほど襲ってきたアンリアル、ではなくて馬に乗った帝国兵である。
帝国の軍が攻めてきてみんなを連れて行ったというのが普通の考えだろう。
ソワルならただの兵士如きには負けないだろうが、ナクサとアカミはまだ子供で能力も戦闘向けではない。
ドレイブは老兵であるが身を隠すことぐらいはできる。一応範囲の広い彼の能力が発動された気配がないので、どこかに隠れているのだろう。
ここでアークスはどういった行動に出るべきか。
「よし、アグジスとエクシェルの二人に相談……いや、エクシェルは帝国側か」
アークスにとって二人は元部下、権力と実力を持った優秀な人材であり、どちらも頼れると思っている。
そんな中、アンリアルに襲われたことやクレムルームの位置を考えてもサイガードが帝国に従属したのは紛れもない事実、インヴェーダと連携をとるしかない。
そんな早計で、アークスは南に向かった。
「おいおいワンベル様よぉ、一体なんだって出撃してすぐ撤退なんだ?」
ベルモンドが不満いっぱいに言う。その不満は他の元帥達も同様らしい。
「元帥を皆そろえるなど、よほどの緊急事態なのでしょう?」
とゴード。
「敵兵は衰え逃げ出し統制も取れていない。我が軍の損害は微弱で数えることもなし。絶好の好機、みすみす逃すに値する理由があるのなら是非とも説明してください」
ケイネも無表情を装っているが、心中では怒りが燃えている。
「あー怖い怖い。皆さんあまり、カリカリしない方がいいですよ?」
「ダグラス殿、あなたは温厚過ぎるのでは?」
「ゴードは口が過ぎます。確かに、今怒りをもったところで何の意味もないですね」
とケイネがゴードを嗜めた。
ワンベルはこのダグラスの異様ともいえるカリスマに度々驚かされるが、さてここであの話題を出すのは気が引ける。
「ワンベル、早く言っちゃいなよ!」
「シルテファシスは何か知っているのか?」
「ゴードには絶対言わないよーだ」
「なんだと貴様」
「ゴードさん、あまりカリカリするのは……」
「分かっていますよ! なぜダグラス殿はそう平気でいられるのか……」
そこで、皇帝が咳払いをして皆が静粛になった。
「皆に集まってもらったのは他でもない。この戦争の根幹にも関わる重要な話だ」
ゴードやケイネ、ベルモンドは雰囲気を一新し何事かと身構えるが、事情を知っているシルテファシスと大方の予想をつけたダグラスとゴラプスはむしろ落ち着いていた。
「この戦において、エクシェル率いるサイガードと合流するに至り、彼女達を正式に皇国直属の機関にする」
ケイネは驚き、ベルモンドは慄き、ゴードは怒りを示した。
「それは、どういうことだ?」
ゴードの理解力でも、それはサイガードが、アナザーが重要な存在になるという理解をした。
しかし、それどころではなかった。
「エクシェルを筆頭にし、帝国内の警察組織として活用する。その際にアナザーは、更に新しいレベルになるのだ」
「ワンベル様! それは皇帝自らがこの帝の血を裏切るということに他ならないのでは!?」
ケイネが叫ぶも、ワンベルはものともしない。
「ケイネ、君なら分かるはずだ! アナザーなどと言っても結局は普通の人間、このような不当な迫害を理由に争い殺しあう意味などないと!」
ケイネの返事の前にゴードが答えた。
「何を馬鹿げたことを言っている!! アナザーが普通の人間だと!? あの化け物共と同じ戦線に立った者がここにいるがあんなものは言葉どおり異形だ! ふざけるな!! 俺はこんな軍……!!」
「ゴード!!」
あまりの言葉にケイネが口を塞ごうとしたが、むしろゴードはそのケイネの手を噛み千切らんばかりの勢い。
「ワンベル様は気を違えなさったのだ! 我々がそれを止めなくしてどうする!?」
だが、彼の同意者はいない。
シルテファシスが懐に控えた小型大砲を構えるが、ゴードに眼力に圧され使えなかった。
「構わん、そういうなら出て行け」
ワンベルの言葉にゴードは恨めしそうに全員を一瞥するが、黙って出て行った。
ゴードが去り、部屋の中は六人になった。
だが、ワンベルの前にケイネが声を発した。
「ワンベル様、あなたの博い知識、高邁な精神、清廉な肉体、勇猛に満ちた気概も全て私の敬愛するところにありました。しかし、無謀と言う他ありません」
予想外の言葉にワンベルは目を丸くする。
「なんだと? ケイネ! 君にも分かっているはずだ! この国の、エルガイムがふざけたことを言った所為でこんな腐った思い込みができてしまった! エクシェルとは喋ったのか? 情報統制や噂に騙されるほど君は蒙昧ではないだろう!?」
「私が知っていても、兵は知りません。私は将である前に一人の兵なのです。今アナザーを迎え入れるというのなら……」
ケイネは少し思いつめたように俯いて、けれどすぐ顔を上げていいなおした。
「ゴードほどおちぶれてはいません。ですが戦列に立たないとわからないことは確かにあります。今まで……お世話になりました」
「ちょ、ケイネ!」
「ケイネさん!」
ワンベルもシルテファシスも止めた。
それでも、ケイネは出て行った。
シルテファシスは武器を持つようなことはしなかった。彼らが元帥という立場にある以上仲間や部下との別れは必ずあるものだからだ。ただ少し、悲しかった。
「それで、ダグラスさんやゴラプスの旦那はどうすんだい?」
ベルモンドがぶっきらぼうに尋ねた。彼自身かなり悩んでいる。
「え~、僕に聞かないで下さいよ。弓と剣が抜けて、旧世代チックな僕まで雰囲気で出て行かなきゃいけなくなるじゃないですかぁ」
「ベルモンド、お主は自分の意見で行動せよ。といっても、わしは皇帝に従うのみだがな」
曖昧な答えではあるが、二人ともこの場に残るらしい。
「ベルモンド……」
とワンベルが名前を呼ぶと、彼はかなり慌てた。
「待ってくれワンベルちゃん! 俺は、俺だってさすがに悩むぜ? だって生まれた時からよ、この土地は汚らわしいものでアナザーは人間じゃないんだからよ、そりゃ突然ってもんだぜ。しばらくここで考えさせてくれ。いきなり裏切るような真似はしねえから、本当に、頼むわ」
「……ああ」
そして元帥達は動き出した。
「おいゴード待ってくれ!」
サイガードのすぐ外で、ゴードは真後ろのケイネに剣を向けた。
「始末しに来たか?」
「違う、私も辞めたんだ」
ケイネが弁解すると、ゴードは驚いて目を丸くした。
「なに? お前はいつも皇帝様皇帝様と言っているから、今回もそうするかと思ったぞ」
「流石に今回は私も擁護しきれん。どうせ反旗を翻すなら、ともに行動しないか?」
「そんなものどうでもいいだろう」
「そうはいくか。私は貧乏貴族だったからな、安定した生活がしたいのだ」
ゴードは少し見下したような目をした後、勝手にしろ、と言った。
ゴードの行動は、理解が足りない筋肉馬鹿のように映るかもしれない。
それは無論ワンベルの視点から描かれるためにそのようになるのだが。
彼は彼なりの皇帝への忠誠であり帝国への忠誠であり家への忠誠であるのだ。命を無碍にし殺戮を繰り返すというのは軍人の本懐であり、ただ自らの信ずる義の道を進む彼は、彼なりに正しい道を走っている。
ケイネもまた軍の、皇帝の過ちを贖うために自ら反旗を翻したとして処刑されることで皇帝の力を見せ付けるという役のつもりで、買って出た。
ワンベルはまだ若い。この若い時にこのような大改革を行い、二人の元帥を処刑し、残りの元帥を手の内に治めれば帝国内の反乱分子は萎縮しアナザーへの嫌悪を耐え忍ぶ。
最もその後、平和になればいじめや差別は色濃く残るだろうが、その点ケイネはワンベルを信じていた。
最後に彼女が帝国のために出来る事は、固定観念に囚われた人間を数多く道連れにすることである。
「ゴード、私達の直属をまず集めよう。戦争は金と人間がないと始まらない」
当然の意見である。彼らは反旗を翻し、次に帝国に見つかれば始末されてしまうから。
「ふむ、俺もそれを考えて、今一つ提案ができた」
「なんだ?」
「結婚しよう」
これは当然の意見とは言い難い。
「は?」
「まずケイネ、貧乏ながら弓の家元として徐々に力をつけてきた貴様の家と代々名門である我がクロムウェル家が一つになれば財力兵力ともに大きく強くなる。さらにお前はたまに間が抜けたことをするからな、俺がサポートしてやる。無論、何も色恋にうつつを抜かすわけではないぞ」
ゴードとしては遠くからちまちま敵を打つ弓の家と結ばれるなど堪えがたい苦痛であるが、ケイネの武人としての能力は認めていたし力も確かにある。彼なりの妥協である。
「あ、ああそうだな。私は髪もないし可愛くもないしな」
色々考えようとしても、ケイネは驚きすぎた。可愛いなどゴードが気にするわけがないのだ。
「可愛い可愛くないなど俺は知らん。だが戦いのために毎日髪を剃り、努力し続けるさまは好きだぞ」
「待て、今好きとか言うな、余計に混乱するだろう」
兵士であり、軍人であるケイネ言えど、女である。
そして、馬鹿の戦闘狂と言えど、ゴードはイケメンである。
今考えるべきは、兵をかき集め武器をかき集め将をかき集め、インヴェーダと帝国サイガード連合軍相手にどう生き残るか、である。
北は大要塞クレムルーム、南はインヴェーダの集落と海、逃げ場は一つもなく、ただ嬲り殺される運命しかない。
確かに自ら死して未来を残す道を選んだ。それでも、それでもケイネは生き残りたい。
「よしわかったぞゴード、早く結婚して様々な力を合わせよう」
「しかしこのリドックには設備がない。これではどうしようもなかったな。仕方ない、この戦いが終わったら結婚し、大きくなった家で皇帝家を乗っ取るか」
結婚には、ゴード個人としては高値の指輪を出し親戚一同を呼び集め大きな教会で盛大に開くのが一流貴族であり、彼はそれを思っていった。実際高位の者は大きな教会でないと結婚できないルールもある。
が、ケイネはその言葉に敏感に反応した。
「それはつまり、この戦争が終わったら結婚しよう、ということか?」
「うむ、そういうことだが」
ケイネの前でその言葉を出した部下はことごとく死んでいった。死亡フラグとはどこの世界にも存在するものだ。
ケイネは一言付け加えた
「期待せずに待っておくよ」
直後、人影が後ろから現れた。
「誰だっ!」
ゴードが切りかかろうとしたが、それの顔を見た瞬間ゴードの動きは止まった。
いやゴードだけではない、ケイネも既に目は虚ろでただ立っているだけ、という雰囲気がある。
それは、奇怪な見た目をしていた。
木で出来た人ほどの大きさの、悪趣味なオカルトチックな人形である。腕は八本ありそのどれもが指の先に大量の糸を巻き、垂らしている。
「私は操神コヌトルです」
この島に渦巻く悪意の軍勢が、ついに歴史の表舞台に姿を現した。




