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忘れ物は何?

作者: 久遠深奥

初投稿です。


20xx年、夏の某都。


都会にはありふれた形のマンションから、

これまたありふれたスーツを着た男が出てきた。

寂しい頭とは対照的な、くっきりしたあご髭が特徴である。


男は中年のサラリーマン。

妻もいなければ、もちろん子供もいない。

会社に行き、家に帰る。

そんな日々を繰り返して10年生きてきた。


今日も、男はそんな日常を過ごすはずだった。



「あの、失礼ですが、何か忘れ物をしていませんか?」


それは、蒸し暑い連休明け、会社への道のりでのこと。


向かいから歩いてきた老婦人が、

こちらを見た瞬間に言った言葉だ。


通勤時にいつも見かけるものの、男にはこの老婦人との面識はない。

やや驚きながらも、今の自分の服装を眺める。


クールビズのため半袖のワイシャツに、いつも通りのビジネスバッグ。

もちろん靴だって履いている。

どこか不備があるようには思えない。


「いえ、何も忘れてはいないと思いますが」


男はやや迷った末応えた。

老人に良くあるお節介だろうと判断したのだ。


「あらそう、ええ、そうかしらね。なら良いのだけれど…」


老婦人はそう言って、そのまま歩いていった。


男の胸に疑問を残したまま。



「ねえねえオジサン、忘れ物してない?」


それは、会社に程近い道路で信号待ちをしていた時のこと。

隣に来た小学生たちが、いきなり男へ向けた言葉だ。


二度目の質問に、男もやや不安になった。


「何か忘れ物をしてるように見えるかい?」


相手が子供ゆえの聞きやすさもあり、男はなるべく優しく尋ねた。


「うん! あのね、たりないよー!」


聞かれた子供が応ると、他の子も口々に足りない足りない、と騒ぐ。


もう一度自分の服装を見て、男は一つの結論に辿り着いた。


――――ネクタイが無いのだ。


季節は夏。クールビズのため、ネクタイは不要だ。


しかし、サラリーマンと言えばネクタイ。

その子供らしい固定観念からきた勘違いだったのだろう。


疑問が氷解しスッキリした彼は、優しく子供に話しかけた。


「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」


そうして彼は、会社へと歩いていった。

今日も一日、頑張らなくては。



彼は自分の持ち場について、軽く息をつく。

会社の中は冷房が効き、とても快適だ。


「あの、課長、何か忘れ物はありませんか?」


――またか。

男がそう思いつつ目を向けると、新人の女社員が立っていた。

どことなく張り詰めたような表情だ。


まさか、新人とはいえクールビズを知らないわけが無い。

でないと会社員失格だ。

第一、他にもネクタイをしていないやつはごまんといる。

そこまで考え、男は再び疑問を感じた。


――では、彼女は何を忘れたと思っているのだろう?


ふと視線をずらすと、社員はみなこちらを見ていた。

そして、目を向けると一様に顔を背ける。

ワケが分からない。


分からないことは偉い人に判断を仰ぐ。


会社で教えられる基本中の基本

それを実践すべく、男は部長を見た。



そして、何かに気づく。



しかし、その何かが男には分からなかった。

この違和感を解消すべく、男は部長に話しかける。


「部長、どうかしたんですか?」


「いやあ、まあ、な…」


しかし、部長は頭を掻きながら、歯切れの悪い返事をするのみ。


手がぽりぽりと頭を掻き、薄い髪の毛が揺れる。


その仕草を男は見つめ、そして、





そして、気づいた。




――――俺、アレ忘れた?




「部長。一時帰宅させていただきます!」


言うが早いか、男は会社から家へと駆けた。

すれ違う人がみな、視線を向けてくるような意識に駆られる。

そして忘れ物をひっつかみ、所定の位置に置くとすぐさま家を出て、また会社への道を急ぐ。


そんな男の頭には――――

黒々とした、髪の毛が乗っていた。

作者は人生で、一日に最大五回忘れ物をしたことがあります。

教科書、宿題、定期、体育着、財布…

学生というものは、うっかり屋に残酷なようで。


では、読んでいただきありがとうございました。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 大変読みやすく、読後感も良い。 作品全体にどこかホノボノとした空気が感じられ、オチではクスリとさせられる。 特に会社のシーンでは周囲が主人公に対して気を使い、足りない物について言及するのを…
[良い点]  構想の勝利! と言わざるを得ません。不覚にもオチで爆笑してしまいました。 [気になる点]  悪い点といいますか、「、」で区切られすぎているかなぁという印象を受けます。  最近高校の授業…
2011/07/20 22:48 退会済み
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