侵略者の幹部
散らばったインヴェーダの軍勢はみるみる消耗していった。
有用な能力を持った者は戦うことを避けている様子で、帝国軍の戦力は一向に減らない。
アグジスより強いとされているデッドマンは、上の例に当たらず、有用な能力者でありながら半島北部にまで進んだものの、帝国にとって運よく、インヴェーダにとって運悪く、敵と接触はなくのんびりと歩いていた。
そこで見つけた洞穴で、彼は二人の子供を見つけた。
一人は橙色の髪の少女で、服は薄汚れているが元は随分華やいだ様子だったらしい。こちらを見る目は不安と恐怖であるが唇をぎゅっと結んでいる様子は耐えているようだ。
もう一人、こげ茶色の短い髪が天に向かってつんつんと跳ねている少年に、デッドマンは見覚えがあった。
「おい爺さんおっせーぞ!」
誰と勘違いしていたのか、少年はデッドマンを見て一瞬で顔を青くした。
「お前、ナクサか? 随分大きくなったものだ」
「で、デッドマンのおっさん……」
ナクサはすっかり絶望したようで、手足はもはや震えることすらなく完全に沈黙している。
「ど、どうしたのナクサ! しっかりして!」
少女は懸命にナクサを励まし揺さぶるが、ナクサはすっかり諦めている。
「無理だよ、アカミ。こいつはアグジスより強いって噂なんだ……」
「ええっ! そんなぁ!」
一層恐れつつ、しかしアカミはデッドマンを睨んだ。
「お嬢ちゃん、別にわしはお前達を殺したりはせんよ」
「本当っすか?」
「ま、捕まえようかの」
直後、二人が何か考える前に、デッドマンは滑るように、いや滑って動き二人の腹に拳を当て失神させた。
プライムリザルツとインヴェーダは必ずしも敵対はしていない。しかしインヴェーダにとって他の組織は基本的に皆敵なのだ。人格者のデッドマンといえど、人間を見つけて放置しましたといえばアグジスに何かされかねない。
彼とて若い命を殺そうなどとは思わない。それを相談すべく、アグジスがいると予想した南に、デッドマンは歩いた。
アグジスは、既に北にいるのだが。
一方、その近くでインヴェーダと帝国軍の戦いが繰り広げられていた。
インヴェーダの大巨漢ドロルが、敵から矢や砲弾を散々に浴びせられても歩を止めず突き進んだ。
歩兵が剣を振るい腕を落とすも、その腕は次の瞬間には蘇生され棍棒で歩兵を叩き潰した。
「こいつがドロルか!」
すかさずサイガードのアナザーが蔦を鞭のようにしならせ叩くが、ドロルは痛みによる小さな悲鳴を上げるだけでまだ進む。
棍棒が壊されようと、脳が壊されようと、ドロルはただ突き進む。
そしてその部隊は壊滅した。わずか十人に満たぬ壊滅ながらインヴェーダ初の戦功であった。
ちなみに帝国の最初の被害はアンリアルによるものである。
「アグジス様ぁ! このドロルはこの調子で敵に損害を与え続けますぅ!!」
低くいかにも鈍そうな声で叫んだ直後、空から何かが落ちてきた。
「インヴェーダのドロル、今のはあまり褒められた行為じゃないな」
殺戮に対する嫌悪を隠そうともせず、アークスは睥睨した。
「弱虫リザルツの大将様か、俺に敵うと思っているのかぁ!?」
「はは、無理だろうね」
飄々としたアークスの態度は一人だからこそ許される。彼が大部隊を指揮する将軍ならそういった弱気な発言は兵の士気を下げるものだからである。
だから本来は、殺さずとも倒すことは出来る、と一層明確に発言するのが良い。
アークスは自らの押し出すオーラで、ドロルの巨体を空を経由して南へ飛ばした。
あっという間すらなく、ドロルの姿はもう目視できない。
「早く洞穴に戻らないと……」
アークスは急ぎ本拠地に戻ろうとするが、そこは既にデッドマンの手にかかっていた。
そしてソワルもいない。
ダグラスは部下の斥候からの情報を受け取っては、他の騎兵を皇帝の下へ走らせていた。
「ダグラス様、そろそろ突撃されては?」
と部下が言うたびに
「え~、まだ早計ですよ」
の一点張りである。
この戦で初めてダグラスと喋った者も多い。そういうものにとって伝説的なダグラスの噂は騎兵として華々しすぎるので、このギャップに打ちひしがれ憤慨する者まで現れた。
それでもダグラスは兜の奥から笑い声を漏らす。
「命を大切にしろ、とは言いませんけど、勝ちを逃すのはダメですよ?」
この言葉に若い兵は少しだけ驚いた。そしてダグラスが決して臆病ではないと考えた。
ダグラスという人間は、どうも飄々と柔な風だが、本心は固く一筋である。
その弱気は実質であるが、それはただ貪欲に勝ちを得るためのものであり、彼が先攻しないのはそれで勝てるという見通しが立たないからである。
歩兵自体、適当にばらまいても勝てるわけではない。騎兵なら尚更。
アナザーではない人間にとって歩兵、騎兵、弓兵、銃兵、工兵、砲兵、海軍に空軍、小隊長、分隊長、参謀、司令官、様々な種類の兵と指揮官を長考熟考重ねて案じなければならない。
騎兵といえば華やかな騎馬突撃、馬こそが誇りで命、しかしそういった武勇を表に出し、部下が武勇にのみ走るようになってしまっては帝国の未来の騎兵は育たない。
ダグラスはあえて自分の臆病を装うことで、ちゃんと騎兵を使える人間を作るという気概があるのだ。
そんなところで、ワンベルの命を受けた騎兵が走ってきた。
「ダグラス様! ワンベル陛下より緊急招集が……!」
ダグラスはゆっくりとその兵を見た。
ダグラスは非常に柔軟な思考を持った優秀な騎兵だと言える。それは確かだがゴードはその類ではなかった。
歩元帥であるゴードは一流貴族の出身で、先に述べたようにワンベルは政治的な意味合いで彼をその立場においている。
ワンベルが嫌う彼の性質は頭の固さ、固すぎるのだ。
アナザーを本当に人外であると信じきっている節がある。昨日まで人間だったのに、能力が急に発現したから化け物、など常識と了見ある大人ならなんとなく事情を察するだろうに彼はそれがない。
今、アナザーと味方の弓騎馬を率いる彼は、そのアナザーを狩りに使う猟犬ほどの意識もない。
「おい、早く歩け」
そのアナザーは女性で、弓は騎馬、対人砲も馬が運んでいるのでペースは歩くゴードとアナザー次第であり、屈強なゴードはアナザーが疲れようと気にも留めない。
「閣下、そうは言ってもそいつの体力は……」
ちなみに、閣下というのは元帥に対する一般的な呼称である。
しかし貧乏貴族あがりのケイネやシルテファシスはそれを嫌い、貴族ですらないベルモンドは嫌悪し、ダグラスは『そんな、僕は閣下なんて……』と謙遜し、それを呼ばれるのはゴードとゴラプスのみである。
ゴードは特にその呼び名を気に入っているらしく、性格というものが実によくわかる。
「アナザーのことなど気にする必要はない」
多分に冷酷を演じているのではない、ただ偽りのない飾らない本心なのだ。
それでも――
「死にやがれーっ!!」
――突如現れたインヴェーダのアナザーを、一瞬で切り殺す程度の力は持っていた。
胴体から真っ二つになったそれはその必死の形相のまま堕ちた。
「ふん、アナザーなど敵でも味方でもない」
彼にとってそれはただの動物、もしくは異星人であるかもしれない。
たとえ彼が無謀で馬鹿であったとしても、そのように行動し続け生き残り続けてきた強運と実力は、紛うことなく本物である。
そんな折、ダグラスの放った騎兵がゴードを見つけた。
「ゴード閣下、ワンベル様よりクレムルームにお戻りになられるよう詔勅が出ております」
「なに?」
折角敵軍に攻め込み殺している最中、誇りを少し傷つけられた気持ちである。
それがまさかアナザーを人間として認めるための召集だとは、無論ゴードは夢にも思っていなかった。




