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013



 

 魔素抽出用の素材は圧倒的に金属類が多い。自然、それらを取り扱う商会も、経験豊富で紛い物を掴まされない目を持つことが条件になる。

 所狭しと物が積み重ねられている様子を想像していたログイットは、まるで博物館のように整然とした店内を、物珍しげに見渡していた。

 当然と言えば当然だが、それぞれの物質は温度や湿度に至るまで性質に対応した管理が必要になる。術式の素材としてはなおさらだ。詰んでおけばいいというものではない。

 魔法処理の施されたケースを覗き込むログイットを見て、女商人がくすくすと笑った。


「今回お引渡しのお品は以上です。この場で検品なさいますか?」

「いいわ。不良品つかませるような真似はしないでしょ」

「それはもちろん。そうそう、お支払いはツケで承りますわ」


 ログイットが驚いて振り返った。店からすると、ありえない申し出だ。

 ユラが嫌そうに顔をしかめる。


「何回言わせる気? 小切手で一括。それ以外じゃ支払わないわよ」

「まあそんな、ご遠慮なく。何でしたら年単位でもお待ちいたしますのに」

「……で、利息を膨らませて、私財を差し押さえようってわけ」

「まあいやだ、差し押さえだなんてそんな。代物弁済として一つ二つ、お手持ちの小さな魔工器具を譲渡いただければ十分ですわ。お釣りもお出しいたします」


 ユラは盛大なため息を吐き、胡乱な目で馴染みの商人を睨んだ。

 相手はどこ吹く風で、笑顔を微塵も乱さなかったのだが。


「天才が暇に任せて作ったものが有用なら、世の中に還元するのが我々の役割ですもの」

「これもうんざりするくらい言ったけど、売る気はないわ。素人が扱って安全なものなんて作ってないの」

「ご心配なく。一から同じものを作ることは適わなくても、完成した術式を改良して汎用化する程度の技術は我々も持ち合わせておりますわ」

「……もういい。例の外套は?」


 言葉遊びのようなやりとりに辟易し、ユラは自ら話を打ち切った。

 女商人は何事もなかったかのように答えた。


「三日後に納入予定ですわ。ご自宅までお届けしましょうか?」

「受け取りにくるわ。……ねえ、終わったけど」


 すっかり商品に気を取られているログイットに声をかけると、彼は頭を掻いてカウンターに寄ってきた。

 そんなログイットに、商人はにやりとした笑みを見せた。

 貴族を相手に商売をしているためか、そんな笑い方でさえ気品がある。

 もっともその顔で口にしたのは、すばらしく俗な話題だったが。


「……ところで、お客様。男性をお連れだなんて初めてじゃありませんこと? ようやく奇特な蓼食う虫をお見つけになりましたのね」

「……馬鹿丁寧に言ったところで、話の下世話さは変わらないわよ」

「だあって! 嘴を挟みたくもなりますわ。なにしろ扱いにくいことで有名な有毒ハリネズミ様が、男連れですわよ? そりゃ根掘り葉掘り聞きだしたくなるじゃないのさあっていうかー、素直になりなよー。ちょっと地味だけどいい男じゃない、んふ」

「その喋り方、心底腹立たしいんだけど」

「だってクソ丁寧なのはいやなんでしょ。商談は終わったじゃない。それで実際、どうなのよう」


 身を乗り出してくる女商人は、ログイットに丸聞こえだということを全く考慮していない。

 ログイットは聞こえない振りを装っているが、目の前での会話ではさすがに無理がある。どうにも耐え難くなったユラは、声に苛立ちを滲ませた。


「馬鹿いわないで。そんなのじゃないわ」

「あらあらあら、まあ。では、私が彼をランチにお誘いしても?」

「……はあ?」

「えーだってーぇ。お客様には、なぁーんにも影響ないんでしょーぉ?」

「ばかばかしい、付き合ってられないわ。……ねえ、悪いけど商品受け取って。外で待ってる」

「あ、ああ。わかった」

「またのお越しをお待ちしておりまーす」


 金額を空けた小切手を押しつけ、ユラは本当に店を出ていってしまった。

 ログイットは呆気にとられて彼女の背中を見送った。荷物を受け取るのは構わないが、外は寒い。そこまで嫌だったのだろうか。

 扉が閉まるなり、商人が居住まいを正して微笑む。

 貴族を相手にすることの多い大商会らしい、優美なほどの気品をあっという間に纏い、女商人はにこやかに頭を下げた。


「大変失礼いたしました。お帰りの前に、僭越ながら、一つよろしいでしょうか」


 早変わりに気圧されるようにして頷くと、見事なお仕着せの笑顔が返ってきた。


「商会というのは、なにぶん、情報に疎くてはとても仕事にならないものです。わざわざ申し上げるようなことでもございませんが、組織として、また個々の人脈として、縦横の繋がりを非常に重視しております。……そう……あなた方が、よくご存じでいらっしゃるように」


 背中に冷たいものを感じ、ログイットはかろうじて平静を装った。

 この商会は、今ログイットの身に降りかかっている深刻な問題について、想像以上に精通しているらしい。

 だが、その多くがハッタリを含んでいることも事実だ。


「……それで?」

「お望みでしたら言付けを承りますわ。どなたにでも、どのような内容であっても。勿論他言はいたしません。ドアの外でお待ちのお連れ様に気兼ねなさることもございませんわ。そのおつもりで、彼女はあなたをここに残されたのですから」


 ログイットは表情に困惑を滲ませる。

 商人の言葉は突拍子もないもので、深読みが過ぎるように思えた。


「いや……そんなはずは。ここには、俺が勝手についてきただけです。とても、彼女にそのつもりがあったとは……」

「だからこそ、ですわ。早いうちに貸し借りを清算されたいのでしょう。他人の善意に対して、利益で応えようとなさる方ですから」


 とても想像のつく話だ。渋面になったログイットに、商人は底知れない笑顔で返答を待っていた。

 それでもしばらく悩んでいたのだが、背に腹は代えられない。迷いながらも、差し出されたメモとペンを受け取った。走り書きをした紙を封筒に入れ、渡す相手の居場所と名前を告げる。

 他でもない、「訳あり仲間」のユラが渡りをつけた相手だ。この状況では、最も信用できる取引相手だろう。

 独特な封字を書いた封筒を恭しく受け取り、商人は殊更にこやかに告げた。


「確かにお預かりいたします。代金はおつけいたしますわ」

「……彼女じゃなくて、俺の方にお願いします」

「あら残念。では、もう一つだけ」


 お仕着せだがどこまでも自然な笑顔をぐいと近づけ、吐息が触れないぎりぎりの距離で、低い声が告げた。


「私事ではございますが、私、彼女のことは才能だけでなく、本人にもそれなりに好意を持っておりますの。突っ張っているくせに、あれで情に弱い女なのはご存じの通り。――利用する必要がなくなったなら、さっさと離れてくださいます?」


 ドスを利かせた脅し言葉は、うっかりすると聞き漏らしそうなほど自然に放たれた。

 ログイットは思わず苦笑した。慇懃無礼に釘をさされるより、よほどわかりやすい。馴染みのある物騒さだ。

 ただ、そこにあるのは、打算よりもユラを心配しての言葉だった。ユラがもう少し彼女に心を開けば、きっと喧嘩友達になることもできただろうが――ユラにそう言ったなら、きっと心底いやそうな顔をしただろう。


「……そんな風に見えるかな」

「そんな風に、とは?」

「わかった。正確に言い直そう。……彼女を利用しているつもりはまったくない。そんな風に、見えるだろうか」


 律儀な言葉に、彼女は軽く眉を顰めることで答えた。

 ログイットの顔をとっくりと眺め、返答の言葉を付け足す。


「……いいえ? ただ、私には、それを擬態ではないと断定するだけの材料がございませんから」

「そうだな。……少し、ほっとした。彼女に君のような知り合いがいて」

「友人と呼ぶにはほど遠いですけれど……」

「それでも。彼女は割合、危なっかしいから、君みたいな人がいると安心する」


 苦笑を交わしあうことで肩の力が抜けたのだろう。

 彼女は言葉の矛を鞘に納め、取り繕った態度を崩して尋ねた。


「私も、当座は安心していいのかしら? あなたの身元と職業を知っている、その上での話よ」

「そうしてもらえると嬉しい。ユラいわく、今の俺は暫定無職だ」

「……いかにも彼女が言いそうな台詞ねえ。言った後で、相手が落ち込んだことに焦るの」


 商人が困ったように笑う。

 そこが可愛らしいというのは、さすがに気恥ずかしくて口に出せなかった。


「彼女、なかなか気難しい人よ。相手の打算を感じると安心するタイプ。ただ、人間ってそうじゃないものを欲しがるでしょ。真心とかそういうの。だから、余計に厄介なのよね」

「……どうかな」

「さてと、そろそろハリネズミが痺れを切らす頃よ。ちゃちゃっと精算すませちゃいましょ。まけて1150ディールでいいわ」

「さりげなく値上げしないでくれ。俺の精算は別で」

「ちっ」

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